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52.些細ではない変化①

 ジェット、ルディとともに朝食を終え、裏庭で軽く体を動かしてから工房に向かった。

 そして、いつも通り使い魔の修復を開始したのだが──。


「なんで使い魔に亀???」

「さ、さぁ……なんでだろう、ね……?」

「普通の亀とは違って体が結構大きいし、甲羅が平だから何か運ぶためなのかな~? 最初はウサギとかネコとかイヌとか、小さい使い魔が多かったけど、最近大きいのが増えてきたよね」


 何故かルディがいる。しかも朝と同様に人間の姿のままルーナの隣に座り、ルーナのやることをずっと見ているのだ。

 作業台の上に座っているアインは不審そうにルディを見ていた。が、ルディはアインのことなど眼中にないようで、作業台に頬杖をついてルーナをにこにこと見つめている。

 見られていることに緊張してしまい、作業が思うように進められなくなっていた。

 亀の手足をつけていたところだったのだが、集中できずに一度手を止める。


「あれ? どうかした?」

「いえ、ちょっと休憩、です。……あの、ルディ?」

「なーに?」

「今日はどうしたんですか? いつもは山に行ってますよね……?」


 一体どういう風の吹き回しなのか。使い魔の修復に興味があるようには見えないし、そもそもこれまで工房に来るのは「ご飯の時間だよ~」と呼びに来る時だけだ。それ以外では寄り付きもしなかったので不思議でしょうがない。

 ルディは軽く首を傾げてから、にこりと笑う。


「山には朝行ったよ。ルーナっていつもどんなことしてるのかな~って気になっただけ。ダメだった?」

「い、いえ、ダメじゃないです!」


 咄嗟に首をぶんぶんと振ると、ルディが嬉しそうに笑う。その笑顔が可愛かった。

 ルディとは毎日一緒に寝ているし、話をする機会も多いので傍にいるのは全く問題はない。が、作業をじっと見られるのが気になるのだ。それをどう伝えようかと半笑いのまま悩んでしまった。

 二人の様子を見ていたアインが作業台の上を歩き、ルディに近付く。


「ルディさま、見られてるとやりづらいと思いますよ」

「え~? そうなの?」

「見られていると緊張する子も多いのですから」


 アインが親切に教えてくれる。ルーナが気にしているのを見かねて割って入ってくれたのだろう。ルディには残念ながら伝わってないようだけれど。

 ルディはアインにちらりと視線を向けただけで、すぐにルーナへと視線を戻す。

 ルーナ自身も、作業風景も、見ていて面白いものではないはずだ。


「ルーナ、僕が見てると緊張しちゃう?」


 ルディにじぃっと見つめられて聞かれると「そんなことないです」と咄嗟に言ってしまいそうになる。しかし、実際問題ずっと見られていて緊張してしまうのは事実だ。


「失敗したところを見られたら、恥ずかしいなぁって……思って、緊張はして、ます」

「……そっか~。じゃあ、いない方がいいのかな」

「あんまり見ないでいただければ……いてもらう分には、だいじょうぶ、です」

「でもなぁ、僕はルーナを見に来たんだよ。だから、見ないでいるのってむずかしい~」


 しゅんとするルディ。魔獣の状態だったら耳が垂れてそうな雰囲気である。

 さっきの笑顔もそうだがルディがいちいち可愛く見えてしまい、断りづらい状況だった。ルーナが気にしないでいられればいいのだが、それで失敗するのは嫌で──という微妙な心境だ。

 しかも「見に来た」というのは本当にどういう意味なのだろう。

 ルディのことだから嘘ではないし、心境を正直に言っただけなのはわかる。が、ルーナの頭の中は純粋な「なんで???」でいっぱいだった。


「見ていて楽しいものじゃないと思うんですけど……」

「え~、楽しいよ? ルーナの真剣な顔も、上手くできた時のほっとした顔も、見てて楽しい。全然飽きない。なんでもっと早く見に来なかったんだろう~って思うくらいだもん」


