47.ドキドキの夕食①
食堂にはこれまで立ち入ったことがなかった。それらしい部屋があるのは認識していても、ルーナには何の用事もない部屋だったので前を通ってもそのまま通り過ぎていたのだ。
そんな部屋に自分がいるのは変な感じである。
食堂と呼ばれる部屋は広かった。天井も高めで、シャンデリアが複数ぶら下がっており、部屋は不思議な明るさを保っている。部屋の中央に端が半円になっている長方形のテーブルがあり、それを囲うように高価そうな椅子が並べられている。オーヴェたちはテーブルの中央席とその正面の席に食事を並べていく。が、だだっ広く豪華な食堂の高そうなテーブルに並ぶのがルーナの作ったごくごく庶民的な食事が数品並ぶのは違和感しかない。
「では、アタクシはイェレミアス様をお呼びしてきますのでお待ちくださいませ」
オーヴェたちの眺めてから、トレーズが食堂を出ていく。一緒に来たアインがルーナの足元にやってきた。そして、恐らくレミの正面になるだろう椅子を示す。
「ルーナ、こちらへ」
「えっ!? あの、私は端っこで……!」
「僕、レミと向かい合って食べるとか嫌だから。ルーナそこ座ってね」
食事が並べられているのはレミの席と、レミの正面に当たる席、そしてその右側の席だ。選択肢は多くないし、ルディはさっさとレミと対面にならないように席に座ってしまった。ちなみにさっきからずっと人間の姿のままである。
気まずいままでいると、ジェットがルーナの背を押す。つんのめりそうになるのを支えられ、結局レミの正面に座ることになってしまった。
ジェットはルディとは反対側の席に座っている。
必然的にジェットとルディに挟まれる結果になってしまった。
「もう食べていい?」
「だ、だめです! イェレミアス様が来てからじゃないと──」
「別にそこまで細かいことは言わない」
「え?」
気がつくと、正面にレミが座っていた。
突然の出現に驚き、目を丸くしてレミを見つめてしまった。
相変わらず芸術品のような容姿である。淡い金髪に隠れた赤い瞳がやや疲れ気味にルーナを見つめた。その視線にドキッとしてしまい、慌てて顔を伏せた。
トレーズが「もう、イェレミアス様ったら!」と言いながら食堂に戻って来る。
「レミ、体調は?」
「見ての通りだ」
「本当にご飯食べれるの~?」
「……大丈夫だ」
朝のことがあったからかまだ疲れているようだ。本当に食事が血の代わりになるのか不安になってきた。しかし、ルーナにできることはこれくらいしかない。
レミがルーナから視線を外し、トレーズを見る。
「トレーズ。オーヴェ達は下がらせろ。あと、廊下にいる奴らもだ」
「ええっ?! み、みんなイェレミアス様を心配して……! い、いえ、失礼しました。ですが、アタクシとアインだけはこの場にいさせて下さい」
「わかった。いいだろう」
トレーズの指示に従い、食事を運んできたオーヴェたちがものすごく残念そうに食堂を出ていく。ルーナは全く気づかなかったが、廊下には使い魔や自動人形が屯しており、食堂の様子を伺っていた。みんなレミが食事を摂るかどうか心配しているようだった。
食堂にはレミ、ジェット、ルディ、ルーナ、アイン、そしてトレーズのみとなる。
「こんな風に畏まる必要性はないんだが……ルーナ、食べてもいいか?」
「は、はい! 大丈夫です! 召し上がって下さい! お口に合うかどうかは、自信がありませんが……!」
「レミが食べなかったら僕がもらうから安心してね、ルーナ。じゃあ、いっただっきまーす!」
ルディが元気よく言い、その後に食前の祈りを捧げていた。魔獣がこんなことをするのかと横目で見て驚いてしまう。無論、ルーナにとっては食前の祈りは習慣である。見れば、レミも二人に合わせてか食前の祈りを捧げていた。ジェットは何もせず、食事風景を眺めているだけだ。アインとトレーズもだった。ちなみにアインはトレーズに抱っこされている。
自分が作ったものなので自分の口には合う。味見もしているので問題はない、はずだった。
しかし、レミにとってどうなのかは全くわからない。
スープを飲みつつレミを観察してしまう。
「これは何の肉だ?」
「僕の獲ってきた兎~。ルーナが下処理ばっちりしてくれたし、ちゃんと煮込んであるから柔らかくなってるよ」
