64.「似合う」と笑ってくれるから②
「おじょーさま、次はこれ着てみて?」
装飾品を選び終わったところでルディがカーディガンとスカートのセットを手にして近付いてきた。上下ともに淡いピンク色である。最初にもピンク色のワンピースを選んでいたのに気づき、ルディを見つめながら首を傾げた。
「ルディは、ピンク色が好き?」
「え? あ、そー……っすね。好きかも」
「そっか、じゃあ着てみるね」
聞いてみると、ルディは今気付いたと言わんばかりに頷く。
どうせルーナにはこれといった好みもないのだから、ルディの好きなものが着たいと思った。店員のルディが選んだ服を預けてからジェットを見る。
「ジェットは? この中なら、どれが好き?」
「え? ……あー、このへんとか」
「じゃあそれも着てみる」
ジェットが指さしたのは胸開きタイプのジャンパースカートだった。ホルターネックになっており、首の後ろで結ぶタイプになっている。色はややくすみのあるネイビーだった。さっきも青いスカートだったし、ジェットは青系が好きなのかも知れない。
店に入った時は緊張していたし、慣れない着替えにも緊張しっぱなしだった。
だが、店員二人は優しく接してくれているし、三人も楽しそうにルーナが色んな服に着替えるのを見守ってくれている。
段々と緊張も解れて自分の意見も言えるようになってきて、普通に会話もできている。
最後にレミに意見を聞こうとしたところで、凍りついてしまった。
「オニーサマって呼べよ」と言われたのを思い出したのだ。
「なんだ?」
レミがルーナを見つめ返し、これまでにないくらいに楽しそうに笑っている。
ルディとジェットの名前を呼んだのにレミだけ「ねぇ」で済ますのは違和感があるのだ。だからレミのことをちゃんと名前で呼ばねばと思ったのだが、ここで「イェレミアス様」と呼ぶのはもっとおかしい。
レミだってルーナのことをこの場で妹として扱っているのだから合わせなくてはいけない。
が、「お兄様」という言葉がすぐに出てこない。
もじもじしている様子をレミは明らかに面白がっていた。
「……。……お、お兄様は、どれが……いい?」
意を決して聞いてみると、レミは非常に満足気に笑って頷いた。
そして、年配の店員が持ってきた服の中からいくつか選び出す。
「オレの好みはこのあたりだな」
レミが選んだのは真っ白なワンピースだった。スカートにリボンが付いていたり、刺繍がされていたりするものばかりだ。
「じゃ、じゃあ、試着してみる」
「ああ、遠慮せずに好きなものを選ぶといい」
「……。……あのね。お兄様たちの好きなのを、選びたい」
勇気を振り絞ってそう言うとレミもジェットも面食らっていた。店員二人は「あらあら、まあまあ」と言わんばかりの表情をして口元に手を当てている。
自分の発言が急激に恥ずかしくなってしまい、若い店員の裾を軽く引っ張って試着室へと入っていった。
若い店員は楽しそうにルーナの着替えを手伝ってくれる。ルーナの顔を覗き込み、楽しそうに笑った。
「ふふ、お兄様たちが大好きなんですね」
「……うん。好き」
控えめに頷くと、若い店員が微笑ましげに笑う。
──好き。
そう口にして、じんわりと心が温かくなった。ああそうか自分は三人のことが好きなのだ、と。
大変なこともあったけれど、命を助けてもらって優しくしてもらって、嫌いになるわけがないのだ。時間もお金も使ってくれて、どうしてこんなことをしてくれるのかわからない。
だからこそ、三人が好きなものを身に付けたいし、自分のことよりも三人のことを優先したい。
しかし、考えれば考えるほど、今彼らの傍にいること自体がおかしい。せめて修復が終わるまでと自分に言い聞かせる。
そうこうしている間に着替えが終わり、三人が選んだ服をそれぞれ見てもらうことになった。
自分が選んだものだからか、三人は非常に満足げである。三人が喜んでくれたのでルーナも嬉しい。
「どれもいいな、よく似合っている。今試着したものは全て貰っていこう」
「ありがとうございます。他にお探しのものはございますか?」
「髪飾りはあるか?」
「ええ、もちろんございます。少々お待ちください」
年配の店員が笑顔でしっかり頷いて一度その場を離れる。離れる際に小さくガッツポーズを取っていたのを見てしまった。
