65.異なるきまりの中で①
夕食代わりに屋台のご飯を色々と買って屋敷に戻る。来た時と同じくジェットの移動魔法(?)だった。
シュン、と空間を割くような音を立てたかと思えば裏庭に戻っている。一体どういう仕組みなのかさっぱりだが、便利な術である。
街にいた時は銀髪だったレミの髪はいつの間にか元の淡い金色に戻っていた。
「次出掛ける時はもっと離れた街の方がいいな」
「そうだな。あの店の接客は惜しいが……村の人間と遭遇する可能性はゼロにしておきたい」
ジェットとレミが屋敷に戻りながらそんなことを話している。ルディは加わる気がないらしく、屋台で買った分厚い肉が挟まれたバゲットにかぶりついていた。
三人の後に続きながら、眉間に皺を寄せる。
「……あの、次って?」
「? 今冬はあれで過ごしとしても足りないものが出てくるかもしれないし、次は春用の服が必要だろう? それに今日買えなかった本もあるしな……」
レミが振り返って平然と答える。想像だにしない回答にルーナは凍りついてしまう。思わず足を止めたところで、ジェットにぽんっと背中を押されてつんのめるように歩き出す。
そんなルーナの反応など気にせず、ジェットがレミの肩に腕を置いてニヤニヤと笑った。
「へぇ、随分貢ぐじゃん」
「有意義な金の使い方だと思っただけだ。お前やルディに何か買ってやるよりも余程満足感がある」
しれっと言い放つレミ。ジェットを鬱陶しそうに見るものの、腕を振り払うことまではしなかった。
「お前が俺に何か買ったことあった?」
「……ナイトハルトで作られた新式の銃を見てみたいと言ったのは誰だ?」
「あったな、そういえば。そんなこと」
ジェットがレミの肩から腕を下ろしながら首を傾げるとレミが呆れたような顔を向ける。その視線は雄弁で「何故忘れてるんだ」と責めている節があった。
レミがジェットに何か買ってあげることもあるんだと感慨深く思ったところで、ジェットがルーナの額に人差し指でつつく。
「言っとくけど普段は自分で買ってるからな」
「えっ?! 何も言ってない、のに……」
「なんかそういう顔してたから」
「僕もちゃんと自分で買ってる~」
バゲットを食べ終えたルディが得意げに笑う。レミは聞かずともお金を持ってそうなのに対し、ジェットもルディもお金を持っているイメージがない。だからルディがドーナツを買ってきた時はちょっと驚いたし、なんだかんだで二人とも人間の世界のルールは守っているのだと感じた。
裏庭から厨房に入り、ルーナはいつも使っているテーブルに屋台の食べ物を置く。
なんだかんだで買いすぎてしまったように感じるが、余った分はいつものようにルディが食べると言っていたので大丈夫だろう。
先にレミの意向を聞かねばと思って彼を見る。
「イェレミアス様、お食事は……部屋に運びますか?」
「──いや、たまにはここで食べよう。わざわざ食堂に行くのが面倒だ」
確かにテーブルに屋台のご飯は乗るし、椅子も四つある。本当にここでいいのかと悩んでいると廊下の方がバタバタと騒がしくなった。
アインを小脇に抱えたトレーズが扉を開け放つ。
「おかえりなさいませ、イェレミアス様! ご無事にお帰りになれて良かったですわ!」
「お、おかえりなさいませ。イェレミアス様。お買い物はいかがでしたか?」
アインがトレーズの腕からうぽんっと抜け出して近付いてくる。トレーズは嬉しそうににこにこと笑っていた。
レミが二人を見てふっと笑う。
「久々の外出も悪くなかった。二人ともルーナの服などを部屋に運んでくれるか?」
「「もちろんです!!」」
二人とも力いっぱい答えた。レミからの頼まれ事が嬉しくてたまらないと言わんばかりだ。アインもトレーズもその一点に一切曇りがない。
答えを聞いたレミがジェットへと視線を向けた。
「ジェット、出してくれ」
「へいへい」
ジェットがくるりと指先を回すと、アインとトレーズのすぐ上の空間が歪んだ。そこからドサドサとさっき買った服や装飾品などが入った袋が落ちてくる。主にトレーズがそれらをキャッチしてはアインに渡すか床に置くかしていた。アインは手足の長さが足りないのであたふたしながらトレーズが落としたものを受け取っているだけだった。
