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43.恋バナ?②

 ジェットは生き物に対しての精神操作、もしくは精神干渉ができる。

 悪魔にとって魔力を行使することは人間が両手両足を使うようなもので、魔法のように特殊な順序を必要としない。しかし、人間の前で火を出したり風を操ったりすれば魔法と間違われることが多いし、大半の悪魔はわざわざ原理を説明する必要性を感じないのでムキになって否定はしない。無論、得手不得手はあり、ジェットは比較的精神操作が得意な方だった。


 さっきアインが言っていた「ズル」というのはジェットが使える精神操作の能力のことだ。それを使ってルーナを誘導しているのではないかと疑っている。

 使ってないと言えば嘘になる。

 とは言え、ほんの少し自分に意識を向けさせているだけだ。

 ルーナくらいは簡単に操れるが、それでは流石に面白くない上にそこまでする価値を感じない。精神操作で得られる感情の揺れなど全く面白くないし、美味しくもない。やはり人間自身の生の葛藤や喜怒哀楽に勝るものはないのだ。

 それをアインに説明しても「使ってるじゃないですか!」と言い出すのが目に見えているので何も言わなかった。


 「初恋は?」と聞いた後のルーナの反応は素である。

 ジェットからそんなことを聞かれるなんて思っても見なかったと言わんばかりだ。流石に色恋の話題に羞恥心を覚えるらしく、顔が赤くなっていた。

 そして、ジェットを見ないまま、モジモジしだす。


「い、え、……あの、……ない、です」


 思わず首を傾げた。聞き間違いかと思ったのだ。


「……ない?」

「……。……こ、恋なんて……したことない、って……意味、です」


 じーっとルーナを見つめた。

 嘘の気配はしない。ルーナが恋をしたことがないのは本当のようだった。

 ジェットの特技の一つは『嘘をついているかどうかわかる』ことだ。一見便利なように見えるが、言葉から判断するものなので「嘘か」「本当か」がわかるだけだ。つまり「何が嘘か」「どんな嘘をついているのか」はわからない。意外に使い勝手が悪いのが難点だ。

 屋敷に来た頃からルーナに対して違和感を持っていた。

 嘘はついてないが、何かを隠している。そんな雰囲気だ。

 操って吐かせようかとも思ったが、それはつまらないのでやめた。いつでもできるからというのもあった。


「小さい頃とか」

「い、いえ、本当にぜんぜん……」


 両親が亡くなったのは十歳の頃だと言っていた。それまでにおままごと程度の初恋などがあってもよさそうなのに、ないらしい。これはこれで珍しい個体なのでは? と思ってしまった。探せば恋愛に興味がない人間は結構いる。恋をしたことがない人間だって、それなりに。とは言え、ごく普通の少女に見えるルーナに初恋の経験すらないのは驚いた。

 ルーナは恥ずかしそうにしてアインを抱き締め、ジェットの視線から逃げるように俯いている。


「ふーん? ……珍しいな」

「そう、なんですか?」

「お前くらいの年頃の女だと、大体話題は恋バナだからな」

「こいばな……全然想像つかないです。両親が死んでからは、一緒に遊んでた子たちからは全然相手にされなくなって、そんな話には全然縁がなかったので……」


 言いながら、ルーナがゆるゆると首を振った。

 表情が暗くなり、友達だと思っていたのに相手にされなくなったことを思い出しているのが伝わってくる。実感としては全く分からないが、想像くらいはできる。経緯はされておき、周囲から存在を無視されて楽しそうな話にも加えてもらえなくなったのは幼心に傷ついたのだろう。ルーナが拒絶されて何度もアタックできるような強さを持っているようにも見えない。