 小さな子どものようにウキウキと弾んだ声。楽しそうな笑顔を見て、言葉に詰まってしまった。

 作業台の上のアインがばたばたと手を動かして、頭を抱えたり、天井を見上げたりしている。こっちはこっちでどうしてこんな動きをしているのかわからなかった。

 やがて、アインが頭を抱えるようなポーズを取ってルディを見る。


「……ル、ルディさま。あの、差し出がましいようなことを言うのですが……恐らく、もっと前にルーナを見に来ていても、今のような楽しい気持ちにはならなかったと、思い、ますよ……」

「え? なんで? なんでそんなことがアインにわかるの?」

「な、なんでと申しましてもー……!」


 自分で口を挟んでおいて悩んでいるアイン。不思議そうに目をまん丸にしているルディ。

 その対比が面白かった。

 しかし、ルーナにもアインの言っていることがよくわからないし、心境としてはルディのものが近い。理由を教えてもらえるなら教えて欲しいくらいだ。


「おい、そこまでにしとけ。アイン、余計なこと言うな」


 ルーナとルディがアインに注目し、先の言葉を待っていると不意にジェットが現れる。

 こん。と、握りこぶしでルディの頭を軽く叩いていた。

 大して痛そうにも見えないのに、ルディは口を尖らせて自分の背後に現れたジェットを睨みつける。ルディの睨みなどどこ吹く風のジェットは無言でルディの後ろ襟部分を引っ張った。


「わ! ちょっと!」

「もういいだろ。あんまり仕事の邪魔するなよ」

「えー! 別に邪魔はしてないよ!」

「実際手が止まってんだろ。誰かに見られてる状態で仕事できるやつじゃないってわかるだろうが」

「……でもつまんないし」


 拗ねたような声を出すルディを無視して、ジェットが後ろ襟をさっきよりも強く引っ張った。ルディは無理やり椅子から降ろされてしまい、更に怒った顔をする。


「もー! ジェット!」

「話をするなら仕事が終わってからか昼食の時にしろよ。お前だって山の見回り中に俺がついてっていちいち話しかけたらうぜぇって思うだろ?」


 ジェットがルディから手を離して、呆れながらも諭すように言い聞かせる。


「……。……まぁ、それはそう」

「だから一旦ここまで。──お前がこないだ俺に言ったヤツの逆だよ」

「……。……。……ああ、ちょっとずつ、ってこと?」

「そういうこと」


 一体何の話をしているのかわからなかったが、二人の間ではわかる話らしい。口を挟む隙もなかったし、何を言っていいかわからなかったので、二人の会話を聞くだけになってしまった。

 ただ、ルディはジェットの言い分に納得したらしく、自主的に作業台から離れる。

 そして、ルーナを見つめてにっこりと笑った。


「ルーナ、邪魔してごめんね。またお昼に呼びに来るね? ……ねぇ、これからちょっとずつ工房に来ていい? 邪魔しないようにするから」

「えっ。は、はい、大丈夫、です」


 あっさりと言うことを聞くのが不思議だったが、ちょっとくらいならとコクコクと頷いた。

 ルディは眉を下げて、安心したように笑う。どこか自信なさげな笑い方だったので、少しドキッとしてしまった。


「よかった~。じゃあ、また後でね~」


 言うが早いか、ルディは人間の姿から魔獣の姿に戻り、工房から出ていった。

 それを見送ったところで今度はルーナの頭がジェットに叩かれる。


「おい、ルーナ。嫌なら嫌って言え。ちゃんと言わねぇと通じないんだから」

「う。な、なんか、ルディに悪くて……それに、見られるのが困るだけで、一緒にいてくれるのは嬉しいし……」


 そう言うとジェットが大きくため息をついた。


「……まぁ、いいや。俺があんまり口出すことじゃねぇし……。アインは中途半端にアレコレ言うな」

「ううう。気を付けますです……」


 がくりと項垂れるアイン。ジェットの言動は謎だったが、とりあえず仕事には集中できそうだ。

 くるりと背を向けるジェットを見て、慌てて椅子から立ち上がる。


「ジェット! あ、あの、ありがとうございました!」


 ジェットは見かねて助け舟を出してくれたのだろう。そのことには礼を言わねばならない。そう思い、ジェットの背中に向かってお礼を告げた。

 彼が振り返ることはなかったが、ひらりと手を振ってそのまま消えてしまう。

 ジェットのことは相変わらずよくわからないなぁと感じるのだった。

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