46.楽しい料理
昼食を取り終え、ジェットが提案してくれた通り午後は読書をすることにした。
夕食はレミの分と自分の分を分けて作ろうかと思ったが、流石にレミよりも前に夕食を作って食べるのは気が引けたので普段図書室に行くくらいの時間に用意できるようにしようと考えていた。昼食から夕食まで時間が空いてしまうが、果物などを食べれば問題ないと思っている。
ジェットは気が付いたらふらりと姿を消していたし、ルディは昼食後にまた山の中へと入っていってしまった。
屋敷に来てからというもの使い魔や自動人形の修復をしていたので、何もしなくていいと言われると戸惑ってしまう。何かしていた方が気楽だからだ。ただ、そんなルーナの戸惑いをよそに図書室に向かうルーナとすれ違う使い魔や自動人形たちは「ルーナ、ゆっくり休んでね!」「休みたい時に休んで良いんだからな!」と言ってくれる。
村にいた時よりもずっと労わられている。
同じ人間は全く大切にしてくれず、魔物と呼ばれる存在の方がルーナのことを大切にしてくれるのは変な感じだった。
図書室はいつも静かである。本の保護のためか日は差し込まないし、空気がひんやりしていた。
こういう雰囲気は村の中で感じることはなかったので、図書室にいるだけでわくわくする。
レミにお勧めしてもらった本はあと僅かだ。どんな結末を迎えるのか楽しみだった。
以前、レミと一緒に座ったテーブルセットに少し躊躇いながら近づき、そこに座る。本を開いて読み始めれば、あっという間に本の世界に没頭してしまった。
レミからお勧めしてもらった本を読み終わり、次は何を読もうと図書室を歩き回る。そう言えばジェットが「今度レミに地理や歴史の本でも勧めてもらえよ」と言っていたのを思い出した。それらしい本がないかと探してみたものの、どれもこれも難しそうでとてもじゃないが手が出なかった。
地理や歴史の本は諦め、児童書の中から気になるタイトルのものを選んで読むことにする。
逆に「これを読みました」とレミに報告したり感想を言うのは迷惑だろうかと思いつつ本の世界に没頭するのだった。
◇ ◇ ◇
図書室を出る頃にはすっかり日が暮れていた。
普段ならそろそろ夕食を取っている時間である。しかし、今日は先にお風呂に入ってしまいたい。その後で料理に取り掛かろうと思っていたのだ。
ルーナの夕食と風呂の時間を逆にすれば、丁度レミが起きる頃に料理を完成させて届けることができる。
ご飯を食べてから身支度をして寝るというサイクルが崩れることになるが、これくらいは問題ない。慣れるしかないのだ。
そう思い、お風呂に入ってから厨房へと向かった。
「えぇと……パンとスープと兎の肉と……」
ジェットが使えるようにしてくれた保存庫をごそごそと漁り、先に使った方が良さそうな食材を出していく。
いくつか見たことのない食材と調味料があったので、これは自分が昼食の時に使ってからレミの料理に使おうと考える。いきなり挑戦して変なものを作り出すわけにはいかないからだ。
ジェットの言っていた「食事にうるせぇ」という言葉にはやはり緊張してしまう。
果たして口に合うものが作れるだろうか──。
「あら? ルーナ、普段より遅いですわね?」
「あ、トレーズ……はい、イェレミアス様より先に食べるわけにはいかないので。お風呂と夕食の時間を入れ替えたんです」
「ルーナ……!」
トレーズが両手を胸の前で組み、キラキラとした眼差しをルーナに向けている。しかし、何かにハッと気付いて慌てて近付いてきた。
「で、でも、それだとお腹が空きません!? 人間は空腹になると動けないのでしょう!?」
「さっき果物をいただいたので大丈夫です」
「そうですか……無理はなさらないで下さいまし。今からイェレミアス様の食事を作るのでしょう? アタクシも手伝いますわ!」
そう言ってトレーズが握りこぶしを見せつけてきた。
