55.三人+一人①
そして夕食後のレミの部屋。
夕食時に渡された本のことを早速教えてくれるという話になったので緊張しつつレミの部屋へ訪れたのだが──何故かジェットとルディまでついてきた。
「……何故、お前達までいる……?」
どうしてジェットとルディまで一緒なのだろうと言う疑問はレミにとっても同じだったらしい。片付けをしてからレミの部屋に行くまでの間、ずっと二人が傍にいて落ち着かなかった。かと言って邪険にもできなかった。
結局、本を抱えてレミの部屋に入るまでついてきたのだ。
レミが怪訝そうな顔をして二人を見つめ、発したのがさっきのセリフである。
そのセリフを受けたルディがあっけらかんと笑う。
「なんか楽しそうだったから?」
「ルディは歴史に興味はないだろう」
「ないよ? でもルーナが勉強するのは気になるし、レミがルーナに何を教えるのか気になるだけ~」
無邪気に言うルディ。レミは問答をしても無駄だと感じたのか、それ以上は言及しなかった。
代わりに、自分の座っているソファにルーナを手招きする。
「俺には何かねぇのかよ」
一緒にやってきたジェットが憤慨した様子で言う。レミはちらりと視線を向けてため息をついた。
「お前には今更何を言っても無駄だろう。──ルーナ、隣に」
「えっ?!」
「正面だと本が見えない」
正面に座ろうとしたところで、レミが自分の隣をぽんぽんと叩いた。
豪華なローテーブルを挟んで、ソファが置かれている。レミが座っているソファはゆったりしていて三人は余裕で、多少窮屈だが四人でも座れそうなくらいにゆとりがあった。この間、レミが助けてくれた時に降ろされたのがこのソファである。
本当に隣に座っていいのかとキョロキョロと周囲を見回してから、おずおずとレミの座っているソファに移動した。
レミと少し距離を取って、控えめに腰を下ろす。
「失礼しま、す」
そう言って本を膝の上に置いた。レミの様子を窺うと、優しげに笑っている。
「隣に呼び寄せて何するつもりなんだか」
「死ね」
ジェットの言葉にレミがギロリと睨んで冷たい言葉を投げかけていた。
そう言えば最初に来た時も「死ね」と言っていたことを思い出す。決して良い言葉ではないが、三人の間では日常的なやり取りなのだろう。
場違い感があるものの、三人の会話を聞いているのは心地よかった。
「ルーナ、もうちょっとあっち寄って~」
返事をしないうちにルディがルーナの隣に座ってしまう。
勢いのせいで体がぶつかり、レミの方に押されてしまった。倒れ込まないように耐えようとするとレミの手がルーナの体を支える。ルーナを見てから、呆れた視線をルディに向けた。
そう言えば、今日はずっと人間の姿でいる。何故だろうと思ってもなかなか聞く勇気が出なかった。
「……ルディ、もう少し周りを見て行動しろ。ルーナが倒れるところだった」
「えっ?! ごめんね、ルーナ。大丈夫だった?」
「は、はい、大丈夫、です」
今度はレミとルディに挟まれてしまった。誰かと誰かの間にいるのがどうにも落ち着かなくてソワソワしてしまう。
ジェットはさっき座ろうとしたソファに横になって、三人掛けのソファを一人で悠々と使っていた。行儀が悪く感じてしまうが、レミが何も言わないのであればルーナがとやかく言える問題ではない。レミはジェットに対してもの言いたげだったものの、言っても無駄だと感じているのか何も言わなかった。
体勢を直して、改めて膝の上に本を開く。そしてレミを控えめに見上げた。
「……あの、私、歴史とか勉強したことがないので、全然わからなくて──」
「大丈夫だ。わからないならこれから知っていけばいい。最初は身近な話からの方がいいだろうな」
そう言ってレミが目次を開いた。見慣れない国名や言葉が並んでいて、それだけで目眩がしそうである。
「ルーナ、このあたりを治めている国の名前は知っているか?」