 ジェットは少し考えるふりをしてから、ルーナを見つめた。

 ルーナは落ち着かない様子を見せている。


「したいと思う? 恋」

「……えっ!?」


 ルーナは目をまんまるにし、アインを抱く手が緩んだ。アインがずるりと滑ってしまい、慌ててルーナの腕にしがみつくような格好になってどうにかルーナの腕の中に納まる。

 が、ルーナはアインがあたふたしているのに気付かないまま、もう一度ぎゅっと抱きしめた。


「……し、してみたいか、と言われると……そ、それは、……きょ、興味は、あり、ます」

「へえ? じゃあ、俺としてみる?」


 聞いてみると、ルーナが不思議そうに首を傾げた。何を言われたのかわからないと言いたげだ。

 ルーナが何か言うよりも早く、アインがルーナの腕を抜け出し、器用にバランスをとって彼女の右肩の上に立ち上がった。


「ジェットさま! 何を言ってるんですか?! そんなのダメです!!」

「なんでだよ。別にいいだろ。大体お前にあーだこーだ言われる筋合いないんだけど」


 アインはルーナの右肩の上に立ち、短い右手をジェットに突き付けている。ルーナは肩に乗られて落ち着かない様子である。


「ワタクシはイェレミアスさまのご指示でルーナを見ているように言われています! ワタクシがいる限り、そんな不健全なことは認めるわけにはいきません! 大体悪魔と人間だなんて……! 地域や宗教によっては禁忌ですよ!?」

「ただのシミュレーション、てかごっこ遊びだよ。本気なわけねーじゃん」


 アインがギャーギャーうるさい。ルーナはオロオロしている。少なくともジェットはルーナに聞いたのであってアインからの答えなど求めてない。

 とりあえずアインを無視してルーナを見つめる。


「どう? ルーナ」

「ダメです! ルーナ、絶対に!」

「だーかーらー、お前には聞いてねぇんだって。──うるさい」

「むぐっ!??!」


 アインに人差し指をつきつけ、魔力を使って言葉を封じる。ようやく静かになったところでもう一度ルーナを見た。


「で、どうする? ルーナ」


 ルーナは自分の肩の上にいるアインをゆっくりと掴んで落ちないようにしながら、さっきのように腕の中に抱き込んだ。ぬいぐるみを抱いて安心を得る子どものようだ。

 やがて、ルーナは無言でふるふると首を振った。


「ふーん。人間としての俺って別に見た目は悪くねぇと思うんだけど、結構理想高いんだ?」

「そ、そういうわけじゃなくて! ……恋、って、そんな風にするものじゃない、んじゃないかなぁって……」


 言いながら、アインを持ち上げるルーナ。アインを盾にして自分の顔を隠してしまった。これまで恋愛に縁がなかったからか非常に恥ずかしそうだ。盾代わりにされているアインは非常に困惑した様子であたふたしている。「えぇ?!」とルーナを振り返ったり、目の前にいるジェットを見たり忙しそうだった。

 けれど、ルーナはそんなアインを気にする余裕などない。

 ただ、ジェットを相手にすること自体は満更でもなさそうである。それはジェットが意図的に自分に意識を向けさせているので、ある種当然の反応に思えた。


「じゃあ、ルーナはどんな風に恋するんだと思う?」


 からかうのが楽しいのと、ルーナの初心な反応が新鮮でついつい要らないことまで聞いてしまう。恋への憧れみたいなものがあるなら、多少はそれを演出してやっても良いと思っているのだ。

 ルーナはアインを顔の前に掲げたままだった。アインと会話をしているみたいになっているのでテンションが上がらない。


「……よ、読んだ本では……自然と、そうなっているものだ、って……落ちるもの、とも書かれてました……」

「自然と、ねぇ」

「私は恋なんてしたことないし、興味はあっても……縁がないと思っていたので……き、聞かれても困ります」

「あっそ。残念」


 言いながら、ルーナの頭に手を伸ばして撫でてやった。

 びく。と、ルーナの肩が震えるが、頭を撫でられることに抵抗感はなく、むしろ嬉しいと思っているのはわかっている。両親が死んでから頭を撫でられるなんてことはなかっただろうから、それくらいは容易に想像がついた。

 誰かに甘やかされること、優しくされること。

 それら全てルーナの弱点だ。


「……。……ジェットにとってはどうなんですか? 恋、って」


 せめてもの意趣返しだろうセリフに思わずふっと笑ってしまった。

 盾代わりのアインを口元まで下げ、恨めしげにこちらを見てくるルーナ。ほんの僅かであっても、自分の想像と違う言動をするのが面白くて楽しかった。

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