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49.密やかな決意

 その夜。普段通りルディと一緒にベッドへ入った。

 流石にルディは魔獣の姿になっており、ルディ用の枕に顎を乗せていた。

 ベッドのすぐ傍にあるサイドテーブルには読みかけの本と、今日ルディがくれた花を活けた花瓶が置いてある。淡い黄色の花を見ながら、今日のことを思い出していた。


(楽しかったな。あんな風に誰かとわいわい喋りながらどこかに遊びに行くのってなかったから……すごく、すごく楽しかった……午後はゆったり読書もできて、贅沢な時間だった。夕食もみんなで食べたし、イェレミアス様にも美味しいって言ってもらえたし……色々あって長かったけど、充実? してて……とにかく楽しかった……)


 今日が終わってしまうのが勿体ない、なんて、初めて感じた。

 目を閉じて眠ってしまったら、今日が昨日になり、過去のことになってしまう。当たり前のことなのに今日のことをずっと噛み締めていたい気分だったのだ。


(ガフィアって魚には驚いたけど、川に入らなければいいし……)


 まさか人間の皮膚を食べる魚がいるとは思わなかった。聞いたこともなかったので、足に群がってきた時は心底驚いたし怖かった。何も起きてなければいいが、怖くて川を見られなかったのは事実だ。


 村にいた時、勝手に生贄にされてしまった時のことを思い出す。

 呪術師は言った。

 持って一年だと。

 一年以内に呪いで死ぬと言った。

 死ぬのはいい。自暴自棄になる程度には自分の人生にうんざりしていたのだから。

 けれど、問題は『呪い』だ。


(……バレる前に、出ていかなきゃ。……私、もう『生贄』にはなれない……こんなに良くしてもらってるのに、恩を仇で返すなんて、もうできないよ……来てよかったと思うのに、来なければよかったとも思ってる……)


 『呪い』が自然に解けることはない。ルーナは解き方を知らない。

 ルーナにかけられている『呪い』は三人に害を及ぼす。その害を受ける可能性が一番高いのはレミだ。あの時、血を飲まれなくて本当に良かった。屋敷に来た時の自暴自棄な気持ちは、消えてはないがかなり薄まっている。

 花を見ながらぼんやりと考えていたら、今日楽しかったことと『呪い』のことがごちゃ混ぜになって、何故か涙が浮かんできた。

 ルディに気付かれないようにゆっくりと深呼吸をしてやり過ごそうとしたが、呼吸が震えてしまった。


「……ルーナ? どうしたの、泣いてる……?」


 やっぱり気付かれてしまった。ルディが顔を上げて不安げにルーナを見つめてくる。

 いつもの魔獣の姿だ。しなやかで美しく、それでいてもふもふの可愛い魔獣。


「えへへ……今日、すっごく楽しくて……思い出してたら、なんか感極まっちゃって……」

「え~? 人間ってそんなことで泣くの? また連れてってあげるよ。だから、これっきりみたいなこと言わないで?」

「そう、ですね。……うん。また、ぜひ」


 ルディのグリーンの瞳を見つめて、少し笑いながら静かに頷いた。「また」がいつになるかはわからないが、そう思っていれば希望がある。

 けれど、ルディは心配そうなままだ。

 そんなに変な泣き方だったかなと思い、指先で目尻を拭う。


「ごめんなさい。こんな風に泣いてたら鬱陶しいですよね」

「ううん、違うよ。鬱陶しいなんて思わないよ」


 そう言うとルディが顔を近づけてきた。今拭ったのとは反対側の目尻をぺろりと舐められる。突然のことに驚いてルディを凝視すると、ルディは少し気まずそうに顔を背け、ぽすんと枕に顎を乗せ直した。


「ルーナが泣くと、なんか落ち着かないんだ……でも、僕は人間の女の子の慰め方なんか知らないから、困っちゃうんだよ」

「え、あ……で、でも、今のは本当に大したものじゃないので……!」

「……ならいいけど」


 横を向いてルディを見つめる。ルディは片目だけを動かして、ルーナを見てから困った顔をしていた。


「ルディ……?」

「なんでもないよ。……あー、勿体なくなってきちゃったな……」

「え、何が……?」

「こっちの話~。眠くなるまでお話しよ? そーだなー、ルーナが見てみたいものとか行きたい場所とか教えて~? 行けそうなら次のお出かけ先にしたらいいしね」

「ええっ?! か、考えたこと、ないです……」

「じゃあ、考えよ~」


 気楽に言われて、今度はルーナがの方が困ってしまった。

 けれど、ルディはその話題を辞めるつもりはないようで、「海? 王都? 氷の湖?」など色々と挙げてくる。ルーナは困りながらも「氷の湖って?」と聞きながら、見たいものや行きたい場所についてお喋りをした。

