63.「似合う」と笑ってくれるから①
店内は華やかだった。
ピンクや黄色、白など少女好みの色合いで溢れている。あちこちに可愛らしい服や装飾品が並べられており、全てが輝いて見えた。
直視できずに思わず目を細めて後ずさってしまいそうになるが、レミが肩を抱いているせいで叶わない。
「いらっしゃいませ」
店員らしき年配女性が近付いてきて、にこやかに歓迎してくれる。
値踏みするようにレミとルーナを見てから笑顔に力を入れた。どうやら上客だと判断したようだ。
「今日は何をお探しでしょうか?」
「この子に似合う服や装飾品を買いに来た。いくつか見せてくれ」
「かしこまりました。奥へどうぞ……」
そう言って女性が奥へと進んでいく。レミとともに奥へと進んでいけば、そこにはソファがあった。少し遅れてジェットとルディが入ってきて、物珍しそうに店内を眺めている。
ブラウス、カーディガン、スカート、ワンピース──どれもこれも見たことがないデザインのものがたくさんある。
今でこそトレーズが買ってきてくれた服を着ているが、以前までは誰かのお古ばかりを着ていたのだ。どれもこれも薄汚れていて生地が薄くなっていた。着るものがあるだけマシだと言い聞かせていた身分からすると、夢のような空間である。
トルソーに飾られたピンクの花柄ワンピース(スカートが三段フリルになっている)を見たルディがくるりと振り返った。
「こういうの可愛い。どう?」
「悪くないな。──試着をさせてもらってもいいか?」
「はい、もちろんでございます。こちらをお使いください」
そういって部屋の一角にある試着室を示す。分厚いカーテンで仕切られており、一応外からは見られないようになっている。
「わかった。悪いが、この子は一人の着替えに慣れてないので手伝ってくれるか?」
「かしこまりました。手伝いを呼んでまいりますので少々お待ち下さい」
そう言って女性は一度その場を離れていった。
ルディが「可愛い」と言ったフリルいっぱいのワンピースを見たジェットがげんなりした顔をする。
「……お前、そんなゴテゴテしたのがいいの? こっちのがよくね?」
ジェットが指さしたトルソーは白のブラウスにハイウエストのスカートを着ていた。スカートはストライプ柄のロングスカートで、全体的に落ち着いた雰囲気がある。
ルーナの目にはどっちも素敵に見える。センスがないので良し悪しはさっぱりだ。
そうこうしている間に、さっきの女性が少し若い女性店員を連れて戻ってきた。
「お待たせいたしました。お嬢様のお着替えを手伝わせていただく者をお連れしました」
「よ、よろしくおねがいします……!」
二人の目にレミはちゃんと貴族に見えているらしい。だからこそ、きちんとした振る舞いなのだろう。新しく連れてこられた店員は緊張しているようだ。
レミに背中を押され、彼女の方に近付いていく。
よろしくお願いします。と、頭を下げようとした瞬間、ジェットに軽く睨まれた。「店員にペコペコすんな」という言葉を思い出し、ただただ彼女を見つめるだけになってしまう。それでも何か言わねばと思い、ごくりと喉を鳴らした。
「こういうところは、あんまり慣れてない、の。……よろしく、ね」
こんな感じでいいのだろうかとモジモジしながら言えば、着替えを手伝ってくれると言った店員がぱっと笑顔になる。
「は、はい! お任せください! では、こちらへどうぞ。お嬢様」
「お嬢様」という響きにとてつもない場違い感を感じつつ、言われた通りに試着室へと向かう。
年配の店員がルディの指定したワンピースとジェットの指定したブラウスとスカートをトルソーから脱がせて若い店員に渡していた。
若い店員と二人で試着スペースに入り、あれよあれよという間に着替えが完了する。彼女の手際が良かったおかげだ。
「お待たせいたしました」
シャッとカーテンが開き、ルディが可愛いと言ったワンピースを着て三人の前に姿を表す。
試着室の中に鏡があったので店員に「お、おかしく、ない?」と聞いたが「お似合いでございますよ」と笑顔で答えられるだけで、あまり参考にはならなかった。普段からレミたちのはっきりした物言いを聞いているため、社交辞令なのがはっきり伝わってきたのだ。
こうなるとレミたちの意見を聞くしかない。
もじもじしながら姿を見せると、三人ともじーっとルーナを見つめていた。
「悪くない、が……」
「ゴテゴテしすぎですね」
「すごく似合うって感じじゃないっすね」
レミ、ジェット、ルディの順番で感想を言ってくれたが、ジェットとルディの口調が変わっていたのでぎょっとする。
