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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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53.些細ではない変化②

 今日のルディは何だったのだろうと思いながら午後の自動人形ドールの修復を終えたところで少し休憩をした。

 休憩後は夕食の準備である。

 最近は日が短くなってきたので日の動きだけを見ていると時間間隔が狂う。

 トレーズが買ってきてくれた食材を保存庫から取り出しながら食材の状態をチェックする。ジェットが使えるようにしてくれた保存庫はすごい。普通ならすぐに傷んでしまうようなものもちゃんと保存されている。聞けば、あくまでも遅らせる効果があるだけなので、早めに使い切らなければいけないと言われていた。

 今ある食材をどう使っていくかはシミュレーション済みなのでメニューは決まっている。


「ここが厨房か。初めて入ったな……」

「……え?!?!」


 聞き覚えのある声が届き、慌てて振り返る。

 そこには少し眠そう顔をしたレミが立っていた。

 どうしてレミがここに? と困惑していると、レミは静かに近付いてくる。


「ルーナ、おはよう」

「え、えと、お、おはよ、う、ございます……」


 反射的に同じ挨拶をし、頭を下げる。

 ルーナにとっては「おはよう」という時間ではないのだが、レミは今起きたようなので挨拶としては間違いではないのだろう。ひたすら頭上に「?」を浮かべていると、レミがおかしそうに笑った。


「もう日は沈んでいるから出歩いても問題はない。……昼間も、日に当たらなければどうということはないんだ」

「そ、そう、なんですか」


 確かに窓から裏庭を見ると既に周囲は暗くなっている。

 使い魔や自動人形が増えていくにつれ、屋敷内の様相も変わってきた。厨房もそうなのだが、暗くなると自然とあちこちに灯りが点くようになったのだ。最初にその現象を目の当たりにした時は驚いたものの、今ではすっかり慣れてしまった。お風呂はもちろんのこと、屋敷内が快適すぎる。

 レミはルーナの前まで来ると、ルーナをじっと見つめた。

 急激に気恥ずかしくなってしまい、ふいっと視線を揺らす。


「……あの、体調は大丈夫、なんでしょうか……?」

「──ああ、久々に食事をしたおかげで落ち着いている。人間のように食事をする習慣もなかったので、食事という存在をすっかり忘れていた。アインにもトレーズにもその発想はなかっただろうし」

「そ、そうだったんですね。でも、……お役に立てて良かったです」


 確かに前よりも元気そうだ。この間はベッドから起き上がるのもしんどそうだった。

 レミの言葉と表情に安心してほうっとと息を吐き出す。

 すると、何故かレミの手が伸びてきてルーナの頭の上に乗った。優しく撫でられて、体が硬直する。


「ルーナのおかげだ。ありがとう」

「そ、そん、な……!」


 改めて礼を言われるとこれまた恥ずかしくなってしまう。嬉しい気持ちもあるが、それ以上に落ち着かない気持ちになる。

 そして、レミに頭を撫でられてドキドキしてしまう。

 ジェットみたいにからかう手つきではなく、ひたすら優しいのだ。


「今日は色々と聞きたいことがあって来たんだ」

「え? は、はい、お答えできることであれば……」


 ゆっくりとレミの手が離れていく。聞きたいこととはなんだろうと首を傾げて、レミをそっと見上げた。


「昨日はどうだった? 午前中は森の中に出掛けてたと聞いているが」

「楽しかったです。屋敷よりも奥に入ったことはなかったですし、川も紅葉も綺麗で……」

「そうか。それは良かった。今後はちゃんと休みを挟むように。……と言ってもルーナは働いてしまいそうだな。アインとトレーズに言っておくので、きちんと休んでくれ」


 見透かされている。自主的に休めと言われても、落ち着かなくて仕事をしてしまうに決まっていた。昨日だってジェットとルディが連れ出して、午後の過ごし方にもアドバイスをくれなかったらきっと落ち着かなくて工房に向かっていただろう。

 ルーナは曖昧に笑って小さく頷いた。


「ところで」


 レミが周囲を気にするような様子を見せてから、やや控えめに切り出した。


「ジェットとルディのことをどう思っている?」

「ど、どうって……?」

「何でもいいんだ。好きか嫌いか、怖いと思うのか、優しいと思うのか──とにかく何でもいい。感じていることを教えてくれないか」


 質問の意図が分からず、疑問符が頭上で揺れる。

 しかし、レミに聞かれた以上は答えねばと思いながら口元に手を当て眉間に皺を寄せて真剣に考えてみた。


「……ルディは素直で正直で、ルディの言うことは不思議と疑ったりせずに信じられます。あとすごく可愛くて、毛がふわふわで……この間抱き締めさせてもらった時はすごく感動しました」