「レ、レムス王国……」
「正解。ここにレムス王国の歴史が記されている」
流石に自国名くらいはわかる。ただ、あまり村と王国に大きな関わりはないし影響も強くはない。国王からのお触れなどがたまに届くが、本当にそれだけだった。
ルディとジェットが「あれ? アルス王国じゃなくて?」「それはもっと西」と呑気な会話を繰り広げている。
レミの指先が目次にある「レムス王国」を示す。ページ数を確認してから、ゆっくりとそのページを開いた。
「レムス王国は安定した国だ。もう八百年以上に続いているし、二百年前の戦争時もそこまで大きな被害はなかったはずだ。、気候が安定していて資源が豊かなおかげだろうな……」
レミの言葉をふんふんと聞きながら、ページにずらりと記載された年表を見る。年表の隣にはレムス王国と周辺の地図があって、ルーナの感想は「へー、こんな形してたんだー」というものだった。
そこから、レミは年表を見ながら簡単にレムス王国の成り立ちを説明してくれた。
いつ、何があって、どうして今の王国になっていたのかをわかりやすく、丁寧に。
その語り口は優しく、言葉を覚え始めた子どもに説明するようなものだった。まるで物語のような流れだったので、普段児童書を読んでいる時のようにその先はどうなるのかと聞き入ってしまう。
「──とまぁ、こんな流れだ。レムス王国が傾くのは想像できないな……資源も当面は枯渇しそうにないし、周辺の国々とは上手く折衝しているし……」
「……あ、あの。イェレミアス様……」
「なんだ? わからないことがあれば聞くといい」
「……すみません。その、『せっしょう』って……なんですか?」
歴史には興味が湧いたが、そもそもそれを理解するだけの語彙力がない。恥ずかしさに苛まれながら質問を口にする。
「ああ、済まない。『折衝』というのは利害関係の折り合いをつけるために話し合いをすることだ。多少意味合いが違ってくるが、簡単に交渉と言い換えてもいいだろう」
「ありがとうございます。すみません、何も知らなくて……」
申し訳なくなって小さくなっているとレミがくすりと笑ってルーナの頭を撫でた。
「知らないなら知っていけばいい。──ふむ、辞書も必要だな」
「知らなくても別に困らないよ~。難しい言葉を使うレミの方に問題があると思うな、僕」
「同感。知ったかぶって面倒くさい言葉使ってるのはレミだからな」
「……文脈に合った言葉を使っているだけだ」
途中で口を挟んでくるルディとジェット。ルディは「僕もそんな言葉知らないし」とけろっとしている。ジェットはソファに寝転がったまま、呆れ声を出していた。
ジェットが視線をこちらに向け、開いている本へと視線を向けた。
「……てか、よく考えたらその本も二百年前で話が止まってるだろ。戦後で話や見解が変わってくる国があるから、その本は今の勉強にあんまり相応しくねぇんじゃねぇの? レムス王国はそこまで変わらねぇけどさ」
「確かにそうだな。……今度の買い物で本も何冊か買うか」
「ルーナ、レミがお金出してくれるから好きな本買ってもらいなよ~」
隣でルディが楽しそうに笑っている。どうせレミのお金だから好きに使えと言わんばかりだ。
流石に他人のお金を好き勝手には使えないし、そもそも「欲しい本」と言われてもよくわからない。図書室にある本だってまだまだ全然読めてないのだから。
が、ルーナは今困っていることがあった。
何故かルディがルーナの肩に頭を乗せ、寄りかかってきたのだ。
ただただ困惑していると、レミとジェットが眉間に皺を寄せてルディを見つめた。
「おい、ルディ。ルーナから離れろ」
「え~? なんで~?」
レミが助け舟を出してくれたが、ルディはどこ吹く風だ。
「ルーナが困っているだろう」
「……そうなの? ルーナ」
ルディが無邪気に聞いてくる。悪気がない分拒絶もしづらく、返答に困ってしまった。




