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04.一夜明けて①

 鳥の囀りが聞こえる。

 意識の覚醒とともに、窓から差し込む朝日に気付いた。思いの外眩しく、ここはかなり日当たりの良い部屋だというのがわかる。

 ──そうだ。昨日は吸血鬼を訪ねて屋敷に来て、そのまま……。

 昨日のことを思い出しなら薄っすらと目を開ける。

 「起きなきゃ」という気持ちに駆られず、鳥の囀りと朝日で目を覚ますなんてことはなかった。

 祖父母の朝は早く、それに合わせて起きることが多かったからだ。しかも二人より早く起きて準備をすれば「うるさい」、遅れれば「いつまで寝てるんだ」と、どちらにしても二人からは文句を言われる。結果、日が昇る頃に目を覚まして耳を澄ませて二人が起きる音を聞いてから自分も起きる、というルーティーンを繰り返すことになった。

 一日中歩き通しで疲れていたのと物音が聞こえなかったせいで、この時間までぐっすりだった。

 誰にも怒られないし、もう少し寝ようかなと思ったところで違和感に気付く。


 目の前に誰かいる。同じベッドで眠っている。

 見知らぬ少年が気持ちよさそうに目を閉じ、すうすうと寝息を立てていた。

 オレンジみの強い赤褐色の髪の毛が朝日に煌めいて綺麗だ。

 しかも何故かルーナは彼に抱きしめられており、まるで抱き枕の代わりにされているようだった。


 もう少し寝ようなどという呑気な考えは吹っ飛び、代わりに恐怖で心臓の鼓動が大きくなっていく。どくん、どくんと脈打つ心臓の音が相手に聞こえてしまいそうだ。

 叫びだしそうになるのを必死に堪え、何とか彼の腕を抜け出そうとそっと体を動かした。

 しかし、抜け出す前に彼が目を覚ましてしまう。ゆっくりと瞼が上がり、その奥にあるグリーンの瞳がふらふらとルーナを捉える。グリーンの綺麗な瞳には見覚えがあるような気がしたが、すぐに思い当たらない。


「……ふあー。あー、おはよ、ルーナ。……ルーナ? どうかした?」


 この声には聞き覚えがある。ルディの声だ。

 事態についていけず硬直しているルーナを見て、彼は不思議そうにしていた。

 そして、自分がルーナを抱きしめていることとルーナが驚いていることを理解すると、へらっと笑う。

 

「え、あれ? そっか、夜中に寝ぼけて人間になっちゃったみたい。目の前にルーナがいたらから、るい……あとなんか丁度良かったから抱きしめちゃった。えへへ、ごめんね」


 そう言いつつ彼はルーナを解放した。

 のんびりと起き上がり、ぐーっと腕を突き上げて体を伸ばしている。

 まさかと思うものの、こんな事態に遭遇したことがないので思考が上手くまとまらない。ベッドに寝転がった状態のまま、彼をじっと見つめてしまう。


「……ひょっとしてわかんない? ルディだよ。昨日一緒に寝たでしょ~?」


 彼は困ったような表情をしてから首を傾げる。そして自分の姿を見下ろしてから、ルーナと自分とを見比べた。


「こっちのがいいかな?」


 そう言い終わるが早いか、少年の姿がブレて昨日見た獣の姿になった。一瞬のことだった。

 赤褐色の毛並みとグリーンの目が美しい魔獣。

 ルディだ。

 よくよく見れば、ルディの毛色とさっきの少年の髪色が同じである。昨日は薄暗かったのでよく見えなかったが、背中の毛色は茶味が強いようだ。背中から腹部や手足にかけてはオレンジみの強い毛色になっている。

 目の前で人間が獣に変化するなんて見たことがなかったので、ルーナはただただ言葉を失って硬直した。


「ルーナ? これでいい?」

「……ぁ、え、えっと、はい……おはよ、う、ございます……」

「うん、おはよ〜。よく眠れたみたいだね。僕もぐっすり眠っちゃった。ルーナの抱き心地が良かったからかな」


 そう言われて顔が赤くなってしまった。

 相手は魔獣と言えど、同じくらいの年頃の少年に抱き締められて眠った経験などないからだ。夜中に目を覚まさなくてよかったと思う。絶対にパニックになって部屋から逃げ出していただろうから。

 寝転がったままなのを思い出し、慌てて起き上がる。


「あ、あの! 昨日はありがとうござ、いました。ルディさん……!」

「ルディでいいよ~。さんをつけられるとなんか痒くなっちゃう」

「うっ。わかりました……」


 呼び捨てというものに抵抗があるのだが、恩人(獣?)の言うことは聞くのが筋だろう。

 ルディはベッドを降りて床に着地すると、犬猫がするように前足を伸ばして、後ろ足を伸ばして、という動きをする。魔獣と言えどこういう仕草は普通の動物と変わらないようだった。