「うん? 可愛いというのは魔獣の姿の時のことを言っているのか?」

「はい! 夜も一緒に寝てくれるので安心できます」


 レミの言う「何でも」という言葉通り、思ったこと感じたことを口に出す。

 可愛いという表現がレミの中で引っかかったのか、顎に手を当てて目を細めていた。夜も一緒に寝てくれるのだと感謝を込めて言えば、表情が神妙なものになる。


「怖いとは思わないのか?」

「怖い……? あ! 昨日の、屋根の上で見た時みたいな大きさだと怖いかもしれませんけど、ルディのあの姿に慣れてしまったので……普段は怖いなんて思わない、です」

「……そうか」


 普通は魔獣を見たら怖いと思うのだろうか。出会った時に驚きはしたものの、ルディの人懐っこい性格のおかげで恐怖などを覚えた試しはない。

 レミは僅かな間だけ考え込んでいたが、やがて頭を軽く振って一旦話題を切ってしまう。


「ジェットのことはどう思う?」

「……ジェットは、」


 何となく答えづらくなってしまい、すっと視線を横に逸らした。感謝はしているのにどうにもルディと違って前向きな言葉が出てこないのだ。

 周囲にジェットはいないし、レミは「何でも」と言っていたし──と思いながら、少し口を尖らせた。


「……意地悪です」

「ほう?」

「私のことをからかって困らせるのを楽しんでる気がします……で、でも、それはそれとして! こ、こうやって、髪の毛を色々やってくれるのは、すごく、感謝してます」


 そう言って髪の毛をそっと触る。

 村にいた頃は人と目を合わせないために前髪をだらだらと伸ばし、後ろ髪も適当にしたままだった。見かねた祖母に無理やり切られて今の長さになっている。たまに雑にくくる程度で可愛くアレンジをするなんて以ての外だったのだ。

 だからこそ、ジェットが毎朝髪の毛を結ってくれることには感謝をしている。

 が、それと普段の言動とはまた別だった。


「……あいつは器用だからな。大抵のことは簡単にこなしてしまう」


 意地悪という言葉に少し笑ってから、レミが手を伸ばしてそっとルーナの髪の毛に触った。編み込み部分をなぞっていく。


「ルーナのことを気に入ってるんだろう。そうでなかったら、からかったりしない」

「……それはそれで……なんというか……」


 ごにょごにょと言葉を濁すとレミが困ったように首を少しだけ傾げた。


「悪魔だし、人間から見ると歪んでいるように見えるかもな。長く生きてる分、退屈しているんだ。悪気もあるだろうし、色々と文句を言いたいのはわかるが……あれはあれでいい傾向だと思ってるんだ。多目に見てやって欲しい」


 段々とジェットの言動にも慣れてきたし、今レミが言ったように退屈だからこそ暇つぶしをが重要なのだと言うのも何となくわかってきた。

 決してジェットのことが嫌なわけではなくて、落ち着かない気持ちになるだけ──というのをどう伝えていいかわからず、無言で頷くだけになってしまった。

 それはそれとしてレミと言いジェットと言い、やけに年上風を吹かせている気がする。年齢的にはジェットの方が上ということだったが双方張り合っているようにも感じた。ルディは文句を言いながらも年下という一番年下という立ち位置を受け入れている。

 不意にレミの指先が後ろで髪の毛をまとめているリボンに触れた。


「……いつも同じリボンだな。今度他のリボンや髪留めを買いに行くか」

「え?」

「オレの体調がもう少し良くなったら街に買い物に行こう。このあたりの冬は冷えるし、もっと温かい服やコートがあった方が良い」

「えっ、えっ、……えっ?! あ、あの、」

「新しい本も見繕っておいたので後で渡そう。──夕食、楽しみにしている。また後でな」


 レミは言いたいことだけ言い、ルーナの返事も待たずに厨房を出ていってしまった。

 リボンも髪留めも服も別に要らないです、と言おうとして伸ばした手が虚しく宙を切る。

 優しくて親切な吸血鬼という印象だったが、あの二人に負けず劣らずマイペースだったことに驚きを隠せなかった。

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