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74.悲しみの在り処②

「え、えっと……」


 何をどう話したらいいのかわからず、ただただバツの悪そうな顔をして俯くルディを見つめる。

 何故ジェットがルディの『悲しみ』、つまりは感情を取ってしまったのか、何故そうなったのか。聞きたいことや知りたいことがありすぎて混乱する頭で必死で考えを整理する。


「あはは。困っちゃうよね、こんなこと話されても。……今まで、別に『かなしい』って気持ちがわからなくて困ったことなんかないし、そういう誰かに会うこともなかったから気にならなかったけど、ルーナが『かなしい』って言うのが、どうしても気になっちゃったんだ。どうして、僕はその気持ちがわからないんだろう、って……」


 困ったように眉を下げて笑うルディ。その表情こそが悲しげに見えて、言いたい言葉が浮かんでは消えた。

 繋いだ手をゆっくりと握りしめて、ルディに向き合う。


「……困ると言えば困るんだけど、それは話をされたことじゃなくて……その話を聞いた私は、ルディに何ができるのかわからなくて困って、る」


 自分の気持ちを整理する意味と、どうにかルディの力になれないかと考えながら話す。

 『悲しい』という感情が自分からなくなったら、きっとすごく気持ち悪いのではないかと思う。両親の死を思い出しても何も感じないなんて、悲しいからこそ記憶にこびりついているのにそのうち両親の死すら忘れてしまいそうだ。

 ルーナの言葉を聞いたルディは不思議そうに首を傾げる。


「んー、どういうこと?」

「私、ルディの力になりたい。あの夜、声をかけてくれたから私は救われてたんだよ。その後もずっと優しくしてくれたでしょう? だから、恩返しと言うか……私が、ルディにできることがあれば、何でもしたい。それに、ルディのことが好きだからルディが辛いと私も辛くなっちゃう」


 必死に言葉を紡げば、ルディが瞬きを何度かしてルーナをじっと見つめ返した。

 綺麗なグリーンの瞳に見つめられてソワソワしてしまう。けれど、目を逸らしたら自分の気持ちが伝わらないような気がしたので必死に目を逸らさずに見つめ返した。

 やがて、ルディがルーナの手をぎゅうっと握り返す。ちょっと痛いくらいだった。


「僕のこと、好きって本当?」

「う、うん、本当」

「僕の欲しい好きじゃないっぽいけど嬉しいよ。ありがとう」

「え?」

「ううん、こっちの話~。あんまり気にしないで」


 ──『僕の欲しい好き』、とは?

 よくわからない言い回しに混乱するものの、ルディが嬉しそうなので良しとした。「気にしないで」とも言われてしまったので、気になったがこの場で聞くのはやめておく。


「あのね~、ルーナと一緒にいて、ルーナが『かなしい』って言った時……わからないのが嫌だなぁって思うんだ。ルーナの気持ちをわかるようになりたいし、……僕の気持ちをね、ルーナにもわかって欲しいって思う……」


 最後の一言は、ひどく怖がっているように聞こえた。

 ルーナを見つめているのに時折視線を外し、ルーナの反応を見るのが怖いと言わんばかりに見えた。

 何かを怖がるルディがやけに新鮮でこんな一面もあるのかと不思議に思う。自分のことを「結構強いよ」「何でもできる」と言っていて、怖いものなど何もないように見えるのに。

 その相手がルーナだというのがやけにおかしかった。


「ルディ。私もルディの気持ちをもっと分かるようになりたいよ。だから、なんていうか……全部はわからないかもしれないけど、話せることがあれば話して? 話すことですっきりするかもしれないよ」

「──すっきり? あ、でも確かにそうかも。レミもジェットもさ~、あんまり話を聞いてくれないんだよね……まぁ、僕も自分の話を二人にしたくないと思ってるからだけど……」