 眠くなって、瞼が落ちるまで、ずっと。



◆ ◆ ◆



「レミ」

「なんだ。……結界まで張って」


 深夜。レミの部屋。元々防音、盗聴防止用の魔法がかけられているところにジェットが入ってくるなり上書きをしたのだ。不審に思うのも無理はない。

 レミはソファで寛いでおり、使い魔と自動人形(ドール)に図書室から持って来させた本を適当に読んでいた。ルーナ用の児童書や年齢的に知っておいた方が良い知識や教養が学べる本と、自分用の歴史書だ。

 一度食事をしただけなのにこれまでより落ち着いている。一回の食事で魔力不足は解消されていないが、それ以上に飢餓感の方が強かったために起き上がることすらできなかったのだろうと自己分析していた。

 本から顔を上げ、不遜な態度で自分の前に立つ悪魔を見る。


「ルディがルーナのこと好きになったっぽい」


 思いも寄らぬ報告に、久々に頭の中に空白が広がった。


「は?」

「まぁ、そういう反応だよな。でも半分はお前のせいだからな」


 我ながら間の抜けた反応だったと思うが、ジェットにとっては想定通りだったようだ。それはそれとして後半の言葉には当然反論したくなる。


「……どうしてルディの恋愛事情の責任がオレにあると言うんだ」

「お前が人間になる練習しとけって言ったからだろ」

「それをオレのせいにされても困るんだが……まぁ、想像はつく。同じ姿の相手を恋愛対象に見るようにできてるからな、生き物は。ルディの故郷にはそういう相手もいなかったから、……人間の姿になっている時に、人間の少女をそう見てしまうのはわかる。それに、良くも悪くも普通の少女だからな、ルーナは……」


 確かにレミはルディに人間の姿に慣れるようにとは言った。が、それでルーナに接しろとは言ってない。


「冷静に分析してる場合か」

「オレは異種族間恋愛に対しては中立の立場だ。特別賛成もしないが、反対もしない。……大体、ルディの(つがい)が見つかると思うか?」

「世界中探し回ればワンチャンあるかもしれねぇだろ」

「ルディが最後の一匹と言われても別に驚かないくらいに希少な魔獣だ。この際、相手が人間でもいいだろう」


 ジェットに対して淡々と言葉を重ねていく。今発した言葉が全てではないし、そもそもの問題がある。


「大体、それはオレたちが口出しすることじゃない。……それでもわざわざこうやって言ってくるということは……ジェット、お前がルーナを気に入っているから、ルディがルーナに恋をするのが気に入らないのか?」

「あーのーなー……」


 からかうような言葉を向けるとジェットが呆れ顔で肩を落とした。

 ジェットがルーナを気に入っているのは見ていればわかるが、それだけではないというのも重々理解している。


「ルーナさぁ、絶対に何か隠してるんだよ。すげぇのは隠し事について無意識に嘘をつかないトコ」

「無意識に、か……どうして精神操作で吐かせない?」

「面白くねぇから」


 今度はレミが呆れてため息をつく番だった。ジェットにはルーナの『隠し事』とやらを吐かせる手段があるにも関わらず、面白くないからという理由でそうしない。それをレミにいちいち報告してどうしようというのか、未だにジェットのことがよくわからなかった。

 ジェットが軽く肩を竦めて笑う。


「だから、どっちが先に隠し事を暴けるか競争」

「しない。本人が隠したいなら、そうさせてやればいい」

「んだよ、つまんねぇな……」


 きっぱりはっきり断るとジェットががっかりして見せた。

 面倒くさがりな反面、楽しいことや面白いことを求めるジェットのことは好ましく思っている。しかし、しょっちゅうそれに付き合わされるのは御免被りたいのだ。たまにならいいけれど。

 本のページを捲りながら小さく笑う。


「知ってるだろう? オレは元々人間が好きなんだ。だから、ルーナのことも既に気に入っている」

「……で? 好きなだけここにいればいい、って?」

「そうだ。最初にルディが食べると言っていたが、恋愛的な意味で好きなら食べないだろうな。……お前にとっては残念な話だろうが」


 ルディの話では先にジェットが魂をもらい、抜け殻になった体をルディがもらうということだった。元々痩せぎすだったルーナを太らせるのはルディの役目だったが、こうなってくると最早その目的自体がブレてくる。

 レミは静観するだけだ。


「俺は別にどっちでもいいんだよ……」

「そうか。なら、好きにさせてやればいいだろう。ルディのことも、ルーナのことも。……あと、お前も気にせず好きにすればいい」


 ジェットはそれ以上何か言うことはしなかった。

 読書に戻ろうと本に視線を落とした時にはジェットの姿は消えていた。

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