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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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44.不安の種

 さっきからこんなことばかり来てくるのが不思議である。ルーナの恋のことなんて、ジェットにはどうでもいいだろうに。

 とは言え、ジェットはずっと楽しそうに笑っているのでルーナのことをからかいたいだけなのは何となく察しがつく。どこまでいっても「意地悪だなぁ」と感じた。

 ジェットにとって恋とはどうなのか、と聞いてはみたものの、まともな答えは期待できない。しかし、何か言い返さないと気がすまなかった。


「まぁ、人間が考えるような恋なんてしないな」

「……じゃあ、どうしてジェットと、だなんて聞いたんですか?」

「んー……」


 考える素振りを見せるジェット。 真面目に考えているようには思えなかった。


「もしかして、また暇つぶし……?」


 ルーナの問いかけに、ジェットは意味ありげに笑うだけだった。

 これまでどれだけ「暇だから」という理由を聞いてきただろう。それが一番答えに近いような気がした。

 まともに取り合う必要もない気がして、小さくため息をついてからアインを抱え直してジェットから顔を背ける。


「アイン、もう少しあっちに行ってみてもいいですか?」

「え、ええ、いいですよ」


 川上の方を指さしてみるとアインはちょっと戸惑いながら頷いた。さっきジェットに喋ることを封じられていたが、今は喋れるようだ。

 ジェットはルーナに対して何も言わなかった。

 一旦自分を落ち着かせるためにジェットに構わず川沿いを歩くことにする。なんだかんだでジェットの言動に振り回されていた自覚はあったからだ。当のジェットは何も言わずにルーナの後をついてきた。


「この先って何かあるんですか?」

「いえ、ひたすら森です。あと山です。山を二つ越えれば隣国ですが……徒歩ではとても現実的な距離じゃないですね」

「やまふたつ……」


 山を見上げる。大きな山が一つ見えるが、もう一つはここからでは見えない。今いる場所は山と山の間で、屋敷周辺は平地になっている。更に屋敷を囲うように森が広がっていた。

 村から屋敷までは離れているし、更にその奥などは立ち入ろうとしないのでこの辺りは未知の領域である。

 静かな森が広がっており、川も綺麗なので、村にいた時は不気味だと思っていたのが嘘のようだ。


「あまり遠くに行くと迷子になってしまうので川沿いを歩きましょうね」

「はい、わかりました。──あれ?」


 アインに言われた通り、川からあまり離れないように歩いていく。

 川や周囲を見ながら歩いていると、川を何かがぱしゃぱしゃと跳ねているのに気付いた。何だろうと思いながら川へと視線を向ける。

 見れば、川面を魚がぴょんぴょんと跳ねていた。見たことがない魚だったので足を止めて、川面を飛び跳ねる魚をじっと観察する。


「アイン、あれは……?」


 腕の中のアインに聞いてみると、アインが魚を見る。


「ああ。ギーダという魚で川の上を飛んで虫などを食べるんです」

「初めて見ました」

「そうですね、川の上流に生息している魚なので村の方では見かけないでしょう」

「ギーダは食べれるんですか?」

「うーん。子どもたちに出したことはあるんですが、あんまり評判は良くなかったですね。身があんまりないそうで……」


 そうなのか。あんなにぴょんぴょん跳ねていたら身が締まって美味しいのではないかと思った。

 ギーダをもっと見たくて川辺ギリギリに近づく。

 川の上を飛ぶトンボがおり、それが宙で止まった瞬間にギーダが飛び上がってトンボに噛みついて川に戻っていった。こんな物騒な魚がいるのかと驚きつつ、ひょっとしたら自分も噛みつかれるのでは思って一歩下がる。

