66.異なるきまりの中で②
「ルディ。冗談でもそういうことを言うのはやめろ」
「あんな小さな村がなくなっても誰も気にしないよ~」
「そういう問題じゃない」
呑気に言うルディに対してレミの言葉には苛立ちがあった。眉間に皺が寄っている。
ルーナはさっきのルディの言葉に恐怖を感じたこともあって流石に口を挟めない。しかし、ジェットの時と同様に「そういうのは望んでない」とは、伝える必要があるだろう。
「……ルディ。えっと、確かに小さな村ですけど、両親との思い出もあるし、悪い人ばかりじゃないので……こ、壊すのは、ちょっと」
声が震えた。
やり返したい気持ちも、復讐したい気持ちもあったが、流石に村自体を壊したり燃やしたりなんて考えたことがない。せいぜい「ある日いきなり世界が爆発しないかな」くらいである。
だから、ここで自分が否定しなかったせいで万が一村が壊されようものならきっと罪悪感に苛まれるだろう。
「そっか~。じゃあ、やめとくね」
ルディのあっさりした言葉にほっとする。が、さっきの言葉がどういうつもりなのか気になった。
「ありがとう、ルディ。でも、どうして簡単に壊すなんて言う、んですか?」
「え? だって、嫌なモノなら全部壊しちゃった方がよくない? そうすればルーナも街で会ったりしなくなって、あんな風に怖がったりすることもなくなるよね?」
どこまでも無邪気で、何が悪いのかわからないと言わんばかりの様子だ。
さっき一言だけ苦言を呈したレミは黙って食事をしているし、ジェットは食事に飽きたらしく何も食べてないものの、口を挟むつもりはなさそうである。しかし、二人が会話を聞いているのは明白だった。
観察されている、もしくは自分の回答の良し悪しを見られているようで落ち着かない。
「……よ、よく、わからない、です」
「わかんないって?」
「確かにルディの言う通り、村の人たちに会わずに済むなら会いたくないし、怖い思いはしたくないけど……だからって、壊すって発想にはならないので……」
「へぇ~、そうなんだ。人間って不思議だね。戦争の時はあんなにあっさり壊すのに」
あっけらかんとした言葉には黙るしかない。
戦争の経験はないし、あったとしても「自分の嫌なものは全部壊す」なんて発想は生まれないと思いたかった。
ルディと言い、ジェットと言い、考え方が極端だ。人間である自分との違いをひしひしと感じる。
何も言えずにいるとレミがルーナに視線を向けた。その視線にぎくりとしても、何も言うことはできない。
その沈黙を破るがごとく、バァーン! と大きな音とともに厨房の扉が開け放たれた。
「さぁ、次はお茶の準備ですわ! 美味しーく淹れたお茶をイェレミアス様に……えっ?! ど、どうしてイェレミアス様がこんなところでお食事を……?!」
トレーズがルーナの部屋から戻ってきた。どうやら片付けが終わったらしい。
そして、レミが厨房の片隅で食事をとっているのを目撃し、驚いて挙動不審になっている。アインも遅れてパタパタと廊下を走ってきて、厨房に入ってきた。
「わざわざ食堂に行くのが面倒だっただけだ」
「そ、そんな……! ブ、ブラッドヴァール家の次期当主様が、こんなところで……!」
「……向こう五百年以上は先の話だろう、そんなものは」
トレーズが入り口でわなわなしているのを尻目に、アインはルーナたちが食事をしているこじんまりしたテーブルまで近付いてきた。レミの足元に立つと、どこか嬉しそうに両手を揺らす。
「ルーナに寄り添ってくださっているのですよね! 流石イェレミアスさまです!」
両者の反応は正反対だ。トレーズは「信じられない」と拒否気味なのに対し、アインはレミの行動を喜んでいる。
レミは足元に来たアインの頭をそっと撫で目を細めた。
「まぁ、そんな感じだ。片付けは終わったのか?」
「ハイ、ばっちりです!」
こくこくと頷くアイン。トレーズは納得してなさそうな顔をしているが、それ以上何か言うことはなかった。そんなトレーズへとレミが視線を向ける。
「トレーズもご苦労だった。ありがとう」
「い、いえ……そんな、と、当然のことですわ!」
珍しく焦るトレーズであったが、表情は満更でもない。労いと感謝の言葉が嬉しいのは明白である。
