36.散歩①
「ど、どうして二人で違うこと言い出すんですか?! それに、急に休みって言われても……」
むっとした気持ちのまま二人を交互に見て抗議めいたことを言う。
すると、ジェットとルディは互いに顔を見合わせて企むように笑い、ルーナへと視線を戻した。
「休んでないのはホントだろ? ここに来てから朝から夕方までずっと使い魔と自動人形の修復してるじゃん」
「それはそうですけど、朝はゆっくりですし、夜も休めてるので……村にいた時と比べればすごくいい環境ですよ。天と地ほどの差があります」
「でもさー、普通何日か働いたらお休みして~、んでまた働いて~っていうのが人間のサイクルでしょ? 丸一日の休みがないのはおかしいよ?」
ルーナが休むかどうかなんて二人にはどうでも良いことのはずなのに何故かジェットもルディも休むように説得してくる。村にいた時は朝から晩まで働いていてまともな休みはごく僅かだった。祖母や村の人たちが休んでいる時でさえ、ルーナには仕事を押し付けられていたのだ。仕事がなかったとしても家のことをやらなければいけなかったので、休みなんてあってないようなものった。
そんな村での生活に比べれば今の状況は天国だ。
全てが自分のペースでできる。誰かに何かを強要されない。
使い魔と自動人形の修復は全く苦ではない。むしろ楽しいとすら思う。
疲れはあるが、それを回復するだけの食事と睡眠時間、読書という娯楽があるのだ。
徐々に贅沢になっている気すらして、更には休みが与えられるなんて──という戸惑いと混乱があった。
「レミなんて仕事せずにずーーーーっと寝てるし。僕やジェットはそもそも仕事なんかないから、やることなくて遊んでるだけだし」
だから休んで良いんだよ。とルディが笑う。ジェットも同意している。
二人の顔を見比べてから、視線から逃げるように廊下を見た。
窓から気持ちよさそうな日が差し込んでいて思わず目を細める。
「ルーナ、外に行くときっと気持ちがいいよ。最近美味しそうな魚も泳いでるし、川を見に行こうよ。あと葉っぱが赤や黄色になってて綺麗だよ」
「……で、でも」
「はいはい、『デモデモダッテ』終了。レミが休めって言ってんだから休むしかねぇだろ」
ジェットが言葉を遮って頭をぽんぽんと軽く叩いてきた。叩かれたところを押さえ、ジェットを見上げる。
「何だよ、その目」
「……強引だな、って」
「お前はデモデモ言い過ぎ」
ジェットが笑う。これ以上はルーナの「でも」を聞く気がないと言いたげだった。
彼の言う通り、レミの許可を得て屋敷に滞在している身なのでレミの言うことは聞くのが筋だろう。屋敷の主でもあるのだから。
話がまとまったと思ったのか、ルディがルーナの横をすり抜けてから笑って振り返る。
「じゃー、着替えてご飯食べて遊びに行こ~」
ルディがそう言って機嫌良さそうに歩き出す。
とん、とジェットに背中を押されて、ルディの後を追って歩き出した。
さっきまでレミに色々と言われていたのに切り替えが早い。ルーナだったら屋根の上のことやレミに言われたことなどをずっと引き摺ってしまいそうだが、二人にとっては大したことではないのだろうか。
人間との違い? と不思議に思いながら、まずは部屋に戻るのだった。
◇ ◇ ◇
着替えて朝食を取った後、いつものようにジェットが髪を結ってくれた。
「鏡持って来いよ」と言われてから毎日鏡を持参してジェットの手元を観察しているのだが、自分でやってみてもジェットのように上手くはできずにいる。「ずっとやってやるのに」などと軽口を叩くジェットを尻目にいつも真剣に観察していた。
ただ、今日は普段とは違う髪型になっている。
前髪を編み込むのは変わらないのだが、髪の毛を後ろに束ねてポニーテールにされてしまった。
