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07.悪魔ジェット①

「……ジェットさま、無作法ですよ。気配を絶って背後に立つなんて」


 アインがジェットを見て言う。ジト目になっているように見えなくもない。

 ジェットは小馬鹿にしたような態度で肩を竦めてアインを一瞥し、ぐるりと室内を見回した。物珍しげに見ているところから察するに、この部屋に来たのは初めてなのかもしれない。

 ルーナは警戒したままジェットを見つめる。アインが作業台を降り、倒れた椅子を元の通りに直した。


「俺はレミの客だしいいだろ。どこで何してても」

「よくないから言ってます。大体、イェレミアスさまはアナタとルディさまを『客』だとは一ッ言も言ってません!」

「いやいや、言ってたって。世界で一番大切な客って言ってただろ」

「絶対に言ってません!!!!」


 アインが声を荒げて力いっぱい反論する。

 軽く笑っているジェットを見て、適当な人、いや悪魔だなぁと思いつつそっと椅子に戻った。

 底の読めない表情、雰囲気、態度。ジェットを構成するもの全てが怪しく見えてしまう。怜悧な中に子供っぽい一面を見せたレミ、天真爛漫なルディ。二人と比較するとジェットは得体が知れなかった。

 ジェットが足元に作業台の下に倒れているイヌのぬいぐるみをつまみ上げて作業台に置く。


「次これで」


 助けを求めるようにアインを見ると、アインは作業台に飛び乗ったところだった。ジェットが拾ったイヌのぬいぐるみを見てから、何か言いたげに見つめてから本へと視線を戻す。

 アインは本をルーナの方に移動させた。


「本の見方を教えます」

「無視は酷くね?」

「彼を直すためです。無視してません」


 どうやらアインはジェットのことが相当気に入らないらしい。ツンケンした態度を取るのが最大限の抵抗かつ意思表示の見えた。しかし、残念ながらジェットは楽しそうにするばかりで全く効果はなさそうである。

 嫌がらせが楽しいと言わんばかりのジェットの態度はどうかと思うが、いかんせんルーナにそんな意見を口にする勇気も権利もない。

 ひとまず、目の前の本に触れる。


「最初は直し方を調べるのがちょっと大変かもですね。……最初に目次がありますので、そちらを開いていただいて……」


 アインの言われるがまま、とりあえず最初のページを開く。分厚い表紙の次のページには中表紙があり、「親愛なるあなたへ」と書いてあった。「あなた」というのは誰のことなのかさっぱりわからないが、何故か自分に向けられているような気がして胸が熱くなる。違う誰かに当てたメッセージであっても、こんな言葉を目の当たりにすることはなかったからだ。

 次のページはアインが言っていた通り目次になっていた。

 項目は『ぬいぐるみ』、『自動人形ドール』、『その他』となっていた。『その他』とは何だろうと思いつつ、今目の前にあるのはイヌのぬいぐるみだったので、『ぬいぐるみ』の欄を上から順に眺めていった。

 ぬいぐるみのすぐ下にネコという項目があり、その下に白ネコ、トラネコ、黒ネコと記載がある。ぬいぐるみは基本的にネコやクマなどの種類の下に色や特徴が書かれていた。

 イヌを探して指を本の上に滑らせる。

 不意にジェットの気配が近くなった。


「ルーナ」


 名前を呼ばれてびくっと肩が跳ねる。名前なんて教えてないのにどうして、と思っていると、ジェットの手が伸びてきた。

 その手から逃れようと身を引くが椅子から落ちそうになるのを気にしたせいで大した抵抗にはならなかった。

 ジェットの冷たい手が額に触れる。


「お前それで前見えてる?」


 目を覆い隠すように伸ばしていた前髪に指先が触れた。

 人の目が気になり、誰かと目を合わせるのが怖くて伸ばしていた前髪。

 そんな事情など知らないジェットの手は前髪をかき上げて、ルーナの目を晒してしまう。

 それまでぼんやりとしていた世界が急に光が差す。

 しかし、誰かに真っ直ぐ見つめられることと目が合うことの方が怖くて咄嗟にジェットの手を払いのけてしまった。


「っ……! ご、ごめんなさい!」

「きれーな目じゃん。飴玉みたい。ルディが好きそう」


 払いのけられたことを気にするでもなく、ジェットが楽し気に言う。自分がこんな対応をされたら少なからずショックを受けるのに、それはルーナが人間でジェットが悪魔だからだろうか。

 飴玉みたい、という言葉に少し驚き、自分の目元を撫でた。


「……青い飴玉があるんですか?」


 自然とそんな質問が口をついて出た。少なくともルーナは見たことがない。

 妙なことを聞いてしまったと慌てて口を押えるが、ジェットは気にした様子もなく口を開く。


「うん? いや、どうだろうな。探せばあると思うぜ」

「そう、ですか……」


 ならどうして飴玉みたいなどと言ったのか。お菓子に興味があるようにも見えないし、掴みどころのない相手である。

 ひとまず、イヌのぬいぐるみを直すのが先だと思い、本に手を戻した。

 ページを捲ってアインにこれでいいのか確認しようとすると、作業台の上からいなくなっている。どこへ行ったのだろうと周囲を見回すと、ジェットが無言で奥の方を指さした。ジェットの指先が向いた方を見ると、アインががさごそと何かを探している。


