56.三人+一人②
返答に困っているとジェットが呆れてため息をついた。
「ルーナの性格考えろよ。言えるわけねぇだろ、迷惑だなんて。……はっきりものが言える性格なら生贄になんてされてねーんだよ」
ジェットの言うことはいちいち的を射ているのだが、ルーナにもダメージがあった。
そう、嫌なことは嫌だとはっきり言える性格だったら、村での生活も違うものになっていたに違いない。
何も言えないまま、我慢だけを続けてきてしまったのだ。いつか報われる、なんて甘いことを考えて。けれど、我慢は何も生まないし、我慢した分が返ってくることはないと学んだ。ルーナの我慢は祖父母をはじめ、村の人間たちに「ルーナは見下してもいい存在」という意識を与え、更に強くするだけだった。
だからと言ってルディのやっていることと、村でされたことは決して同じではない。
そのあたりを上手く伝えねば──と思考を巡らせる。
「……ジェット、お前はお前ではっきり言い過ぎじゃないか」
「どういう意味だよ、ソレ」
「どっちも極端なんだ。この場合、最も大切なのはルーナの気持ちだ。ルディがルーナの気持ちを聞かずに行動するのも良くないし、ジェットがルーナの気持ちを全部わかったように言い切るのも良くない」
「つまり?」
「ルーナが自分の気持ちを言いやすい環境を作る方が先だ」
「それは俺の不得意分野だから、レミに任せるわ」
ぽんぽんと会話が進んでいくのは聞いてて気持ちがいい。お互いに遠慮はなく、とにかく言いたいことを言い合える関係。
ジェットの最後の言葉にレミが肩を落としている。
「ジェット、言うだけ言って放り出すのを止めろ」
「適材適所だろ」
「あのな……まぁ、いい。──ルディ、自分の気持ちだけを優先するんじゃない」
レミが小言を言いかけ、無駄だと思い直したらしくルディへと視線を向ける。ルディはルーナに寄りかかったまま不服そうな顔をしている。
ルディががっつり体重をかけてくるので体勢を保つのもちょっと辛い。バランスを崩したらそのままレミの方に倒れ込んでしまいそうだ。膝の上に置いてある本が落ちてしまいそうだったので、テーブルの上に置いておく。
「えー、なんかよくわかんない。僕がルーナにくっつきたいからくっついてるだけだし、村の人間みたいに嫌がらせしたり虐めてるわけじゃないよ?」
「それはわかっている。ルディなりの愛情表現なんだろう。だが、それは一方的に行うものじゃない。ルーナに確認してから行動に移せと言っている」
すると、ルディが不満げにしながらもルーナの顔を覗き込んできた。魔獣ではない人間の顔が近くてドキッとする。魔獣の姿なら可愛いと思うだけで、どれだけ近くてもさほど気にならないの印象がまるで違う。
以前、ルディに「はっきり言わないと」と諭されていたのに、今度はルディに言わなくてはいけない。決して「嫌」ではないのが微妙なところだ。
レミとジェットからの「はっきり言え」という圧を感じて、ルーナはルディを控えめに見つめ返した。
「……ルディにくっつかれても嫌じゃないです」
「だよね~?」
「で、でも、すごく困るというか、戸惑うというか……こういうのに免疫がなくて……」
「? でもさぁ、夜一緒に寝てても嫌がらないし、前寝ぼけて抱き着いてきたよね? それと何が違うの?」
以前のことを持ち出され、ルーナの顔がかーっと赤くなってしまった。レミとジェットが顔を顰める。
「……人間の姿でくっつくのと、魔獣の姿でくっつくのはやっぱりちょっと、いえ、全然……違います」
「僕は僕なのに~?」
それはわかっている。どちらの姿もルディなのは頭では理解している。
しかし、やはり明確に違う。
それをどう伝えたらいいものかと悩んでいると、レミが静かにルディを見つめる。
「ルディ。確かにどちらの姿でもお前であることは変わらない。だが、人間の姿と魔獣の姿ではルーナの受け取り方は違う。ルーナの目に人間の姿のお前は、同年代の男にしか見えないからだ。……男に免疫がないんだから、戸惑うのは当然だろう」