若い店員はそれまでルーナが試着した服をせっせと畳み直してまとめている。結構な量になりそうだが、大丈夫なのだろうか。しかしルーナが口を出すことではないので気になっていても黙っていなければいけない。少々歯がゆかった。
やがて、年配の店員が髪飾りやリボンなどをどっさり持ってきた。リボンタイなどが置いてあったテーブルに並べてく。
「ルーナ、どれがいい?」
「えっと……」
やはり三人の好きなものがいいなと思っていると、ジェットとルディが後ろから覗き込んできた。それぞれ全く別の髪飾りを指差す。
「俺はこれ」
「僕こっち~」
ジェットが指さしたのはレースの付いたリボン、ルディが指さしたのは花のついたカチューシャだった。
二人はそれぞれルーナの髪に当ててみてから満足げに頷いていた。
更にレミが近付いてきて、宝石のついたバレッタをひょいっと持ち上げる。
「オレはこれだな。──うん、よく似合う」
「じゃあ、それで……」
ルーナの髪の毛に当てて笑う。
こんなものを貰っていいのかと悩んでから、リボンタイプのバレッタのうちいくつか中央に宝石が埋め込まれているタイプのものがある。
赤、黄色、グリーン。それらが目を引く。
一瞬どうしてかなと思ったが、すぐに思い当たった。
三人の目の色に近いからだ。今はレミの目の色は青だけど。
おずおずと手を伸ばして、その三つのバレッタを手にした。
「どうした? それが気になるのか?」
「うん、お兄様たちの色かなって……」
三人の目の色だということが伝わるかどうか不安で三人を順に見つめる。三人とも一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに思い当たったらしい。おかしそうに笑っていた。
「じゃあ、それも貰っていこう」
「ありがとうございます」
年配の店員がレミに向かって深々と頭を下げる。
ちらりと外を見るともう外は真っ暗だ。店内に入るまでは他の店の明かりも多かったが、時間的なこともあって大分しまってしまったらしい。
服の量もかなりあるし、これ以上はもう買えなさそうだ。レミもそう思っているのか、顎に手を当てて思案していた。
「二、三着、上に羽織るものを見繕ってくれ。室内用と外出用だ。試着はいい。あとはマフラーと帽子もいくつか……──店主、悪いな。もう閉店時間を過ぎてるだろうに、長々と付き合わせてしまった」
「いえいえ、とんでもございません! 大変充実した時間でございました。すぐに準備を……家にお送りいたしますか?」
「いや、この二人に持たせてくれ」
「かしこまりました」
そう言って店員二人は急ぎ気味に服や装飾品などを包んだり、袋に入れたりして準備をする。
適当なタイミングで年配の店員──店主がレミに何か紙を渡した。レミはそれを一瞥しただけで懐から金貨の入った袋を取り出して、中を見もせずに店主に渡した。店主はその重さにびっくりして「こ、これは流石に」と首を振る。レミはにこやかに笑い「残業代と気持ちよく買い物が出来た礼だ。あの子にも弾んでやってくれ」と言って、若い方の店員に目配せをしていた。
店主は何度も頭を下げて、その金貨袋を恭しく受け取っていた。
ルーナはその光景を別世界のように眺める。
自分の感覚が麻痺しそうだったので、すぐに逸らしてしまった。
外へ出ると、周囲はほとんど外灯の明かりしかない。
遅い時間なのでほとんどの店は閉まっているのだ。
「本を買うのは無理だな」
「そうだな。まぁ、次の機会でいい」
ジェットがさっき買った服などを預かり、それらを一気に不思議な空間に押し込んでいた。人もまばらになっているし、どうやら何らかの目眩ましをかけているようで誰も気にする様子はない。
ルディがゆっくりと周囲を見回す。
「あ、あのへんの屋台まだやってる。あそこで何か買って帰ろ?」
一本違う道には屋台が並んでいた。そこで食べ物を買って屋敷に帰ろうという提案らしい。
確かに今から帰って食事の準備をするには遅い時間だし、何より試着の連続で疲れているので助かった。レミもジェットも異論はないようで、ルディがルーナを見て「どう?」と聞いてくる。
「うん、屋台のご飯とか食べたことがないから楽しみ」
「よーし、決まり~!」
ルディに手を引かれ、揃って走り出す。
疲れたけれど夢のような時間だったなぁと思い──マチアスのことを思い出して身震いし、頭の中から追い払うように首を振った。




