48.ドキドキの夕食②
「良かったねー! ルーナ! でもでも、この兎もスープも美味しいから安心して。自信持って!」
安堵したところで横に座っているルディがにこにこと笑って話しかけてきた。
自分の料理を手放しで褒められることもなかったので、さっきのレミの言葉もあって心がほわほわと暖かくなる。こんなに褒めてもらえるとは思わなかったし、目の前にいるレミが普通に食べている様子を見て安堵した。
思いの外、ルディの食べ方は綺麗である。普段、兎や魚、鳥などを丸ごと飲み込んでいるのを見ているからか、余計にそう思った。
「……? ルーナ? どうかした?」
「あ。……ルディの食べ方、綺麗だなって……」
「あー、うん。まぁね~。練習したんだよ、これでも。……いや、させられたって感じかな。レミに」
「イ、イェレミアス様に……?!」
「感謝するんだな」
レミがおかしそうに笑って片目を瞑り、ルディを見て笑った。ルディはむっとしている。
「……まぁ、褒められることが多いから……いいけどさ」
得意げなレミとは裏腹にルディは釈然としない様子だった。それを横で眺めているジェットもレミと同じくおかしそうに笑っている。どうやらジェットも『練習』とやらに心当たりがあるらしい。
ルディはむっとしたまま食を進める。
「教えた本人がナイフとフォーク嫌いとかさ~……もー、初耳なんだけど!」
「億劫なだけだ」
「似たようなもんでしょ~。……自分で獲ってきた兎だけど、やっぱり料理すると違うね。美味しい」
ルディは呆れ声を発した後、兎肉を食べて満足気に頷いた。確かに上手く煮込めたなと思いながらルーナも兎肉を頬張る。柔らかくて食べやすいし、味もちゃんと馴染んでいる。甘めにして正解だった。
また作ろうかなと思っていると、ジェットが顔を近付けてくる。
「へえ、どんな味? ルーナ、一口頂戴」
「……へっ?」
「一口」
言いながら、軽く口を開けている。
餌を待つ雛鳥──だと可愛すぎるが、とにかく与えられるのを待っている状態だ。
これはまさか自分がジェットに食べさせなければいけないのか? と戸惑った。こんな風に誰かに分け与えることはしたことがなかったし、小さな頃母親に「あーん」をしてもらった覚えはあるが、それだけだ。
自分が、しかも異性に、なんて考えたこともない。
レミは驚いた顔をして行方を見つめており、余計に恥ずかしく感じてしまった。
ジェットに一口あげるまでこの状態が続くのかと思ったらそれはそれで耐えられず、ある種の覚悟を決めて兎肉をスプーンに乗せた。
「はい一口!」
「んぐっ?!」
観念して一口あげようとしたところで、ルディがジェットの口にスプーンを突っ込んだ。
突然のことに驚いたのはルーナだけでなくジェットもだった。
ルディがスプーンを引っこ抜くと、ジェットは軽く咳き込む。
「お、っまえなぁ……!」
「ジェットが変なこと言い出すからいけないんじゃん! ほら、味わかった? 美味しいでしょ! ちゃんと美味しいって言ってよね!」
「今のでわかるか!!」
「……お前ら、本当何をやっているんだ……?」
レミの目に二人のやり取りは意味不明に見えたようだ。ルーナにもよくわからないやり取りだった。
「というか、ジェット。お前こそ大丈夫なのか?」
「ん? 何が」
「食事」
「適当にやってるよ。お前みたいに深刻じゃねぇから」
「……そうか。ならいい」
ルディが自分の席に戻りながら二人を交互に見る。ルディが食事をしている風景はよく見るがジェットの食事は謎だ。思わずジェットをじっと見つめてしまった。視線が合うと「何?」と言いたげに首を傾げてくる。
「えっと、ジェットの食事って──」
「聞かない方が良い」
「聞かない方がいいよ~」
勇気を出して聞こうとしたところで、レミとルディからストップがかかってしまう。人間であるルーナには聞かせたくないようだ。
当のジェットは別に知られても困らないのか、呆れた顔をしている。
好奇心はあるものの、今は聞かないでおこうと思った。
「……わ、かりました。聞かないでおきます。それはそれとして……あの、ジェットは人間の食事は好きじゃない、んでしょうか?」