「うーん……?」
ルディはいまいち納得してない様子だった。
常に自分が受け入れられる環境にいたから納得ができないのだろう。ルーナにとってはそんな環境、想像すらできなかったけれど。
「……じゃあ、ルーナがオレの姿になったとしても抱き着けるんだな? 中身は一緒なんだから」
レミが眉間に皺を寄せ、腕組みをして呆れたように問いかける。
あくまで例えではあるものの、それを聞いたジェットが「ぶっ」と吹き出した。
当のルディは目をまん丸にしてぽかんとしていた。
「えっ!? やだ! 気持ち悪いよ、そんなの! 中身はルーナでもなんかやだ!」
否定の言葉とともに顔を上げるルディ。さっきまで肩に感じていた重みがなくなったので少しホッとした。
「お前の言う通り中身は一緒だろう?」
「そーだけど! 姿が違うじゃん!」
「つまりそういうことなんだ。ルーナの目に、人間の姿のお前と、魔獣の姿のお前は全くの別物として映っている」
「わかるような気がするけど、なんか納得いかない~~~! どっちも僕なのに~~~!!」
レミの中身が自分? と不思議に思いながらレミを見つめる。レミはルーナを見ようとしなかった。
渋々ルディを納得させるための例え話をしただけで決して本気ではないからだ。かなり渋々感が伝わってくるのが何だかおかしくて、少し笑いそうになってしまう。
ルディは「そっかぁ」と残念そうにしていたが、やがてポンッと手を打つ。
「じゃあ、こうすればいいよね」
そう言ってルディは魔獣の姿になった。普段通り人懐っこく笑っている。
何も言わずにルーナに頬ずりをしてから、ルーナの膝の上に頭を乗せた。上目遣いになって得意げにルーナを見上げてくる。これなら文句ないでしょ、と言わんばかりだった。
「あ、あの、ルディ……?」
「僕はルーナを困らせたいわけじゃないもん。同じ人間の姿でいた方がいいかなって思ってたけど、ルーナが受け入れやすいならこっちの姿にしとくよ~。どう? ルーナ、大丈夫だよね?」
「……大丈夫、です」
魔獣姿のルディを見つめて小さく頷いた。膝の上に乗っている頭を撫でられる程度にはこちらの姿の方が馴染みがあるし、安心できる。
頭を撫でるとルディが気持ちよさそうに目を瞑った。
その様子を見たレミとジェットが顔を見合わせて、ほぼ同時にため息をつく。
「……ルディ、それでいいの?」
「? 何が~?」
「いや、別に。……念の為に言っとくけど、絶対に人間の姿で同じベッドに入るなよ」
「僕、そこまで非常識じゃないよ~」
「非常識に見えるから釘刺してんだよ。──ルーナも絶対に嫌がれよ。そいつが人間の姿でベッドに入ってきたら悲鳴を上げてもいい」
不意に自分に注意が向けられ、肩を軽く震わせた。ジェットを見つめてこくこくと頷く。
「そ、それは流石にだめだと思うので、だ、大丈夫です。ルディも遠慮してくれると思うし……」
「……お前、ダメな意味本当にわかってる? なんか心配になってきたんだけど」
「ジェット、あまり余計なことを言うな。こんなところでする話でもない。……確かに情報が古いな、この本は」
レミがジェットの言葉を遮る。勉強という雰囲気でなくなってしまったからか、本に手を伸ばして自分の手元で開いていた。
具体的に答えろと言われたら困っていたので、ある意味レミの遮りは助かった。
ダメな意味、具体的なことは何一つわからないが、祖母が「いやらしい」と言っていたような内容だろう。ただ、あの時の祖母とは違ってジェットは純粋に心配してくれているように感じる。昔祖母が言っていたのはそれ自体を嫌悪しているのと、そこから派生する煩わしさを嫌っているようだった。
それだけでも随分救われるなんて言ったら、ジェットは笑うだろうか。
悪魔なんだけど、と呆れながら笑いそうだ。