「いや、ルーナに聞いたんだが……まぁいい」
「わ! す、すみません、メニューの説明もせずに……兎肉の煮込みに、野菜スープと、パンです! 兎肉は柔らかくなっているのでスプーンだけでも食べれるかと……」
「そうか、わかった」
自分の食事はそこそこにレミが食べるのを無遠慮に見つめてしまった。トレーズもアインも、そしてジェットもレミのことを見つめている。当然レミは食べづらそうだ。
スプーンで兎肉を掬い上げ、口に運ぶのをじっと見つめる。
恐らく、これまでで一番緊張していると思う。
レミはスプーンを口に運び、ゆっくりと咀嚼した。何の反応もない中、ルディだけが楽しく「これおいしー」と言いながら食事を楽しんでくれている。
そして、レミは何も言わずに二口目に向かった。
「おい、レミ」
「なんだ? 食べている最中だぞ」
「いや、わかってんだよ。お前さぁ、美味しいとかまずいとか普通とか、なんか感想ねぇのかよ。ルーナもコイツらもそれを待ってるんだけど?」
そう言うとレミが目を丸くする。その発想がなかったと言わんばかりだ。
ルーナは一度手を止め、スプーンを置いてレミを見つめる。
「あ、あの! まずかったらまずかったって、言って下さい……! あと、どういう味がお好みなのかとか……頑張ってイェレミアス様の口に合う料理を作れるようにがんばります、ので……!」
「? ……いや、美味しい。味に関しては問題ない」
あまりにあっさり過ぎる答えが返ってきたので、口を開けたまま何度か瞬きをしてしまう。
しかも「美味しい」と。
ジェットに聞いていた話と違っていたこともあって混乱する。ルディが食事の手を止めた。
「なにそれ~? ルーナの手料理は大丈夫ってこと? 意味わかんない」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「じゃあ、何なんだよ。お前、夜会に呼ばれても食事会に呼ばれてもまともに食わねぇじゃん。メンツを気にするくせに、そういうとこだけは徹底するから人間の料理は好きじゃねぇのかと思ってたんだけど?」
ジェットも自分が把握していた情報と違うことに不信感を持っているのだろう。レミを睨むように見つめて問いただしている。
当の本人はこれまでにないくらい気まずそうな表情をして、その場にいる全員の視線から逃れていた。
「……。……ああいう場の格式張った料理が嫌いなだけだ」
「「はあ?」」
ジェットとルディが同時に素っ頓狂な声を上げた。トレーズとアインも驚いているし、当然ルーナも驚いている。
レミは言いづらそうにしながら、スプーンで野菜スープをかき回した。
「綺麗過ぎる料理やきっちりした料理は好きじゃない。品数が多いコース料理も好きじゃないし、ナイフやフォークがいくつも出てくるような料理も億劫に感じる。だから一族の食事会や、夜会では食べなかったんだ」
「おま……そこまで嫌がることかよ」
「周囲に一挙手一投足を監視されて味なんかわかるものか。楽しくもないし、あんなものはただの苦行だ」
「んだよ、要はトラウマってこと? 馬鹿馬鹿しい。心配して損した」
はー。と、ジェットが思いっきりため息をついた。不機嫌な上に、心底呆れているようだ。
ちらりとルディを見れば、その顔には「ばかばかしい~」と書いてあるようだった。
「どうせ見た目の汚いやつもテキトーな料理も嫌なんだろ?」
「当たり前だ。そんなもの食べるに値しない」
「面倒くせぇやつだな、本当に……!」
「だから、」
ジェットの苛立ちを遮るようにレミが少しだけ声を張る。その声に誘われてレミを真っ直ぐ見つめてしまった。レミもルーナを真っ直ぐ見つめていた。
「オレにとっては、ルーナの料理が丁度いい。そういう料理を作るだろうと想像がついたから任せた」
じわり。と、頬が熱くなる。
安堵するのと同時にレミと見つめ合っているのが恥ずかしくなって、慌てて視線を伏せた。食べるふりをしてスプーンを持ち、野菜スープを掬った。
「え、えっと、気に入って頂けてよかった、です。……これからもがんばります……」
声がどんどん小さくなってしまう。
視界の端でトレーズとアインが抱き合って喜んでいるのが見えた。あの二人に喜んで貰えただけでも十分だなと思って、頬がほころんだ。