「さーてと……昨日約束したし、林檎とー……あとは魚かなんか獲ってきてあげるね。あ、魚とか兎は食べれる?」


 ルディの後を追うようにベッドを降りて靴を履いた。

 身ひとつで来てしまったので、本当に何も持ってないのだ。


「はい、食べれます」

「料理はできる?」

「ど、道具さえあれば……」

「じゃあ、先に厨房に案内しようかな~。厨房の裏に井戸があるし。おいで、ルーナ」


 祖父母に言われて家事全般をやっていたので魚や兎はそのままであっても調理はできる。決して上手ではないが、自分が食べる分くらいの処理はできるつもりだ。

 ルディはルーナを振り返り、昨日出入りしたように器用に後ろ足で立って扉を開けた。

 後を追いかけ、部屋を出たところで扉を閉める。

 昨日は薄暗かった廊下も朝日が差し込んでおりとても綺麗だった。廃墟のようであっても、元々の美しさや造りの荘厳さは失われていない。

 こんな立派な屋敷が放置されてるなんて勿体ないと思いながらキョロキョロと周囲を見回しながらルディの後を追う。


「……あの、る、ルディ?」


 本当に呼び捨てでいいのかと恐る恐る声をかけると、ルディは楽しそうに振り返った。その様子にホッとして更に続ける。


「なぁに?」

「ここはずっとこんな感じなんですか?」

「んーーー? えっと、二百年くらいは放置されてるって聞いたかな~。前の持ち主からレミが引き継いで~……でもレミが使わないから、前の持ち主がそのまま管理してて~……ほら、二百年前って戦争あったでしょ? その時色々ゴタゴタしてたせいで、放置しなきゃいけなくなったって言ってたかな~? あんまりちゃんと聞いてないんだよね、そんなに興味もないし」


 二百年前の戦争。歴史としては知っているが、ルーナにとっては遠い昔の出来事である。さも一昨日くらいの前のことのように「あったでしょ?」と言われてもさっぱりわからない。

 しかし、こんな風に気軽に言えるくらいの出来事なのだ。ルディはきっと二百年以上生きているのだろう。

 そして恐らくはレミやジェットも。


「僕らがここに来たのはつい半年前だよ。二百年前はもっと周りに村があったんだって。今は二つしかないからビックリしちゃった。王都や王都に近い街は大きくなるばっかりなのにね」


 半年前に来たという話は知っている。

 まさにそれくらい前から村人が騒ぎ出したのだ。吸血鬼が戻ってきた、と。

 ルディの言う通り、昔は屋敷から見下ろせる範囲に村が少なくとも十以上はあった。けれど、二百年前の戦争を機にどんどん人が減っていったらしい。ルーナがいた村ともう一つの村以外は既に廃村となっている。残り二つの村も地図から姿を消すのは時間の問題だろう。

 ルディはルーナよりずっと物を知っている。

 それが新鮮で、純粋に「すごいな」と思ってしまった。

 自分はものすごく狭い世界にいたのだと思い知らされる。


「こっちこっち。ここが厨房ね。……多分使えると思う。で、厨房のここから外に出て……」


 ルディに付いていくと大きな厨房に着いた。洗い場や調理台、竈が複数ある。屋敷の大きさにしたら、これくらいの規模が必要なのだろう。多少埃っぽいが、ここも手入れがされているように見える。恐らくはいつでも使えるように、最低限の掃除と器具の手入れをしていたのだろう。

 本当に一体誰が手入れをしているのだろうか。

 ルディ、そしてレミとジェット以外は誰もいなさそうなのに。

 厨房の奥にある扉を潜ると裏庭らしき場所に出た。


「わぁー……」

「ほら、こっちに井戸。……あとは荒れてるから使えないかな」


 屋敷の裏側に当たる場所はとても開けていた。

 何となくここで洗濯物を干したりしていたんだろうな、と想像がつく。

 厨房の傍に井戸があり、その奥には畑と果樹園らしいスペースがある。とは言え、ルディが言っていたように畑も果樹園も荒れていた。雑草が生え放題で、あっちこっちに野生化した野菜が生えてるし、果樹園の木々もほぼ野生化している。

 しかし、手入れをすればここを菜園にできそうだ。野生化しているとは言え、野菜も果樹もある。

 何とか使わせてもらえないだろうかと考えたところで、ルディがたっと駆け出した。


「じゃあ、行ってくるね。すぐ戻るから厨房で待ってて」

「は、はい! い、いってらっしゃい……」

「あは! いってきま~す!」


 ルディが楽しそうに笑って走り、屋敷を囲っている石壁を悠々と飛び越えて山に入っていった。

 その跳躍力に目を丸くしてから、井戸を振り返る。

 本当に大丈夫だろうかと不安に思いつつ、井戸に近付いてぐるりと周囲を回って観察する。変なところはなさそうだ。ポンプ式の井戸で、すぐ側にバケツがある。

 おっかなびっくりポンプに触れて、ゆっくりと押してみる。案外スムーズに動いた。

 おお。と、感動していると、水が溢れ出てきた。村の井戸だってこんなには出てこなかったので驚くの同時ににおかしくなってしまった。


「あははっ!」


 水も透き通っていて綺麗だ。

 ちょっとだけ泣きそうになりながら、必要な分の水を汲むのだった。

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