77.それは大切なものだから②
ジェットが去ってしまったため、再度ルーナとルディは顔を見合わせた。
周辺はやけに静かで、まるで取り残されてしまったようだ。どちらともなく、最初にそうしていたようにガゼボの中にあるベンチにゆっくりと腰を下ろす。
そして、自然と手を繋いでいた。
そうするのが当たり前のように感じたため、嫌な感じは一切しなかった。むしろ手を繋いでいることで安心できた。
ルディが繋いだ手を少しだけ持ち上げ、上下に軽く揺らす。
「……レミの説得か~。なんかピンと来ないな……」
「話は聞いてくれると思うけど、……説得となると、なんだか想像つかないね……」
「そうそう。多分ね~、ルーナの言う通り話は聞いてくれると思うんだよね……ジェットと違って、レミの方は僕に対して罪悪感? みたいなのあると思うし……」
言われて、「確かに」と納得した。
ジェットがどうしてさも自分は正しい、間違ってないと言いたげに酷いことを言えるのかと不思議でしょうがなかったが、つまりは罪悪感がないのだ。それは「悪魔だから」という一言で片づけられてしまうくらいのことなのだろう。
けれど、レミがそうだとは思えなかった。
「……イェレミアス様は、どう考えてるのかな。このこと、話したことはないんだよね?」
ルディは渋い顔をする。手遊びをするように時折手を揺らしては、遠くを見つめた。
「うん。忘れてたからないんだよね~……なんか、こうして話してると、本当にどうして忘れてたんだろう、どうして思い出そうとしなかったんだろうって不思議な気分。大切なことのはずなのにな~……まぁ、暗示があったからなんだろうけど……」
思案にふける様子を見ると、さっきのように頭痛を感じるわけではなさそうだ。
その表情は怒っていた時とは違い、どこか大人びて見えた。少なくとも子供っぽさは感じない。なんだかんだで二百年以上は生きているのだなぁと感じさせる表情だった。
そんな横顔を何気なく眺めて、控えめに口を開く。
「ルディ、頭は痛くないの?」
「え? あ、うん。別に無理に昔のことを思い出そうとしてるわけじゃないから……大丈夫みたい」
「そっか、よかった。……ルディが辛そうなの、嫌だったから」
ホッとして言うと、ルディが驚いたようにこちらを見る。目が合ったので「どうかしたの?」という意味で首を傾げると、ルディがどこか照れくさそうに笑った。いつもの明るく無邪気な笑顔だった。
その態度のままにルーナの肩に凭れ掛かってきたのでちょっと驚いた。手を繋いでるのと同じく嫌なではないのでそのままにしておく。
この間にみたいに体重をかけてくる感じではなく、少しだけ凭れ掛かってきているだけだ。
「これくらいなら、くっついてても大丈夫?」
「う、うん、大丈夫」
嫌ではないものの、ちょっとした落ち着かなさを感じながら頷いた。ぴたりとくっついているルディの暖かさを感じ、外をぼんやり眺める。
「……説得するにもさー、先に色々聞かなきゃいけないな~って思ってる……。どうして二人が僕の感情を奪うことにしたのか、しかもそれを思い出さないように暗示までかけたのか……知らないことが多いんだよ。返して欲しい気持ちに変わりはないけど、まずはそれを教えてもらうように話をするのが先かな~って……」
ルディの言葉に耳を傾け、そっとその頭に頬を寄せた。
どうするのがいいのだろうと考えるが、ルディの気持ちが一番だ。自分なりに考えを巡らせてみても、想像が追いつかなくて上手く考えられない。
今度はルーナの方から手を揺らす。
「じゃあ、夜になったらイェレミアス様に二人でお願いしに行こう?」
「……二人で?」
そう言うとルディが目を見開いてからルーナへと視線を向けた。その視線を受けて小さく笑いながら頷き返す。
「うん、二人で。ほら、ジェットも二人で説得すればって言ってたでしょ? それに、私にもできることがあるなら何でもしたいんだよ。ルディが辛かったり苦しかったりするのは、私も嫌だから……」
自分の気持ちを正直に口にするとどこか照れくさい気持ちになった。照れくさい気持ちのまま誤魔化すように笑うとルディが顔を上げ、ルーナの顔を見つめてぱちぱちと瞬きをする。
