58.買い物に行こう①
「話はわかった。魔力が込められた布を買ってこよう。しかし、自動人形の修復は少し話が違ってくるので少し待て」
「──え?」
振り返ると、そこにはレミが立っていた。
慌てて窓の外を見てみれば、外は真っ暗だ。アインを抱きしめたまま硬直してしまうし、アインも同様に硬直していた。
「い、イェレミアスさま!」
我に返ったアインがルーナの腕の中を飛び出して、作業台の上に飛び乗る。慌てた様子でレミを見上げた。
「す、すみません。時間に気付かず、こんなところまでご足労いただいてしまって……!」
「気にしなくていい。オレが自主的に来ただけだ」
レミが起きたということは夕食を作らなければいけないと言うことに気づき、慌てて道具類の片付けを始める。アインも一緒になって作業台の上に散らばった部品を籠の中に入れていった。
そんな二人の様子を見たレミが楽しそうに目を細める。
「そんなに急がなくてもいい。最近日が短いから活動時間が早くなっただけだ。ルーナもアインも自分のペースで動いてくれ。時計を見てくれればわかるが、まだ早い時間だからな」
そう言って工房の壁掛け時計へと視線を向けた。
確かに外の暗さに反して、時計が指し示す時間はまだ夕方になったところである。
以前までは屋敷内のありとあらゆる時計は壊れていて今が何時なのかさっぱりわからなかった。しかし、とある自動人形の修復したところで彼が時計の修理をしてくれて壊れていた時計は動くようになった。おかげで今が何時なのかわかるようになっている。正確な時間がなくても困らない生活ではあったが、やはり時計があると便利だ。
ルーナの部屋にも小さめの時計が置かれるようになり、それを見て行動するようになった。
「体調も安定してきたので、そろそろと思っていたんだ」
「え。何が、ですか?」
「ルーナ、明日は買い物に行こう」
「えっ?! あ、明日、ですか?」
突然の誘いに素っ頓狂な声を出してしまう。「そのうち」とは言われていたが、こんなに早いとは思わなかったのだ。
驚いているとレミが顎に手をやる。
「……魔力布も必要なんだろう? 気分転換にもなって丁度いい」
レミの言葉にアインがあたふたする。
「トレーズに任せても良いかと思うのですが……イェレミアスさまご自身が買い物だなんて……」
「言っただろう? 気分転換だ。行って帰って来るだけで長居はしない。心配無用だ」
アインの心配そうな声を受けてレミがふっと笑う。そしてアインの頭をそっと撫でた。
「それにジェットとルディも一緒に行くことになっているから何かあっても対処はできる」
「……な、ならいいんですが」
「必要な魔力布を見繕っておいてくれ。あまりその辺りの知識はないが、色さえ合致していれば問題ないだろう?」
「はい、大丈夫です。では、明日までに確認しておきますです……」
返事をするものの、アインは心配そうだ。
心配はルーナにもわかる。たかだか十日程度食事をしたからと言って完全に魔力が回復したわけではない。以前より格段に調子は良さそうだが、相変わらず血は飲めないようなので根本的な解決になってないのだ。かと言って、「血が飲めるようになったので、ルーナの血が飲みたい」と言われても困ってしまうのだが。
心配するルーナの頭にもレミの手が乗った。
「そう心配しないでいい。外に出る機会と口実が欲しいだけだ。──ルーナ、欲しい服や髪飾りなどがあれば考えておいてくれ」
トレーズに貰ったものだけで十分なのですが。とは言えず、静かに頷くしかない。そもそも「どんな服が欲しいか」なんて考えたこともないのだ。
祖母から与えられたものを文句も言わずに着るだけで、他の同世代の子たちが着ているものに憧れたとしても「欲しい」なんて口が裂けても言えなかった。
「じゃあ、また後で」、そう言ってレミは工房を出ていってしまった。
◇ ◇ ◇
「で。マジで買い物に行くって? この辺だとウィートか? 一番大きい街」
「ああ。トレーズも何度か足を運んでいて、問題もなく平和らしいからな」
「……ふーん」
夕食時。レミが明日買い物に行くことを切り出した。
ジェットは相変わらず料理の手伝いに文句を言うものの、なんだかんだで手伝ってくれている。ルディは嫌がりもせずに楽しそうにしてくれているので料理の時間は楽しかった。