常に勝気でどこか自信満々なトレーズのこんな様子はどこか可愛らしく見えた。
「では、イェレミアスさま。ワタクシは仕事に戻りますです。何かありましたらお呼びください」
「ああ、わかった」
「失礼します!」
そう言ってアインは来た時と同じくパタパタと走って厨房を出て行ってしまった。それを見送りつつ、さっき落としてしまい食べかけとなっていたホットサンドを再度手にする。
トレーズはお茶の準備を始めている。
「ジェット、さっきはありがとう、ございました。ホットサンド、拾って? くれて……」
「ああ、別に。てか、お前今後は敬語なしにして」
「……え゛……」
「今日ちゃんと敬語なしで話せてただろ? 今もなんか聞いてて変な感じなんだよな。慌てて敬語に直してるせいで」
ジェットが何でもないことのように言うので固まってしまう。またホットサンドを落としそうになった。
レミにも? と思い、視線を送ると意味ありげに笑う。ルディは「いいね!」と言いたげにニコニコしていた。
「そうだな。何なら日常的に『お兄様』でも構わない」
「そ、それは流石に!」
「では、せめて敬語は止めるように」
「……は、はい」
叱られた子供みたいな気分になり、俯き気味に頷いた。
しかし、それを見たルディが楽しそうに笑う。
「ルーナ、そこは『うん』って言わないと」
「う。……うん……」
戸惑いつつも言われた通りに「うん」と頷き直した。
どうして三人がこうも敬語を止めることに拘るのかはわからないが、ルーナに拒絶などできない。なんせ今日だって服や装飾品を色々買ってもらった身なのだ。
それを差し引いても、三人の望むようにしたい気持ちは、あった。
「うん」と言い直したことに三人は満足げである。そんなに違うかなと不思議に思いつつ、残ったホットサンドを食べる。
「ねえ、ルーナ。話戻していい~?」
「は、う、うん。どうぞ。でも、何の話……?」
自分の分を食べ終わったルディが首を傾げる。ホットサンドを手にしたままルディを見つめ返した。
「村にさ、悪い人ばかりじゃないって言ってたじゃん? 本当?」
「う、うん、本当。関わりたくないって無視する人、結構いて……そういう人たちは、別に……気にならなかったかな。おじいちゃんやおばあちゃんにあれこれ言われたり、嫌がらせしてくる人たちに比べたら全然」
「それっておかしくない?」
ルディが怪訝そうな顔をして言葉を遮る。
しかし、そう言われても当時は何も言われないことの方がずっと楽だったのだ。いっそいないものとして扱って欲しいと願っていた。
「ルーナが辛かったことには変わりないでしょ? それに誰も助けてくれなかったんでしょ?」
「そ、う、かもしれない、けど……。でも、やっぱり両親との思い出があるし、最初から無視されてたわけじゃないから……辛いだけじゃなかった、という気持ちが大きい、かな? だから、村にいた時のことが全部辛かったって言っちゃうと……寂しいっていうか、悲しい気持ちにも、なるよ」
そこでルディが不思議そうに首を傾げた。
「かなしい?」
その表情は本当に不思議そうで、言葉の意味がわからないとでも言わんばかりだった。面食らってしまい、言葉につまる。
そう言えば、以前も「悲しい」という言葉を口にした時、ルディは似たような反応をしていた。
何故、と思っていると不意にレミが口を開く。
「ルーナ、今日は疲れただろう。もう風呂に入って休んだらどうだ?」
「えっ? ぁ、う、うん……?」
そう言われて、あと一口になったホットサンドを食べ終える。確かにもう遅い時間だ。
それまで静かにしていたジェットも無言で立ち上がった。
何だかルディの「かなしい?」という言葉に反応して二人とも動き出したようで、ただただ不思議である。
「トレーズ、お茶は部屋に運んでくれ」
「えっ?! は、はい……」
言いながら食事を終えたレミも立ち上がる。突然解散の雰囲気になったことにトレーズも戸惑っているようだった。
ただ、なんとなく聞いてはいけないような雰囲気があったので、ルーナは何も聞けない。
片付けをして、首を傾げながら風呂に入り、ベッドに入った。




