60.街
眼前に広がる大きな街。
ルーナの住んでいた村の何倍、いや、何十倍になるだろう。辺りが既に暗いので街明かりが綺麗だった。過去に両親とともに二回来たことがあるが、以前よりも街明かりが強く大きくなっている気がする。きっとルーナの知らないうちに発展したのだろう。
気後れしていると、レミが軽く肩を撫でる。
「さて、行くか」
「街、久々だな~。楽しみ! 買い食いしてもいい?」
「店に入るまでに食べ終わるならいいぞ」
そんな会話を交わしながら、四人でのんびりと歩いていく。
街道を走る馬車が自分たちを追い抜いていった。街は開けていてどこからでも自由に出入りができるようになっているので、レミたちが馬車とともに入っていっても気にする人間はいなかった。そもそも警備もない。
中央に近付いていくにつれて賑やかになっていき、大きな建物が増えていく。
窓から店の中を見るだけでも華やかさが伝わってきて、場違い感にそわそわしながらも、浮足立っていた。見ているだけで楽しくて、ついつい足を止めてしまいそうになる。
「ルーナ、止まると危ないよ~。とりあえず、……えっと、どこ行くんだっけ?」
「先に魔力布だな。必須の用事は先に済ませたい。トレーズからの情報では北西に魔法使い御用達しの店が並んでいるという話だったので、このあたりのはずだが……」
最初に降り立った場所は街の北側だ。レミが歩きながら周辺を見回す。ジェットもルディも目的の店を探しているようだった。
ルーナだけは『魔法使い御用達しの店』の外観が全く分からないので、並ぶ建物を見てもピンと来ない。看板を見ると『魔石買い取ります』や『呪術グッズ入荷しました』などの文字を辛うじて追える程度だ。専門用語を並べているところもあって、ちんぷんかんぷんである。
「アレだな。あっちの角の店」
ジェットが目的の店を見つけたらしく視線を向ける。
看板には『レインズ魔術裁縫店』と書いてあって、確かに布も売ってそうだ。魔術と裁縫が合体するとも思ってなかったので新鮮な気分である。
店が見つかると四人はぞろぞろと移動した。
髪と目の色を変えているとは言え、レミの容姿はかなり目立つと思うのにスルーされている。美醜の感覚に自信のない自分でも絶対に目を奪われるのに、何故誰一人として視線を向けもしないのか不思議だった。
ジェットを先頭に入っていくと、思いのほか広い空間が広がっていた。外観はこじんまりとしており、せいぜい二階建てだったのに天井は見上げるほどに高い。
ルーナは目を丸くして口をぽかんと開けてしまった。
「空間拡張か~~~、ひろ~~~……え、この中を探すの大変じゃない?」
「目的のものさえはっきりしていればすぐ見つかる」
「ルーナ。バッグ渡すわ。リスト出して」
ジェットがどこからともなくリストを入れたバッグを出してルーナに返す。ルーナは預かったリストを取り出した。綴られた文字を口にする。
「えっと、……黒、白、ベージュ、コーラルピンク、水色、すみれ色……」
「……多い上に地味に色指定が細かいな。コーラルピンクって言われてもピンと来ねーよ」
「色が違うとうまく動かない可能性があるって言ってました」
「だろうな。まぁ、あるものを買っていくことにしよう」
などと話していると、等身大の人形が近付いてきた。
どこからどう見ても人形である。やや古ぼけたメイド服を着用している。彼女は静かに頭を下げてから、首を横に傾げる。頭を下げる動作も首を傾げる動作も、どこかぎこちない。
「イラッシャイマセ。何ヲ、オ探シデショウカ?」
「魔力布を探している。売場に案内してくれ」
「カシコマリマシタ。コチラヘドウゾ」
促されるままについていく。
恐らく自動人形なのだろう。しかし、ルーナが知っている自動人形とは全く違っていた。
受け答えはしてくれるが、喋り方もぎこちない。こちらを見ているようで見てないし、トレーズたちのような生き生きとした雰囲気は全くなかった。
まじまじと人形を見つめてみても全く動じない。トレーズなら「あら? 何を見てるんですの?」と笑うのに。
驚くルーナにルディがこそっと耳打ちした。
「……びっくりするかもしれないけど、あれが標準的な自動人形だよ」
「え、えぇっ?!?!」
「あはは、すごいびっくりするじゃん」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を両手で覆った。
それを見たルディがくすくすと笑い、レミとジェットもおかしそうに笑っている。
