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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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78.過去は過去として沈みゆく①

 妙な沈黙が続く。

 ルディはレミをじっと見つめているし、レミはどうしたものかと渋い顔で考え込んでルディと目を合わせようとしない。ジェットはその場には居るものの我関せずと言わんばかりの態度だった。

 ルーナは、というと、控えめにレミを見つめるしかなかった。

 ルディの傍にはいたいが、居心地の悪さと妙な緊張感あることは否定できない。

 重い沈黙の末に、レミがゆっくりとルディを見つめ返した。


「ずっと忘れたままかと思っていたし、最悪それでもいいと思っていたが……自分自身で気付いて、それをオレやジェットに言いに来た事実は褒めたい」

「なんでそんな上からなのさ」

「この二百年、両親の死を気にする素振りすらなかったんだ。当然の反応だと思うが」


 告げられた言葉にルディはむっと口を尖らせる。

 ルーナにとっては二百年というのは途方もない時間に聞こえるのだが、どうやらレミとルディの間でも二百年というのは決して短い時間ではないようだ。そうでなければ、こんな言い方はしないだろう。


「……とりあえず、教えてくれるの? 教えてくれないの? どっち?」


 ルディは小さく息を吐き出してから問いかける。

 相手を急かすような問いかけで、あまり長く問答をしたくない雰囲気が伝わってきた。


「ただ全て返せと言われたなら拒否していたが、事情が知りたいということであれば教えよう」

「ほんとっ?!」

「ああ。ルディにも知る権利がある……いや、知らなければいけない話だからな。それで感情が戻るわけでもないし、聞いてから判断するという提案には乗ろう。聞いた上で返して欲しいというのであれば──お前の反応次第だな。オレとジェットが判断する」


 その言葉にルディが後ろを振り返った。視線の先にはジェットがいて、ジェットが笑みを浮かべて肩を竦めた。


「軽い昔話になる。どうしてお前の感情と記憶の一部を奪い取ることになったのか──……少し長くなるが聞いて貰おう」


 レミはそう言ってルディ、そしてルーナを見つめた。

 視線を向けられてドキッとし、思わずスカートをぎゅっと掴む。

 そもそも自分はこの話を聞いていのかという疑問が生まれた。


「……それ、私が聞いてもいいん、です、か……?」


 自然と敬語になってしまうが気にしていられない。控えめにレミを見つめ返すと、レミはふっと笑ってルディを見た。

 どうやらルディに委ねるということらしい。釣られてルディへと視線を動かす。


「ルーナも聞いて。僕ひとりだと混乱するかもしれないし」

「……。わか、った」


 本当に聞いてもいいのだろうか。ルディよりもルーナの方が混乱する内容の可能性が高いのに。

 だが、ルディの傍にいると言った以上は部屋を出ていくわけにはいかない。

 ゆっくりと深呼吸をして、レミの話に備えた。



◆ ◆ ◆



 終末の獣。災厄の獣。或いは神の使い。

 彼らはそんな風に称されていた。

 気の遠くなるような昔、彼らの姿は終末の象徴だと恐れられていた。彼らによって滅んだ国や種族は数知れない。その事実を知る人間はもういないに等しいが、超長命な種族は彼らのことを知っているし、覚えている。

 悪魔、吸血鬼、あるいは魔獣、そして人間同士の争いの中で彼らは姿を現した。争いが起こるたびに姿を現して、どちらか一方、もしくは両方を殲滅することで争いを終わらせていった。

 神の名の下にあちこちで恨みを買った彼らは他種族からの復讐によって個体数を減らし、時代の流れとともに更に数を減らしていき、それぞれ安寧の地を求めて世界各地に散らばった。

 そして、彼らの名前は忘れられ、存在すらも忘れ去られていったのだ。


 今となってはもうどれだけ残っているかわからない。

 レミとジェットが訪れた南の小さな島にいる番とその子どもの三頭が最後の生き残りだと言われても驚きはしなかった。


 祖母であるフリーデリーケに頼まれる形でレミとジェットは南の島で暮らしている終末の獣を尋ねた。用件は相手の出方次第だったが、「安全な地に逃げるように」という伝言を伝え、その手助けをするのが主な用事だ。

 当時、フリーデリーケは人間同士の戦争の気配を感じ取ってその対応に追われていた。


「フリーデリーケ? ああ、知ってる知ってる。ウチらにこの島を教えてくれた吸血鬼だね。もう千年くらい前になるのかな」

「へえ、彼女の孫なんだ。それでこの島のことを知ってたんだね。けどさ~、吸血鬼と悪魔の組み合わせなんて滅多に見ないよ。しかも僕は悪魔って変なのしか見たことないから、キミみたいにまともっぽいのは初めて見たよ」


