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61.不運な邂逅

 ルディに手を引かれて大通りの方に向かっていく。

 先ほどいた場所はマニアックな雰囲気で人もまばらだったが、大通りに近づくにつれて人が増えていくし、街並みも華やかになっていった。もう既に夜だというのに外灯と建物からの明かりで全く暗さは感じない。夜に差し掛かったところだからか、まだまだ店も営業中のところが多い。


「わぁ……」


 村とも屋敷とも全く違う風景に感動して、あちこち見回しながら歩く。ルディが「危ないよ~」と言いながら笑って体をくっつけてきた。今ばかりは気持ちが高ぶっているので人間の姿でくっつかれてもさほど気にならない。


「ルーナ、街に来るのは初めてか?」

「いえ……昔、両親と二回、来たことがあります。村と街を繋ぐ馬車があったので、旅行として……二回だけ……」


 レミに聞かれながら、ぼんやりと答える。

 以前来たのが両親が死ぬ前、もう八年以上前だ。今見ている街並みはルーナの記憶とは重ならない。記憶よりもずっと華やかで明るくて賑やかだった。


「村からだと馬車で半日以上かかるし、しょっちゅう来れねぇよな。田舎の人間だったら金銭的にもキツイだろうし」

「たまの贅沢って感じ、でした。街の中を観光して、ホテルに泊まって、美味しいご飯食べて……帰る時はすごく名残惜しくて……」

「いい思い出だったんだな」

「……はい、とても」


 両親のことを思い出す。街に行く前はすごく張り切って準備をしていた。馬車台や宿代をはじめ、旅行費用を捻出するのに貯金をしなければいけなかったので、ジェットの言う通り頻繁には来れない。結果、たったの二回だったのだ。けれど、その二回はとても楽しかったし、今では両親とのいい思い出である。

 今度は他の誰かと一緒に来ているのが不思議だ。しかも相手は吸血鬼に悪魔に魔獣である。

 三人とも歩幅が広いのでルーナは早足になる。過ぎゆく街並みも一瞬で少し名残惜しい。

 両親と来た時は、ルーナが興奮して走り出して父母が慌てて追いかけてきた。そんなことを思い出す。


「……ルディ、もう少しゆっくり歩こう」


 ルーナが早足になっているのに気付いたレミが一度立ち止まった。それに合わせてルディとルーナ、後ろを歩いていたジェットが足を止める。

 ルディが不思議そうに首を傾げた。


「え? もう遅いし、早くしないとお店閉まっちゃわない?」

「まだ大丈夫だ。気付かなかったが、オレ達とルーナだと歩く速度が違う」

「うわ、そうだったの? ルーナごめんね? ゆっくり行こうね~」


 そう言ってルディが繋いだ手を大きく揺らした。気を遣われたのだと気付き、急激に照れくさくなる。


「……あ、ありがとうございます」


 礼を言うとレミとルディは気にしなくていいと言わんばかりに笑った。ジェットは興味なさそうにしていて、どこか遠くを見ていた。

 気を取り直して歩き出そうとした時。

 ルーナたちとすれ違った一人の少年が振り返り、ルーナを凝視した。


「……ルーナ?」


 不意に向けられた声にぎくりとする。

 この声には覚えがあった。

 恐る恐る振り返ると、そこには想像通りの少年がいた。

 マチアス。

 村にいた頃、近所に住んでいた少年だ。両親が死ぬ前はやたらと突っかかってきて意地悪をされたし、両親が死んだ後は無視をされるようになった。何か言われるよりは無視の方が気楽だったが、たまに嫌がらせのようにぶつかられたりすることがあった。当然、ルーナの中で彼の印象は良くない。祖父母や祖父母に同調してルーナをこき使っては「使えない」と言う村人よりはいくらかマシではあるものの──そもそも『村の人間』である時点で恐怖の対象でしかない。