「いいよなぁ、お前。見るもの全てが新鮮な驚きで溢れてて。反応見てると和む」
「トレーズ達を見慣れていると驚くのも無理はない。そのあたりもいずれ詳しく教えよう」
そう言って二人が揃ってルーナの頭を撫でる。
小馬鹿にされているようでいまいち腑に落ちなかった。事実なので反論もできず、黙ったままだ。それが三人にとっては一層面白く見えたのか、楽しそうに笑った。
腑には落ちないものの、三人が楽しそうに笑っているのを見るのと心が温かくなる。まぁいいかという気分になる。
不思議な気持ちだなぁと思いながら、三人について店内を歩いていく。
向かった先には布がずらりと並べられている棚が所狭しと並んでいた。その量に圧倒される。
「えー! この中から指定のあった色の布を探すの? 自動人形が教えてくれるのかな……いや、そこまで対応してないのかな、このタイプって。ねぇ、えーと、コーラルピンク? っていう色の布はどれ?」
「……コノ辺リガ、赤系ノ魔力布ニナリマス」
「見ればわかるよ~。やっぱダメだったね、断片的にしか聞いて貰えない」
ぐるりと棚を見回すと、色ごとに棚が分けられている。巻物のように芯に巻かれた状態で積まれていた。
ルーナとて色を全て覚えているわけではないが、こういう店であれば色を表すタグなどがついているはずである。そう思い、適当な布を手に取ってみた。普通の裁縫用具を売っている店と勝手が違っていたら困るなぁと思っていると、想像通りに芯の部分からタグが出ていた。
ほっとして、そのタグを見つめる。
「……えーと、ローズピンク。これは違う……こっちはパステルピンクだから、これも違う……」
「なんでピンクにそんな種類あんの?! 全部ピンクなんだしどれでもいっ……あ、なんか全然違うね。こっちのパステルピンクは今ルーナがつけてるリボンの色とほぼ一緒だ~。ルーナは淡い色の方が似合うから、こっちのローズピンクはいまいちだね」
色の多さにルディが驚き、すぐに何事もなかったようにけろっとする。布を手に持ち、ルーナに当てて楽しそうにしていた。
ルディ、布、そしてジェットへと視線を向ける。ジェットは不思議そうにルーナを見つめ返した。
「あの、……今ルディも新鮮に驚いてましたけど、和まないんですか?」
「驚いてたけど、ルーナとルディだとなんか違うんだよ。こっちの受け取り方が。見てても楽しくねぇんだわ」
「確かに同じようには感じないな、微笑ましい気持ちには一切ならない。……ルーナのおかげで見方が分かった。ここに色が書いてあるんだな……確かに白は白でも、微妙に色味が違っている」
レミもジェットもしれっと酷いことを言っている。当のルディは気にした様子もなく笑っていた。
「それは僕もわかるな~。ルーナのことは許せても、レミとジェットのことは全然許せないことあるし」
「──お前は特にそうだろうな。ルディ、これ持って」
ジェットは黒とベージュの魔力布をルディに預ける。ルディは何も言わないまま、不思議そうに首を傾げながら布を受け取っていた。
コーラルピンク、水色、白、すみれ色、その他。リストにある布を全て見つけ出したところで、用事は完了だ。
レミが「会計を」を言うと、どこからかふくよかな魔法使いの女性がやってきた。金額を伝え、レミが頷いて支払いをする。布がまぁまぁの量だったので魔法の収納袋を勧められていたが、レミはやんわりと断っていた。
買い物を済ませて店を出たところで、ジェットが購入したばかりの魔力布をすうっと空間の中に収めてしまう。気がつけば、さっきまで手に持っていたバッグも手元を離れていた。
何もないところに消えていったように見え、その現象がとても不思議だった。
「さて、じゃあ次に行こ~!」
「ルーナの服や装飾品だな。では、行くか」
レミもルディも何故か楽しそうだ。ルーナは未だにそわそわしているのに。
「……あ、あの。本当に、いい、んでしょうか……?」
今の格好だって十分すぎるくらいだ。これまで着たことがないような可愛らしいワンピース。
恐る恐る尋ねてみれば、レミとルディが顔を見合わせて笑った。
「いーのいーの。僕はそれが楽しみでついて来たんだし」
「いつも頑張ってくれている褒美のようなものだ。あとは、オレの気晴らしだと思って付き合って欲しい」
そこまで言われたら首を振るわけにはいかない。ルーナは「二人のため」と自分に言い聞かせながら後を追う。
後を追いかけるような形で歩こうとすると、ルディがルーナの手を取る。
にこーっと笑うルディを見つめ返し、落ち着かない気持ちになりながら歩くのだった。