 とん、とジェットにぶつかった。


「わっ!?」

「なんだよ。お前が下がるからぶつかったんだだろ」

「す、すみません……ギーダに噛みつかれそうだなって思って……」

「ギーダは虫しか食べないので大丈夫ですよ。川の上を飛ぶと虫と勘違いされるかも知れませんが、サイズが違いますからね」


 アインが解説してくれる。虫しか食べないという言葉にホッとした。わざわざ水の外にまで出て魚を食べるというのには驚くが。


「ルーナ、休憩がてら川に足を入れてみませんか? 気持ちがいいと思いますよ」


 アインがルーナの腕を抜け出して川辺に近づく。

 こっちこっちと手招きした箇所は丁度凹んでいて水流が穏やかである。岩に腰を下ろして休憩もできそうだ。水も透き通っているのでアインの言う通り気持ちよさそうだった。


「いいじゃん。ここまで歩きっぱなしだったし、ちょっと休憩してったら?」

「……じゃあ、せっかくなので」


 決してジェットに言われたからではなく、アインに誘われたからだ。

 アインが膝の高さくらいの岩に飛び乗り、「こっちです」と言っている。近付いて、すぐ傍で靴を脱ぎ、恐る恐る水の中に足を入れてみる。そして、岩の上に腰を下ろした。

 水が多少冷たいが、確かに気持ちがいい。


「アインの言う通り気持ちがいいです」

「ふふふ。そうでしょう? このあたりの水は特に綺麗ですからね!」


 アインはまるで自分の手柄のように言う。ルーナと入れ替わりで岩から降りて自慢げだった。

 ジェットはさっきまでルーナの後ろにいたのに、いつの間にか対岸にある大きな岩の上に座り込んでいる。ああやって瞬間移動みたいなことができるのにわざわざ歩いてついてきてくれるの不思議だった。

 対岸にいるジェットをじっと見つめながら、水の中に入れた足を軽く揺らす。


「ジェットって……そうやって瞬間移動ができるのに、どうしてこうやってついてきてくれるんですか? ……やっぱり暇つぶしなんですか?」

「わかってるなら聞くなよ」

「……ふふ」


 暇つぶしなのか。と聞けば、ジェットが呆れた声を出す。どうやら当たりのようだ。

 ジェットには翻弄されっぱなしだったが、段々とわかってきた気がする。長く生きているからなのか、暇をつぶすことが優先されるらしい。ルーナは十八年しか生きてない上に、そのうち八年は辛い期間だったの暇つぶしのために何かをするというのが理解できなかった。

 どういう生を歩んできたのだろうか。

 心の余裕ができつつあるのか、他人にも興味が湧く。

 レミ、ジェット、ルディ。そしてアインにトレーズ。それぞれ何を思って生きてきたのか。


「あの、ジェット──」


 そう声をかけた時、水に入れていた足に何かが連続で触れる。

 初めは草や藻などが引っ掛かったのかと思ったが、何かに突かれているような感覚があった。

 驚いて足元を見下ろすと、小さな魚がルーナの足に群がっていた。餌と勘違したのか、足をツンツンと突っついている。

 魚が何をしているのかわかった瞬間、反射的に川から足を上げてしまった。

 

「あれ? ルーナ、気持ち悪かったですか?」


 アインが不思議そうにルーナと川の中とを見比べる。


「き、気持ち悪かった、って……?」


 ルーナは少し青褪める。何のことかと聞いてみると、アインは楽しそうにしながらルーナを見上げた。


「このあたりには人間の古い皮膚を食べて綺麗にしてくれる魚がいるんですよ。ガフィアって言って、一部の皮膚病にも効きますし、単純に気持ちがいいって子どもたちに人気でした」

「ああ、ドクターフィッシュって呼ばれてるやつか。群がりすぎると気持ち悪いんだよな」


 ドッドッドッ。と心臓がうるさく音を立てる。

 ルーナは岩の上で膝を抱え、ゆっくりと深呼吸をした。


「ちょ、ちょっと怖いので……やめておきますね……」

「えっ!? あ、ああ、すみません。先に伝えるべきでしたね……喜んでくれる子ばかりだったので、てっきり……」

「い、いえ、気にしないで下さい」


 自分の不自然さがバレてやしないだろうか。そればかりを気にしながら、俯いたまま濡れた足のままで靴を履き直した。ルーナが喜ぶと思ってサプライズにしたのだろうアインに悪いことをしてしまったかもしれない。