 ルディの口調が少し明るくなる反面、後半には呆れと諦めが混じっていた。


「二人とも聞いてくれないの……?」

「……うーん。なんだろ、過去のことってあんまり触れちゃいけない雰囲気があるんだよね」

「そ、そう、なんだ……。……でも、ルディの感情はジェットが持ってるんでしょ? ジェットは返してくれないのかな……?」


 恐る恐る聞いてみるとルディが渋い顔をした。


「この間、返してって言ったんだけど、あんまりいい反応がなかったんだよね~……」


 当然、何か理由があってジェットはルディの感情を奪ったはずだ。ただの嫌がらせなどで感情を奪うなんて真似、流石にするとは思えなかった。

 本人が返して欲しいと言っているのに、どうして返そうとしないのか。

 ルディの顔色を伺いながらためらいがちに口を開いた。


「……あの、ルディ。聞いていいのかわからないんだけど、」

「うん? 何? 何でも話すよ~」

「ど、どうして、ジェットがルディの『悲しい』って気持ちを持ってるのかなって不思議で……」


 ルディが少し考え込む。ガゼボから見える山々へと顔を向けて、遠い目をした。

 ここではないどこかを見ているような、何かを思い出しているような表情は普段見ることがないもので、すぐ隣にいるはずのルディがどこかに行ってしまいそうな気すらした。

 ソワソワした気持ちでルディの横顔を見つめて答えを待つ。

 冷たい風が吹き付けたところで、ルディが口を開いた。


「多分僕のことが手に負えなくなったからかな~って思うけど……実際どうなのか、ちょっと思い出せないんだよね……」


 淋しげな呟きに胸が締め付けられる。

 ひょっとしたら、いや、ひょっとしなくてもルディの両親が亡くなったことに関係しているのではないだろうか。

 ルディが話してくれるなら聞きたいが、自分からはどうしても聞けなかった。


「……僕、南の方に住んでたんだ」

「えっ。あ、うん。そうなんだ……」

「南にある島に、お父さんとお母さんと、あとは島の人間たちと一緒に暮らしてた」


 お父さんとお母さん。その表現にどきりとしつつルディの話に耳を傾けた。

 ルディは遠くを見たままでルーナのことを見ようとしてなくて、それが寂しい気がしたけど、何も言えない。


「二百年と五年か十年前くらいかな。レミとジェットがなんでか島にやってきたんだ。僕、吸血鬼と悪魔なんか見たことなかったから結構感動したな~。四人で色々話してたけど、当時はよくわかんなかったんだよね。興味もなかったし。……でも、今思い出すとあの時、多分戦争のことを話してたんだと思う。実際、島はガリダって国の軍隊に襲われて、勝手に拠点にされかけたし……」


 ルディの語り口は軽いが、内容はなかなかだ。

 戦争も、軍隊も、ルーナにとっては遠い話なのだから。


「ガリダの軍隊に襲われて……それで、お父さんとお母さんはあいつらを追い払うために戦ったけど、二人の知らない武器とか戦い方が多かったみたいで、……島の人間たちは逃がしたけど……そのせいで──」


 段々とルディの口が重くなっていく。

 気分悪そうにしながら繋いでない方の手で口元を押さえて視線を落とした。

 顔が青白く、実際に気分が悪いのが見て取れる。

 思わず繋いだ手を揺らした。


「ル、ルディ、無理して話さなくても……!」

「ううん。話したい、っていうか……ちゃんと思い出したい。この二百年、多分ずっと忘れてたし、考えないようにしてた。辛いし苦しいし、……頭が痛くなってくるから……」


 そう言ってルディが苦し気に俯いてしまう。本当に気分が悪そうだった。見ているだけなのに、こちらまで苦しくなるほどである。

 どうしたらいいかわからないが、何かしたくて、ルディの手を両手で包み込んだ。

 ルディがそっと顔をあげたので、苦しげな顔を覗き込んだ。


「……ルディ? 私に、何かできること、ある?」


 できることがあれば何でもしたい。そういう気持ちで見つめると、ルディがちらりと視線を向けてきた。

 躊躇いがちな様子を見て、「なんでも言って」という気分で頷くと、ルディがおずおずと口を開く。


「抱きついてもいい……?」


 ルディにしてはとても控えめで、静かな問いかけだった。この間、人間の姿でくっつくのをやめて欲しいと言ったからだろう。

 少し驚いたが、すぐにルディの手を握りしめる手に力を込める。


「いいよ、大丈夫」


 頷いてから、ゆっくりと手を解いた。そして両手を広げてルディを見つめた。

 ルディは泣きそうな顔をしてから、宣言通りに抱き着いてくる。

 まるで縋るように、ルーナの肩口を埋める様子は小さな子供のようだ。普段の明るくて無邪気なルディからは考えられない姿を目の当たりにし、ぎゅうっと胸が締め付けられる。

 溜まらず、ルディの頭を抱えるように腕を回した。

 何もできないことがとにかく歯がゆい。

 ルディは十分悲しんでいるように見えるが、『悲しい』という感情がないというのはどういうことなのだろう。今、腕の中にいるルディはどういう気持ちでいるのだろう。聞きたくても、ルディの心の中に土足で踏み込むような気がして、聞くことができなかった。

 静かに風が吹いていく。日は遠いながらに暖かく、冬が間近とは思えない。

 山の方から聞こえてくる鳥の鳴き声がやけに遠く感じた。

 腕の中にいるルディの呼吸音だけがはっきりと聞こえてきて、まるで自分たちだけ世界から取り残されたよう。

 何も話さず、ただただ抱き合うだけの時間が過ぎていく。

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