そう聞いてみるとジェットが目を丸くした。レミとルディも手を止める。
変なことを聞いてしまったかと、わたわたと周囲を見てからスプーンを下ろして小さくなってしまう。
「す、すみません……この場で、ジェットだけ食事をしてないので……き、気になっちゃって……!」
席にはついているが、三人の食事風景を眺めているだけだ。さっき一口だけ欲しがったがルディのように自分の分も用意して欲しいとは言わない。
これまでの様子から別に敢えて人間の料理など食べなくてもいいとはわかっている。それはそれとして、好きなのか嫌いなのかが気になった。
「そういうことか。まぁ、嫌いじゃ、ない。……ただ、食べたからってレミみたいに血の代わりになるとかじゃねぇんだよな」
ジェットにしては珍しく歯切れの悪い返事だった。好き嫌いははっきりしてるとばかり思っていたのに、「嫌いじゃ、ない」という言い方。何かありそうだったが、流石にそれをこの場で聞く気にはならなかった。
その言い方に引っかかりを覚えたのはルーナだけではなかったようで、ルディが小さくため息をつく。パンを千切って兎肉の煮込みの残ったソースにつけながらジト目でジェットを見た。
「食べたいなら食べたいって言えばいいじゃん~」
「いや、そうは言ってねぇだろ……」
「さっき欲しがってたじゃないか」
「さっきのはそういうんじゃねぇよ」
何だかジェットが劣勢だった。いつも飄々としていて、何でものらりくらりと躱してしまうのに。
レミとルディの口元が笑っているのが不思議だ。
こういうやり取りを目の当たりにすると、やっぱり三人は仲良しなんだぁと感じる。こんな風に意味深なやり取りができることを羨ましく思う。
仲間に入りたいなんて大それたことは考えないにしても、少しだけ混ぜて欲しいと思ってしまう。
「……ジェット。よ、よかったら、ジェットの分も作り、ます、よ……?」
恐る恐る言ってみるとジェットがギョッとしてルーナを見た後、ものすごく気まずそうな顔をした。
そして、そんなジェットの反応を見たレミとルディがおかしそうにくすくすと笑う。
「作ってもらえばいい。一人だけ食事をしないのはつまらないだろう?」
「そうそう。代わりにジェットは僕と一緒に手伝わなきゃダメだけどね~。レミみたいに厨房貸したり材料費出してるわけじゃないから」
「お前らなぁ……なんでそんな楽しんでんだよ」
ジェットが呆れ声を出す。要るのか要らないのかよくわからなかった。
ルーナとしては勝手に作るのも申し訳ないので、はっきりした返事が欲しいところだ。
「あの、要らないんだったら無理しないでくださいね」
「……。……要らないとは言ってねぇだろ」
「えっと、じゃあ、作るということで……?」
「まぁ、あれば食う」
ジェットとのやり取りを聞いていたレミとルディがおかしそうに笑う。二人とも声を殺していて、それがジェットにとっては面白くないらしく、居心地悪そうに顔を背けてしまった。
正直だが素直ではない。
ジェットの様子がおかしくて、ルーナも釣られて笑ってしまった。
必死に声を殺しているとジェットがルーナに向かって手を伸ばす。あっという間にデコピンされていた。
「いた!?」
「調子に乗んな」
「……乗ってないです」
もう。と怒ったような顔をしてみると、ジェットがふっと笑う。
「ルーナ」
「は、はい!」
不意に名前を呼ばれ、居住まいを正した。レミはもう食べ終わっている。
「食事はこの時間だけでいいが、もう少し早くていい。ルーナはこの時間だと少し遅いだろう? これからの季節なら日が沈むもの早いだろうからな」
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます。……あの、食べたいものがあれば、遠慮なくおっしゃって下さい、ね」
「……そうだな、考えておく。今日はありがとう。久々に良い時間だった。ご馳走様」
ルディも食べ終わっており「ごちそうさま~!」とルーナに笑顔を向けた。
照れくさい気持ちになりながら「お粗末様でした」と返す。
いい時間だったのは、ルーナにとってもだった。
明日もこんな時間が取れるのかとワクワクしながら片付けを始めるのだった。