 心臓が竦むような気がして、思わず数歩後ずさってしまう。

 どうして彼がここにと半ばパニックになる。


「お前、ルーナだろ?! こんなところで何してんだよ!」


 離れた分、彼が近づいてきたところでジェットとルディがルーナを隠すように前に立つ。レミがルーナを抱き寄せた。


「なんだよ、ガキ。坊ちゃんとお嬢サマは買い物中なんだけど」

「お、お嬢様……!?」


 体が震える。恐怖に駆られ、レミに縋るように抱き着いてしまった。

 レミがそっとルーナに顔を近づけ、こそりと耳打ちをする。


「オレ達で適当にあしらう。声を出すなよ」


 ルーナはその言葉にこくこくと頷いた。マチアスの顔を見るのも嫌でレミに抱きついて彼から顔を背けた。

 優しく肩を撫でられていくらか落ち着くが、震えは止まらない。


「お前が急に大声を出すから妹が怯えている。礼儀も知らないのか?」

「妹って……そいつは──」

「世界に同じ顔の人間が三人くらいはいるって言うし、キミの見間違いでしょ~。どこの馬の骨ともわからない田舎者と、伯爵家の令嬢が同一人物なわけないじゃん。常識で考えよ? わかったらさっさとごめんなさいしてどっか行ってね?」


 ルディがにこにこと笑ったまま凄む。

 笑顔であっても相当な圧力があり、マチアスが怯んで後ずさる。悔しそうに唇を噛み締めていた。


「……で、でも。ルーナ、だよ……その子は……!」


 言い募るマチアスにジェットが近づき、腰を軽く折り曲げて彼の顔を覗き込んだ。


「何か証拠でもあるのかよ」

「おれが、見間違えるはず、ない」

「話にならねぇな。誰がそんな言い分信じるんだ?」

「ルーナは吸血鬼のもとに送られたけど、でも……でも……!」

「はっ!」


 悔しそうに言うマチアスの言葉をジェットが鼻で笑う。マチアスは顔を赤くして更に悔しそうな顔をした。


「吸血鬼のところに送られた人間がどうしてこんなところにいるんだよ。何故か運良く伯爵家に拾われて、何故か妹になってました、って? そんなバカみたいな話があるわけねぇだろ。とっくに血を吸われて死んでるっての。──はぁ、《もう帰れ》」


 ジェットの目が怪しく光り、声が不思議な厚みを持った。

 その挙動を見たレミが顔を(しか)めたが何も言わない。

 マチアスは一瞬ぼうっとしてから、はっと何かに気付いたように後ろに下がった。そして、おずおずと頭を下げる。


「す、すみませんでした……」


 謝罪を口にしたマチアスは逃げるように走り出し、人混みに消えてしまった。

 道行き人たちが不思議そうにこちらを見つめていたが、すぐに興味を失って視線を逸らして自分たちのことに戻っていく。

 マチアスの背を見送ったところでジェットが深くため息をついた。


「……なんだったんだ今の。てか、よく止めなかったな。レミ」


 言いながら振り返るジェット。レミはルーナの肩を抱いたまま小さくため息をついた。


「こんなところで暗示を使うのはどうかと思うが、あの程度なら他の魔法に紛れるだろう。それに、ああでもしないとどこまでも食い下がってきそうだったからな……」

「話がわかるじゃん。──ルーナ、大丈夫?」


 尋ねられて、そうっとレミから離れた。

 自分のことなのに三人に押し付けてしまったと申し訳ない気持ちになる。ルーナ一人ではどうにもできなかっただろうけど。


「あの、……ごめんなさい。まさか、村の人がいるなんて……お、思わなくて……」

「まさかタイミングよく村人がいるとは思わないだろう。想定外だったな」

「昔のルーナたちみたいに旅行だったんだろ。流石にかち合うなんて思わねぇよ」


 レミもジェットも気にした様子はない。それどころかルーナを慰めるように肩を撫でたり頭を撫でたりしている。

 体の震えも、さっきまで感じていた恐怖もゆっくりと和らいでいった。

 ゆっくりと深呼吸をしてから、レミとジェットを交互を見上げる。


「あ、りがとう、ございました……。……ルディも。あ、あれ?」


 ルディがいない。さっきまで確かにいたのに、いたはずの場所から忽然と姿を消してる。周囲を見回してもそれらしい姿を見つけることができなかった。


「アイツ、まさか……さっきのガキを……」


 ジェットがやや焦ったように呟き、それを聞いたレミが「まさか」と首を振るが表情は硬い。

 ルーナは「まさか」の意味がわからずに首を傾げるばかりだった。

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