「設定は?」
「オレとルーナが貴族の兄妹、お前たちは従者だな」
ジェットの言った「設定」という単語。しれっと答えるレミ。
ルーナには何のことだかさっぱりわからず、シチューを口に含んだところで首を傾げてしまった。ジェットとルディは不服そうだ。
咀嚼をしてごくんと飲み込んでから、三人を順に見回す。
「あの、設定って……?」
三人の間では通じる単語らしいが、ルーナにはわからない話である。おずおずと聞いてみるとルディが口を尖らせた。
「人間の街に行く時にさー、人間としての関係性を作っておくんだよ。最初は適当に兄弟とか友達にしてたんだけど、雰囲気が違いすぎて無理があって、めちゃくちゃ怪しまれるんだよね。冒険者にしとくと何か変なこと頼まれることがあるし……まぁ、大体レミが貴族で、僕とジェットは従者なんだけど……大体これで周囲は納得するけど……なんっか腑に落ちないし面白くない……」
ルディの説明を聞いてから再度レミ、ジェット、ルディの三人を見る。
確かに三人の纏う雰囲気は全く違う。『友人』だと言ってもどういう繋がりなのかわからないだろう。
レミが貴族令息なのは納得であるし、他の二人が従者と言われればそれはそれで納得できる。しかし、三人揃って貴族令息と言っても問題なさそうだ。どうしてそうしないのかと疑問が湧いた。
「三人とも貴族だと怪しまれるんだよ。どういう関係なのかってのと、なんで従者も連れずにいるんだってな。……俺は貴族ってガラじゃねぇし、ルディは見た目だけならそれでも通るんだけど……マナーがクソで一回やらかしたからな。それでレミが叩き込んだんだ」
「……なら、私も従者でいいのでは?」
不思議に思って聞いてみると、レミがゆるく首を振った。
「そうするとオレが従者にあれこれ買い与える異常者になるから駄目だ」
「い、異常者……」
貴族事情なんてさっぱりわからないが、レミが言うならそうなのだろう。わからないことに口を出しすぎるのも良くないと思い、買い物の計画に関しては三人に任せようと思った。
ついてこいと言われればついて行くし、留守番と言われたら留守番しているだけだ。
「それはそれで面白いのに~。店員に変な目で見られるレミとかすっごく見てみたい」
「おい、やめろ」
「まぁ、怪しまれる確率が低くなるならそれでいいわ。──レミ、あんまりバカスカ買うなよ。金払いが良すぎると相手の印象に残るからな」
「それもそうか。気をつけよう」
「……本当にわかってんのか?」
ジェットが不審そうにレミを見る。が、レミは気にした様子はない。
ルーナの中の買い物と言うと野菜や肉などを買うイメージしかないので、ジェットの言う「バカスカ」がよくわからない。両親が亡くなる前に街に遊びに行ったことはあるが、観光気分で見て回って、ちょっとお土産を買って終わりだった。
とは言え、買い物にワクワクしている自分がいる。
服や髪飾りを買ってもらえるなんてとんでもないと思う一方で、昔村の少女たちが身につけていた可愛い服や髪飾りを思い浮かべて何とも言えない気分になるのだ。何か一つでも手元にあったら幸せだろうな、と。
「ルーナ、ちょっと嬉しそうだね」
「えっ?!」
ルディに顔を覗き込まれてドキッと心臓が跳ねた。
「僕もルーナとお出かけ楽しみだよ~。欲しいものがあったら遠慮なく言ってね。レミが買ってくれるし。レミが買わないって言うなら僕が買ってあげるし」
「オレはルーナの欲しいものは否定しない」
「嘘つけ。お前は絶対善意で『これはダメ、こっちの方が良い』とか言うタイプだから気を付けろよ」
「うるさい。──ルーナ、欲しいものがあれば遠慮はしないように。明日の夕方までに何が欲しいか考えておいてくれ」
三人とも何だかんだで楽しそうに見える。出かけるのを楽しみにしているのは案外ルーナだけじゃないかもしれなかった。
ここは遠慮するようなシーンじゃないはず、と思いながら控えめに笑う。
「はい、考えておきます。……出かけるの、楽しみなので」
照れくさくなりながら言うと三人は満足げに笑った。
三人の笑顔が眩しくて嬉しくて──それでいて胸を締め付ける。




