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05.一夜明けて②

 厨房に布があったのでそれを拝借して顔を洗ったり体の気になる部分を拭いたりした。厨房の布でこんなことをするのも気が引けたが、わざわざ他を探しに行くのも気が引けたので、誰にともなく「ちょっとお借りします」と断ってから使わせてもらった。

 それらが終わると厨房を確認した。状態は悪くなく、すぐにでも使えそうなものばかりである。調理器具は錆びたり壊れたりしてないし、手入れがされているのが窺える。ただ、ここにある竈はどうやら魔石を使うものらしい。本来薪をくべるところに魔石が埋め込まされているのがわかった。


「……つ、使ったことない……」


 村にある竈は全て薪をくべるものだった。魔石を使うもの、もしくは使用者が魔法を使えることを前提した造りのものはなかった。なんせ魔石や、魔石を使用するタイプの竈は高価なのだ。

 勝手に薪をくべたら怒られるだろうか──? でも、誰に?

 竈を前にして悶々としているうちにルディが帰って来る。

 獣の姿で飛び出していったが、戻ってきた時は人間の姿だった。一瞬知らない人間がいると焦ってしまったが、すぐにルディだと思い当たってホッとする。

 オレンジみの強い赤褐色は耳や眉に掛かる程度の長さ。やや吊り目の大きなグリーンの目で、可愛い顔立ちをしている。それでいてどことなく気品があり、格好さえきちんとすれば貴族の令息だと言われても信じてしまうだろう。


「ただいま~。ごめんね、魚とか持ち運びできなくて人間の姿で帰ってきちゃった」

「そ、そんな……! 大丈夫です。ありがとうございます」


 見れば、ルディは魚と林檎などの果物をどこから調達したのかわからない袋に入れていた。それを無遠慮に調理台の上に広げる。

 そして得意げに笑った。


「すごいでしょ~」

「はい、すごいです。魚、大きいですね」

「これだけあれば朝ごはんに足りる?」

「お、多すぎるくらいですよ」

「そっか~。でも、ルーナはたくさん食べた方がいいよ。食べれないなら僕が貰っちゃうけど」


 ルディはにこにこと笑いながら言う。たくさん食べろ、というのも昔は両親に言われたことだ。こんなことを言われるなんて思ってもみなくて、くすぐったくなってしまう。

 そして、期待するような目でじーっと見つめられた。


「料理しないの? 魚悪くなっちゃうよ」

「う゛っ! ……あ、あの、このタイプの竈は使ったことがなくて」

「え? あー、ルーナは魔法が使えないんだ。じゃあ、準備できたら僕が火をつけてあげるね」


 ルーナを見てすぐに魔法が使えないと察するルディ。村にも魔法が使える人間なんていなくて、行商が連れていた魔法使いが使っていたのと村を出る前に現れた呪術師が使っていたのを見たことがあるくらいだ。ルーナにとって魔法は未知の力だった。

 それはそれとしてルディが火をつける、という発言に驚く。


「……魔法、使えるんですか?」

「うん、使えるよ~。僕ね、結構なんでもできるんだ~」

「すごい、ですね……」


 それ以外言えなかった。

 自分には本当に何もないのに、ルディは自分で狩りもできるし魔法まで使えてしまう。魔獣であれば当然かもしれないが、種族の違いというものは「すごい」どころではなく、双方を隔てる分厚い壁のようなものだと感じた。そして、その壁は絶対に超えられない。

 そういえば勝手に魔獣だと思っていたが、本人に確認したわけではないのを思い出す。

 調理器具を用意しながら、魚を焼く準備に取り掛かる。塩があったのでそれをかけて焼けば十分だ。


「あの、ルディは……魔獣、なんですよね……?」


 恐る恐る聞いてみるとルディは少し首を傾げてから口を開く。


「そうだよ。あ、魔獣見るのはじめて?」

「はい……すごいんですね、魔獣って。なんでもできちゃう……」


 そう言うとルディは得意げに笑った。すごいでしょ、と言いたげだ。

 昨日から獣の姿を見ていた時間の方が長かったので人間の姿は違和感があるが、表情が豊かなのは変わらない。


「僕は特になんでもできるよ! けっこー強いしね!」

「強いって……どれくらいですか?」

「うーん? 試したことないけど、このへんの山が吹っ飛ぶくらい?」


 一体山がどんな状況になるのかわからずに言葉を失った。しかも山が吹っ飛ぶくらいの強さというもののイメージが全く沸かない。とにかくルディは魔獣の中でも強い部類なのだろう。

 何があるかわからないから発言には気をつけよう、と自分に言い聞かせながら、魚をゆっくり捌いていく。包丁もきちんと研がれており、使用には全く問題はなかった。

 ルディは興味深そうにルーナの手元を見つめている。緊張で手が滑りそうになったので、殊更ゆっくり包丁を使った。

 内蔵を取り除き、よけておく。何故か次の瞬間にはなくなっており、人間の姿をしていたはずのルディが獣の姿に戻っていた。不思議に思っていると、ルディは満足気な顔をして口の周りを舌で舐めていた。何もなかったことにしておいた。