普段の気安い口調ではなく、レミの従者としての口調なのだろう。驚きを表に出さないようにした。
三人の意見を聞いた年配の店員が少し考え込み、傍にあるアンティークなラックから別のワンピースを取り出す。
「お嬢様のお優しいお顔立ちからすると、装飾や柄は控えめの方がお似合いになるかと……こちらなどはシンプルなデザインですが、素材もよく着心地もよろしいかと思います」
そう言って見せてくれたのはライムグリーンのワンピースだった。胸から腰にかけて刺繍、腰には同色のリボン、スカートの裾にレースが付いている程度のさっきよりは大分シンプルなものだった。白のショート丈ボレロも一緒に出してくれた。
「そうだな、それも試着を──。ああ、先にさっきのブラウスとスカートも試着させてくれ」
「かしこまりました。では、お嬢様……」
促されるまま、もう一度試着室に入り、あっという間に着替えが完了した。
ルーナは彼女の指示に従って腕を持ち上げたり回ったりしているだけなのが不思議だ。
今度はジェットが指定したブラウスとスカートのセットだ。トルソーに着せている時はあまり気にならなかったのに、ブラウスの胸元がかなりボリューミーだった。リボンが大きいのだ。
ちょっと邪魔だなぁと思いながら試着室を出る。
「ブラウスの主張が強いな」
「スカートは似合ってますよ、お嬢サマ」
「えっと、じゃあ、そのスカートに合うブラウス選んでくれないっすか?」
「かしこまりました。選んでまいりますので、ぜひこちらのワンピースもご試着を……」
年配の店員はそう言って自分が選んだワンピースを若い店員に預けて一度引っ込んでしまった。どうやら自分が選んだワンピースはルーナに似合うとかなり自信があるらしい。
若い店員に促され、もう一度試着室に戻り、ワンピースに着替える。
鏡を見て目を見開く。
ルーナにセンスはない。が、このワンピースはやけにしっくり来た。若い店員がルーナを見てにこりと笑う。
「お似合いですよ、お嬢様」
さっきよりもずっと実感の籠もった言葉だった。社交辞令の一環であっても度合が違うのはルーナにもわかる。
試着室を出て姿を見せると三人が満足げに笑う。
「いいな、よく似合っている」
「とてもお似合いですよ」
「いっすね!」
「流石プロだな。オレたち素人が選ぶよりもずっと妹に似合うものを見立ててくれる」
レミがそう言って視線を向けた先には、ブラウスやら何やらを大量に抱えたさっきの店員だった。レミの言葉に嬉しそうに笑う。
「お褒めいただき光栄ですわ」
「ルーナ、どうだ? とても良く似合っているが、着心地は?」
「えっと……う、うん。私、これすごく好き。着心地もすごくいいよ」
店員二人は「そうでしょうとも!」と言いたげな表情をしている。
年配の店員はレミの信用を得たと思ったのか、抱えている衣類を空いている場所に飾り始めた。ずらりと並ぶ服に圧倒されるが、どれもこれも目を引くものばかりだ。淡い色合いのものが多く、装飾も控えめである。
「さきほどのスカートに合わせるのであれば、これくらいシンプルなブラウスでも良いかと思います」
そう言って彼女が見せてくれたのは本当にシンプルなものだった。丸襟に刺繍がワンポイントのみの白いブラウス。
「流石にシンプルすぎないか?」
「その場合はこちらのリボンやリボンタイ、或いはブローチなどをつけるとぐっとよくなりますよ。華美すぎるものはお嬢様の良さを損なってしまいますので、こういったアクセサリーをつけることで品と魅力が増すかと思います」
彼女はここぞとばかりにリボン、リボンタイ、ブローチ各種をテーブルに並べる。
どれもこれも高そう──と思ったところで、レミがおかしそうに笑った。
「商売上手だな。だが、嫌いじゃない」
「ありがとうございます。お嬢様に似合うものだけを選ばせて頂きました。当店でお買い物をしていただくのですから、ぜひご満足いただきたいのですわ」
「いいだろう。妹の意見を聞きながら、それぞれいくつか買っていこう」
「ああ、ありがとうございます! ささ、お嬢様、こちらから気に入ったものをお選びくださいませ」
店員に促されてテーブルの前に立つ。こんな高価そうなものの中から選ぶなんて贅沢があっていいのかと戸惑いつつ、恐る恐るブローチを手に取る。繊細な作りのカメオだ。
こんなものを自分が手にする未来は想像なんかできなかったなぁと思いながら、どうにかこうにか各種三つずつ選ぶことになったのだった。