どっさり。と形容したくなるような量である。
あれが全部自分のものだと思うと居心地が悪くなった。
しかし、アインもトレーズも気にした様子はなく、むしろ嬉しそうだ。
「ルーナ、たくさん買っていただいたのですね。明日が楽しみです」
「ええ! お部屋に仕舞いがてらどんなものがあるのチェックさせていただき、明日からは順番に着ていきましょうね! ウフフ、アタクシも楽しみですわ!」
「トレーズ、終わったらお茶を入れてくれ」
「はい、かしこまりました!」
そう言ってアインとトレーズは厨房を去っていってしまった。
二人とも厨房でレミが食事をすることに気付いてないようだったので後が心配である。とは言え、レミが食堂に行くのが面倒だと言っていたので問題ない、はずだ。
まだ温かい料理を並べてから、ゆっくりと席につく。
丸テーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。串焼きやホットサンド、豆のスープ、その他色々。あとはさっきルディが食べていたバゲットもあった。普段よりもメニューが多いのでちょっと贅沢な気分である。
ルーナはホットサンド、ジェットとルディは串焼き。レミは悩んだ末に豆のスープに手を伸ばしていた。
各々「いただきます」と言いながら食べ始める。ホットサンドは普段食べないので新鮮で、中に入っているチーズがとろけてきて目を丸くしてしまった。
どうやって作るんだろう、これ。とホットサンドをまじまじと見つめていると、ルディが串焼きを齧りながらルーナを見つめていた。
「? ルディ? どうかした……?」
「……ルーナ、あの~……えーと……聞きたいことがあるんだけど、いい?」
何だろうと首を傾げながら一度ホットサンドを下ろす。
レミもジェットも気にしてなさそうな顔をしているが、意識はこちらを向いていた。
「ど、どうぞ?」
「言い辛かったらいいんだけど……あのガ、男の子、何?」
不意の質問にビクッと震えてしまった。
ホットサンドがスルッと手から落ちていくが、それはテーブルにぶつかる直前に空中で止まる。ジェットが止めてくれたようだ。空中で落下を止めているホットサンドをジェットが手に取り、そっとテーブルに置き直した。
ルーナは三人からの視線に耐えかね、スカートの裾をぎゅっと握りしめて俯く。
「あ、あー! 言いづらかったらいいの。ルーナが辛くなるなら、言わなくていいから」
「……いえ、だ、大丈夫。驚いただけ、なので。……大した話じゃ、ない、ですけど……」
村で勝手に生贄にされたのは周知の事実だ。村での扱いも三人だって察している。
今更言いづらいことなんかないし、三人が知りたいなら楽しい話じゃないが話してもいいのだ。
『呪い』のことは別だけど。
「近所に住んでた男の子で……マチアスという名前です。昔からやけに突っかかってきて、からかわれたり意地悪されたり、しました。両親が亡くなってからは……無視されるようになって、他の村の人たちと違って嫌がらせとかはされなかったですけど……小さい頃から、ずっと苦手な相手、です」
話し終わると妙な沈黙が落ちた。恐る恐る顔を上げてルディの顔を見ると、何だか微妙そうな顔をしている。見れば、レミもジェットも似たような表情だ。
変なことを言っただろうか。両親が亡くなる前から意地悪されていたなんて、昔からどうしようもない人間だったと知って呆れているのだろうか。
急激に緊張してきたところで、ルディが横からひょこっと顔を覗かせてきた。
いつもの笑顔に見えたが、どこか妙な雰囲気である。
「じゃあ、昔は仲が良かったとか、好きだった子とかじゃないんだね?」
「ち、違い、ます」
「ルーナ、教えてくれてありがと。……村のこと、気がかりならいつでも言ってね。嫌なら全部壊してきてあげるから」
無邪気に笑うルディ。
ジェットが「村を焼く」と言う時よりもずっと本気のように聞こえてきて、ゾワッと鳥肌が立ってしまった。