 ジェットが怪訝そうにルーナを見つめているが、見つめ返す気にはならない。


「ねえ~~~~~~~~~~~~~!!」


 岩から降りたところで、どこからともなくルディの声が聞こえてきた。騒がしいからか周囲にいた鳥たちが一斉に飛び立っていってしまう。

 ルディは離れていった時と同じく魔獣の姿だった。

 しかし、大きな花を口に咥えている。


「あ、ルーナ! ねぇ、見て見て~!」

「ル、ルディ? どう、したんですか?」

「えへへ~。珍しい花が咲いててね、ルーナの顔が浮かんだから摘んできたんだ~」


 ルディはルーナの前まで来ると人間の姿に戻った。口に咥えていた花を手に持って、ルーナに差し出してくる。

 その花は百合に似ているが、花弁が二重になっており華やかな印象がある。色は淡い黄色で、見たことがない花だった。


「綺麗な花ですね」

「でしょでしょ? 部屋に飾ろうね」

「……花とかベタすぎだろ」


 いつの間にかすぐ横にジェットがいる。花を見て小馬鹿にするように笑っていた。ルディはそんなジェットを相手にするだけ無駄だと思ったのか無視している。


「ルーナ、そろそろお腹すかない? ここで魚を獲って焼いて食べてもいいけど……戻る?」

「結構歩いたし、戻った方がいいんじゃね? 後の時間はレミが言ってたみたいにゆっくり読書でもしてりゃいいじゃん。──ルーナ、また出掛けたかったら、俺かルディに声かけて。とりあえず、周りに色々ありそうってわかっただろ?」

「そう、ですね。戻って、ご飯食べて……それからジェットの言う通り、本を読む時間にしたいです」


 二人の言葉を聞いて曖昧な笑顔を作って頷いた。

 提案に賛成なのは間違いないが、それ以上に内心ヒヤヒヤしている。


「きーまり。じゃあ帰ろ。アイン、帰るよ~」

「は、はい!」


 川の側をゆっくり歩いていたアインが慌てて駆け寄ってくる。本人は一生懸命走っているのだろうけれど、なんせ歩幅が小さいのでちょっとの距離もルーナが歩くより時間がかかってしまう。

 足元までやってきたアインを抱きかかえて歩いてきた道を振り返った。


「アイン、今日はついてきてくれてありがとうございました」

「えっ!? い、いえ……ワタクシはイェレミアスさまに言われただけなので……で、でも! 昔、子どもたちと一緒に遊びに来たこと思い出して、楽しかった、です」


 アインがどうしてか慌てた様子で答える。抱きかかえられたまま、腕をぱたぱたと揺らしている。その姿が可愛くて癒やされた。

 「帰り道はこっちね~」とルディが来た時と同じくルーナの手を取った。

 やっぱりドキッとしてしまったが、あまり気にしないようにしながら帰り道を行くのだった。




 ルーナの腕の中で、アインは先程見た光景を思い出していた。

 ルーナが座っていた岩のすぐ傍、十匹近くのガフィアがぷかぷかと浮き、そのまま水流に流されていってしまったのを。

 間違いなく死んでいた。どうしてあんなに死んでいたのかがわからない。

 最初、ルーナを驚かそうと思って川の中にガフィアがいるのを確認した時は、死体など一切なかったのだ。

 「ちょっと怖い」と言って川に突っ込んでいた足を上げてしまったルーナ。

 悶々とする。

 関係ないと思いたいのに、どうしてか引っかかる。

 けれど、それを口に出すことなく、帰り道の雑談に興じたのだった。

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