 処理を済ませた魚の表面に塩を振ったところでルディが獣の姿のまま竈に向かう。

 どうやって火をつけるのだろうと興味津々にルディと竈を見比べた。

 だが、ルーナの期待に反して、ルディが竈を一瞥しただけでボッと火が着く。一体何をしたのかさっぱりだ。


「はい、どーぞ。消す時は水をかけちゃっていーよ」

「あ、ありがとうございます……」


 竈の上に網を置き、魚を乗せる。火加減の調節はできなさそうだが、網の上で魚を動かせばどうとでもなる。

 ほどなくしてじゅうじゅうと魚の焼けるいい音が聞こえてきた。


「──よさそうだね~。僕、ちょっと山で遊んでくるから、ゆっくり食べてたらいいよ」

「えっ?! い、行っちゃうんですか……?」

「うん。お昼頃に戻ってくるよ。今度は兎か鳥を獲ってくるね」


 ルディはけろっとした様子で笑う。

 ずっと一緒にいてくれるものだと思っていたのでショックだった。とは言え、ルディがずっとルーナに付き添う理由も義理もない。勝手に「一緒にいてくれる」と思っていた自分が急激に恥ずかしくなってしまい、何も言えなかった。


「あ、どうせレミは昼間はずっと寝てるし、屋敷の中を見て回ったら? 使えるものが色々あると思うし」

「か、勝手をするわけには──」

「いーのいーの。どうせ誰もいないんだしね」


 そう言うと獣の姿のままで厨房の裏口へと向かうルディ。

 出る前にルーナを振り返った。


「いい子でお留守番しててね」


 まるで小さな子供に語りかけるように言うと、厨房から出ていき山へと駆けていった。その姿はあっという間に見えなくなってしまい、厨房は魚の焼ける音が響くばかり。

 一気に寂しさを感じる。

 たかだか一晩一緒にいただけなのに、ルディに色々と世話を焼かれたせいだろう。

 焼けていく魚を眺めながら小さくため息をつく。


「……?」


 誰かの、いや、何かの視線を感じた。

 ルディが出ていった裏庭に続く扉ではなく、屋敷に繋がる廊下から。


「……い、いや、気のせい、だよね……」


 自分に言い聞かせ、ゆるゆると首を振る。

 気のせいだと言い聞かせながらも、ふつふつと疑問が湧く。

 綺麗に整えられたレミの部屋、ルーナが使った部屋、そしてこの厨房と井戸──。誰かが手入れをしているとしか思えないのだ。その『誰か』がルーナを監視していたり、あるいは勝手にあちこちを使うルーナをよく思ってないかもしれない。

 そんな恐怖を覚えたが、そもそも吸血鬼に血を飲んでもらうために来たのだった。

 怖い気持ちはある。

 しかし、どうせそのうち死ぬ。

 恐怖に怯えて過ごすよりも、今はせめてルディが持ってきてくれた魚と果物を楽しもう。そうでなくては勿体ない。

 そう思い、恐怖をやり過ごした。

 魚が焼けるまでの間に果物の準備をする。


「……! すごい、フープベリーだ……」


 茎が輪っか状になり、そこに小さな赤い実が生る果物である。栽培が難しいらしく市場に出回ると高値がつく。果肉は柔らかく、蜜をかけた苺のような味がするのが特徴だった。ルディが袋に詰めてきたせいで果肉は潰れているものもあるが、それは仕方がないだろう。

 実を一つずつ取りながら、途中でつまみぐいをする。


「あまい……!」


 口を押さえて軽く笑った。

 魚が焼けるとそれを食べてから果物を食べた。魚は大きめながらに身がしっかりしていて食べ応えがあり、果物はどれも甘くて美味しかった。果物は昼と夜用にいくつか取っておくことにする。

 ルディに言われた通り、竈に水をかけて火を消した。調理器具の片付けをして、周囲を水拭きして──元の通りに戻しておく。


「……これでいい、かな? 屋敷の中、見て回っても──……」


 ルディがいいと言ったし、レミは寝ているという話だった。静かに物音を立てないようにこっそりと見て回るくらいならいいのではないだろうか。どうせやることもない。こんな大きな屋敷は入ったことがないので単純に興味がある。

 また「帰れ」と言われる前に少しだけ、と思い、厨房の出入り口へと視線を向ける。

 屋敷の廊下に繋がる扉の影。

 何かがこちらを見つめている。

 そこに『いるもの』を見て硬直した。


 クマのぬいぐるみである。

 ルーナの膝くらいまでの大きさで、くすんだマゼンダ色のクマのぬいぐるみ。

 二本足で立ち、扉に手(?)をかけて、黒いボタンでてきた目でルーナをじっと見つめている。


「……あの、生贄の方……で、いらっしゃいます、よね……?」


 喋った。ぬいぐるみが喋った。

 間違いなくクマのぬいぐるみから声が聞こえてきた。可愛らしい声だった。

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