彼女はお茶専門なのでは──と思って問いかけようとしたところで、出入り口からルディがやってきた。
「僕も手伝うよー!」
「ええっ?!」
魔獣の姿で入ってきたと思ったらすぐ人間の姿になり、にこにこと笑顔でルーナに近付いてきた。どうして急に来たのかがわからずに戸惑ってしまう。
ルーナの戸惑いを見たルディがおかしそうに笑った。
「僕も食べたいって言ったでしょ? 分けてもらうんだから手伝うくらいするって。多分トレーズよりは料理ができるよ」
「うっ! ま、まぁ、確かにアタクシはお料理なんてさっぱりですが、こう、洗い物などはできますから……!」
トレーズがあたふたしている。折角の厚意なのでありがたく受け取っておくことにした。
「じゃあ、三人で一緒に作りましょう。兎肉の煮込みと野菜のスープです」
「やったー、兎肉~」
「がんばりますわ!」
肉が食べられるからかルディは嬉しそうで、トレーズも気合が入っている。
ルーナがメインの調理を担当しつつ、二人に指示を出す、という形になった。
どうやらルディは料理の経験があるらしく、野菜を切ったりするのも全く問題はなかった。トレーズの方はルーナを最初洗った時のように力加減がいまいちわからないのと包丁などの使い方がわからないため、現時点では完全に戦力外だった。ただ、本人が申告した通り洗い物をお願いすることにした。
そして、いつの間にかジェットとアインが調理風景を眺めていた。
アインはぬいぐるみなので手伝えなくて当然なのだが、ジェットは「これ何?」「今これ何してる?」といちいち聞いてくるので、言葉にはしなかったがはっきり言ってちょっと邪魔だった。
一時間ほどで料理が完成する。
レミ、ルディ、ルーナの三人分である。ちょっと多めに作っており、レミがたくさん食べた場合の保険だ。残るようならルディが食べると言ってくれている。
「わ~、美味しそ~!」
「素晴らしいですわ、ルーナは料理が上手なのですね!」
「い、いえ、そんな……普通の家庭料理なので、イェレミアス様のお口に合うかどうか……」
「いえいえ。ルーナが一生懸命作ってくださったんですもの、きっとイェレミアス様は食べてくださいますわ!」
そうだと嬉しい。だが、食べて貰えなかったらどうしようという不安もあった。
「で、これどこに運ぶんだ?」
「え? ここで食べるんじゃないの? ルーナはいつも端っこのテーブル使ってるじゃん。レミを呼べばいいよ」
「バカ。レミがいいっつっても、アインとトレーズが許さねぇだろ」
あっち。と、ルディが厨房の端にあるテーブルセットを指差す。確かにルーナはわざわざ部屋に行ったりせずに食事は厨房で済ませているが、流石にレミはここで食事は取らないだろう。
ジェットの指摘通り、アインとトレーズがルディを睨んでいた。
「今日のために食堂を掃除させておりますわ。──オーヴェ、食堂に食事を運んで下さいまし」
トレーズがそう言いながら、両手をパンパンと慣らす。
すると、厨房の出入り口から自動人形がすっと入ってきた。厨房の外には男性型の自動人形が数人控えており、その先頭にいた黒髪オールバックの気難しそうな容姿の自動人形が深々と頭を下げる。まるで執事のようだと感じた。
修復の時は男性型ということで戸惑いはあったものの、彼らは非常に丁寧で紳士的な物腰をしている。
「では、食堂に運びますね。ルディ様とルーナの分も運びますので、お二人共イェレミアス様とぜひお食事を……」
オーヴェにそう言われ、思わずルーナとルディは顔を見合わせてしまった。畏まった食事になりそうだ。
とは言え、断る理由もないし、ルーナはレミに食事の感想や味のことなどを聞かねばならないので丁度良かった。
自動人形たちがどこからか持ってきたワゴンにてきぱきと食事を運んでいく。冷めないかどうかが若干不安だったが、すぐに食事に入れば問題ないだろう。
妙に緊張する。
厨房から出て、思わぬ大人数で食堂へと向かうのだった。