ルディの反応に更に照れくさくなり、思わず顔を背けてしまった。
「えっ。どうしてそっぽ向いちゃうの?」
「ルディがじっと見るからだよ」
「え~? だって、ルーナが僕のこといっぱい考えてくれて嬉しいもん」
気まずくなりながらちらりとルディを見ると、嬉しそうに破顔していた。その表情に毒気を抜かれてしまい、思わずふっと笑う。
釣られてルディも笑い出し、二人で特に意味もなく笑い合ってしまった。
ついさっきまではシリアスな雰囲気だったはずなのに今では和やかな雰囲気になっている。決して悩んでないわけではないのに、こんな雰囲気で相談ができるのが不思議だった。
その後、ガゼボから庭に出て、庭をのんびり歩きながら何をどう話すのかを二人で話し合った。時折、別の話をしながら、のんびりと。
手は、ずっと繋いだままだった。
◇ ◇ ◇
夜。
夕食後にルーナとルディは二人一緒にレミの部屋に向かった。本来ならルーナの勉強の時間だが、今日は無しである。
「──どうしたんだ? 二人で改まって」
いつものソファ。
普段ならレミの隣にルーナが座るのだが、今日はルディとルーナが隣り合って座り、レミと対面する形になる。ジェットも部屋にはいるが、扉のすぐ横の壁に背を預けて部外者を気取っていた。
レミはどこか不機嫌そうでルディとルーナを順に見つめてから小さくため息をつく。恐らく何を話されるのかわかっているのだろう。
ルディがレミを真っ直ぐに見つめて話を切り出した。
「レミ。二百年前にあったこと、その時僕にしたことを教えて欲しい」
「今日の午前中、庭でジェットとその話をしていたな。……どうして今更聞きたがる? これまで気にもしなかったのに」
「ジェットと話してたのを知ってるなら当然それだって知ってるでしょ?」
「知っている。が、それはジェットに向けて言ったのであって、オレに向けたわけじゃないだろう?」
む。とルディが口を尖らせた。何度も言いたい言葉ではなさそうだ。
──結局、色々と二人で相談はしたものの、ルディが自分で話すと言って聞かなかった。
できることなら何でもしたかったし、レミにだって文句を言うつもりだった。けれど、ルディがルーナに望んだのは『傍にいる』ことだけで、基本的に何も言わずにいて欲しいと言われてしまったのだ。
何でもと言った手前、それを聞かないわけにも行かない。だから今、こうして隣に座っている。
「性格わる……」
「なんとでも言え」
「……じゃあ、言うけど。ルーナの『かなしい』って気持ちをわかりたいのと、今のままお父さんとお母さんが死んだ時のことを忘れたまま能天気に生きたくない。これが理由」
普段のルディとは違い、表情は真剣そのものだ。レミはルディを見据えている。
「能天気に、か。だが、それで困らなかっただろう?」
「今まではね。でも、今は困ってるよ」
ルディはレミの質問に対して間髪入れずに答えた。
普段なら口ごもったり困った顔をするところなのに、ルディの表情は変わらない。レミはそのことに若干面食らったらしく、少々困惑しているように見えた。
レミがすぐに言葉を返さなかったので、ルディが続ける。
「今困ってて……暗示は解けちゃったから、この先ずっと困ると思う。それにさ、このままでいいのかって不安になるよ。だって、普通なら嫌なことなんて誰かが都合よく消してくれるわけじゃないじゃん。──ジェットはその時必要だった、ってこと言ってたけど……必要だった時はもう過ぎたんじゃないの?」
必要だった時。つまりは二百年前。もう要らないんじゃないかと、そう言いたいわけだ。
レミは何とも言えない顔をしている。
「だから、正直今すぐにでも全部返して欲しいよ。でも、ジェットから事情があったって聞いたし……まずはその事情を教えてよ。それを聞いてから、本当に返して欲しいと思うのかどうか、判断したい」
ルディは静かに、けれど強い口調で締めくくった。
その様子を横目で見つめてからレミへと視線を向ける。レミは眉間に皺を寄せ、腕組みをして考え込んでいた。