 初めて出会った時、終末の獣と恐れられていた魔獣がやけにフレンドリーだったので驚いた。

 雄の方は赤い毛並み、雌の方はそこに更にアプリコットを乗せたような明るい毛並みだった。双方目の色は綺麗なグリーンである。

 雄は「フィロ」、雌は「ラケル」と名乗った。

 ルディは警戒心も何もなく、仰向けになって眠っていた。この暖かな南の島で何の苦労もなく両親に可愛がられて育ったのが一目でわかるほどだ。


「話が通じそうで良かった。もうすぐ人間の間で戦争が起こり、この島も被害を受けるだろう。そうなる前に避難して欲しい」


 そう切り出すと二頭は顔を見合わせてから困った顔をした。


「うー、ん……この島の人間たちを置いてはいけないからなぁ……」

「は? 人間? そんなん置いてきゃいいだろ」

「いやいや、僕らは彼らと約束してるんだよ。生贄を捧げる限りはこの島とこの島の人間たちを守る、ってね。その約束を(たが)えるわけにはいかないから簡単には出ていけないよ。……まぁ、人間たちに戦争が起こることを伝えて、彼らを逃がし終わってから、かな。避難するとしても」


 雄、フィロが軽い調子で答える。横ではラケルがうんうんと頷いていた。

 二頭の体はとても大きく、レミとジェットは彼らを見上げねばならなかった。彼らが暮らしているのは島にある滝の中、滝の裏側にある大きな洞窟の中である。聞けば、滝の周辺は人間が『聖域』と呼んでいるそうで、生贄を捧げる時以外は誰も近づかないそうだ。

 とにかく、二頭ともすぐに避難するとは答えなかった。

 フリーデリーケからの頼まれ事を簡単に遂行できそうにないことでレミはため息をつく。


「しかし、そんなに悠長にはしてられないぞ……」

「フリーデリーケの見立てではどれくらいで戦争が始まると言ってるの?」


 困り顔をしたままラケルが首を傾げた。


「半年以内だそうだ」

「半年かぁ……ちょっと厳しいねぇ。船を作って行き先を決めなきゃいけないし、この島はどこの国にも属してないからどこに行っても追い返されそうだ……しかし、何も知らない人間たちに被害が及ぶのは避けたい……。……ウチらが戦争を起こした馬鹿どもを追い返すのが一番簡単そうじゃない?」


 楽観的な言葉を聞き、レミとジェットは顔を見合わせる。

 それはフリーデリーケの想像通りの言葉だったのだ。彼らはきっとこう言うだろう、と。

 しかし、フリーデリーケは彼らが戦うのを良しとしていない。


「……あなたたちが最後に戦争や争い事に首を突っ込んだのはいつの話だ? もう千年は昔の話じゃないか?」

「おや、よく知ってるわね」

「しかも、一族の中でもあなたたちは争いを好まない質だと聞いている」

「フリーデリーケ……よくもべらべらと……」


 ラケルがチッと舌打ちをし、呆れたよう表情をしている。

 彼らがこの島に移り住んで千年。戦争はそこそこあったが、彼らは一切首を突っ込んでない。長い年月の中で終末の獣と呼ばれる血統の中でも好んで争いに首を突っ込むものとそうでないものが別れていったのだ。

 それが彼らである。

 ジェットが横目でレミを見てくるので、レミは渋々口を開いた。


「……この千年で人間たちはあなたたちの知らない力を身に着けている。巨大な船、精密に敵を貫く機械……更にそこに魔法の力が加わっている上に新たな魔法、技術も編み出している。争いや戦いから離れていたあなたたちが勝てるとは思えない」


 頼むから島を捨てて逃げてくれ。と言おうとしたが、それは言えなかった。彼らにもプライドがあるからだ。

 勝てるとは思えないという言葉に二頭の表情が険しくなる。

 それを目の当たりにしたレミは続ける。


「あなたたちに天候を操る能力があるのも聞いている。しかし、その力すらも人間たちは研究し、対応できるまでになっている。──千年研究や研鑽を積んできた人間と、千年ここに隠れ住んでいたあなたたちではあまりに分が悪い」


 天候を操る能力。彼らが終末の獣と呼ばれる所以となった能力。

 嵐によって地表全てを洗い流しただとか、雷を落として高く(そび)え立つ塔を一瞬で破壊したとか、そんな話が人間たちの間で語り継がれているのだ。

 レミ自身、争いは好まないのでこの二頭にはなんとかして逃げて欲しいと思っている。島の人間を見捨てることになっても。

読んで下さってありがとうございます!

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