「……アイン?」

「えーっと、このへんに……状態の良いリボンが……ありました!」


 アインは積まれた箱の中からややくすんだピンク色のリボンを取り出した。引きずってしまうほどに長いリボンを、アインはくるくると腕に巻きつけてから作業台に戻ってくる。

 ぴょんっと跳ねて作業台の上に飛び乗り、リボンを巻き付けた腕を差し出した。


「ルーナ、前髪が邪魔ならこれで結んでください。適当な長さに切っていいですよ」

「……っい、や、あの……」


 厚意で言ってくれているのはわかるので、そもそもこのままがいいのだと言い辛い。確かに視界は悪いし、目が悪くなってしまうのも理解しているが、それ以上に他人の目が怖いという気持ちが上回る。

 受け取れずにいると、またもジェットの手が伸びてきた。


「いいじゃん。貸して」


 ジェットがリボンの端を摘まむ。ぴっと引っ張ったところで、それを嫌がるようにアインがリボンを引っ張り返した。

 ピンとリボンが突っ張り、ジェットとアインの間で無言の綱引きが始まった。何をどう見てもジェットの方が有利だ。なんせアインの大きさはジェットの四分の一かそれ以下である。

 ジェットが軽く引っ張って終わりかと思いきや、アインがリボンをはしっと掴んで離そうとしない。ジェットは明らかに楽しんでいるのにアインはムキになっていた。

 やがて、ジェットがぱっと手を離す。その拍子にアインが「んぎゃっ?!」と声を発して作業台の上でしりもちをついた。その隙にジェットがリボンを抜き取っていき、勝者は案の定ジェットになってしまった。


「貰うわ。ルーナ、ちょっと顔貸して」

「え、あ、あの……」

「俺もアインもルディも、あとはレミも。お前の周りにいた人間とは違うだろ。てか、そもそも人間じゃねぇし」


 なんでもないことのように言い放つジェット。

 そう言われても、と戸惑っているとジェットの方がルーナに近づく。作業台の上に腰を下ろし、ルーナの長い前髪に触れた。作業台に座ったことに対し、アインが何か言いたそうにするが何も言わない。

 気まずさと逃げ出したい気持ちを堪える。先ほど拒絶してしまったので、二度目ともなればジェットだっていい気はしないだろう。ぎゅうっとスカートの裾を掴み、更に目を閉じて前髪に触れるジェットの手に耐えた。

 何をされているのかよくわからないまま、耳の上あたりに手が触れたところで手が離れていった。

 そっと目を開けてみると、視界が明るい。


「はい、できた。アイン、どう?」

「ウギギギギ……可愛らしいです……」


 視界を覆っていた長い前髪がなくなっている。そうっと触れてみると、どうやら前髪が三つ編みにされ、横に流すように編み込まれているらしい。耳元にはリボンが揺れている。

 悔しそうなアインの言葉を聞いたジェットがため息をついた。


「どういう反応だよソレ」

「ジェットさまがやったと思うと手放しで褒められないのですが、仕上がりは文句がないので……」

「ふーん。鏡ある?」

「ありますよ」


 アインはリボンが入っていた箱の方に戻り、がさごそと箱を漁って手鏡を取り出した。かなりの年代物という雰囲気で鏡面はくすんでいるが一応映るようだ。

 戻ってきたアインから鏡を取り上げて(文句を言われて)、ジェットが手鏡をルーナに向ける。

 見ないという選択ができる雰囲気ではなく、恐る恐る顔を上げて鏡を見た。

 鏡面がくすんでいるせいで少しぼんやりしているのが幸いである。

 ただ──。

 鏡の中にいたのは、前髪をだらだらと伸ばして陰気で辛気臭い少女ではなく、前髪を編み込みにしてピンクのリボンをつけたどこにでもいそうな少女だった。

 別の人間が映っているのかと思い、きょろきょろと周囲を見回してしまう。


「……あれ?」

「なんだよ、その反応」

「ルーナ、その髪型とても可愛いですよ。……やったのがジェットさまというのが唯一のマイナスですが」

「お前も何なんだよ。普通に褒めろ」


 村の中では散々「目つきが悪い」「辛気臭い」「不細工」と言われ続けてきた。両親が「可愛い」と言ってくれていたのは親のひいき目だったのだなと恥ずかしくなって、前髪を伸ばして俯いて生きてきたのだ。

 しかし、こうやってみるとごくごく普通に見えた。

 鼻は低く唇は薄く、血色が良いとは言えず、難点はいくつもあるけれど、良くも悪くも普通に見えた。

 そうだお礼を──と思い、恐る恐る口を開く。


「あ、あの……ジェット、さ、さま、」

「うん? あー、ジェットでいいぜ」

「う。えっと、ジェ、ット……ありが、とう、ございます。とても見やすくなりました」

「だろ?」


 可愛いし。と、ジェットが付け足す。

 何のてらいもないあっさりとした言葉。ルーナ『が』ではなく、髪型『が』ということはよくわかっている。けれど、自分を構成するものの中に「可愛い」が存在していると言うことにドキッとした。

 知らず知らずのうちに頬が赤くなる。それを見たジェットが目を細めて笑うのだった。

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