「おかしくないですか? 本当におかしくないですか?」
「何回聞くんだよ……俺の腕が信じられねぇってこと?」
「そ、そうじゃなくて……! なんか落ち着かないんです……!」
ジェットがうんざりした顔でルーナを見る。慌てて否定し、俯いてしまった。
前髪がスッキリしたのには流石に慣れたが、普段とは違う髪型になっているのが落ち着かないのだ。手鏡で確認はしたし、ジェットの腕は疑ってない。
自分には過ぎた贅沢だと思う気持ちがどうしても消えないだけだ。
厨房の裏庭から外に出られるということだったのでルディが先導するのを追いかける。
屋敷を覆う高い石壁、そこに辿り着くまでにまぁまぁ距離があった。
厨房を出たところでの会話である。ルディがルーナを笑って振り返った。
「ルーナ、その髪型可愛いから安心して~。トレーズが選んだ服もよく似合ってるよ~。汚さないようにしないとね」
「は、はい……なんかもう、全部が贅沢すぎて……吐き気が……」
そう言って胸を押さえる。
すると、ジェットとルディが顔を見合わせて笑った。
「ルーナの贅沢ってめちゃくちゃ安いね」
「人間の王族や貴族見たらぶっ倒れそう」
「確かに~!」
けらけらと楽しそうに笑う二人。ルーナにとっては笑いごとではなかった。
クリーム色のワンピースに茶色のコルセット、寒いかも知れないからとレースが可愛らしいピンク色のケープ。足元は汚れないようにとブーツ。なんてことない服装だったが、村で来ていた衣類とは品質が違うのがわかる。本当にこんなの着て良いのかと迷い、ずっと身につけてなかったものだ。
ルディがクローゼットから引っ張り出し「これにしよ~」と言われ、断れずに着用している。
どこかのお嬢様みたいと思ったものの、どうやら王族や貴族は更に上を行くらしい。
「そう言えばさ~、これまで聞くの忘れてたけどルーナっていくつ?」
「十八です」
「ジェット、それって成人してるんだっけ?」
「してる。ここらへんは十六で成人扱い」
「そっか~。お父さんとお母さんは?」
ルディが無邪気かつ無遠慮に聞いてくる。ちょっとだけ心が震えた。
ジェットがルーナをじっと見つめていたが、気にしないようにしてゆっくりと歩く。
「十歳の時に、流行病で……」
「ふーん、二人ともいないんだ。……僕と一緒だね」
ルディの声のトーンは変わらない。
以前、ルディの両親が死んだ、という話を聞いた。ルーナは今でも二人のことを思い出すと悲しくなってしまうのだが、ルディはそうじゃないのだろうか。これも人間と魔獣との違いなのか不思議だった。けれど、聞いてはいけないような気がした。
石壁の前に辿り着く。
ここから外に出たことはなかったので出入り口が近くにあるのかときょろきょろ見回してみると黒い扉があった。
「あの扉は錆びてて開かないからダメだよ~」
「そう、なんですか。え、じゃあどこから……?」
「うん。──で、ルーナ。どっちがいい?」
突然の質問に戸惑い、思いっきり首を傾げた。
「ど、どっち?」
「僕に乗って飛び越えるか」
「俺が抱えて飛び越えるか」
「……え゛ッ!?」
ルディとジェットの二人が笑ってルーナを見た。ルーナは石壁と二人とを見比べる。
一人では石壁を越えられないし、扉が使えないとなると別のルートが必要なのはわかるが──まさかその二択とは思わなかった。
選ばずに戻るという選択はできそうにない。二人を見比べ、ジェットで視線が止まった。
「じゃ、じゃあ、ジェット……お願いします」
「いいぜ」
ジェットにぺこりと頭を下げたところで、ルディが目を驚いていた。
「えー?! 僕じゃダメ!?」
「乗るのは申し訳なくて……!」
「別に気にしないのにな~」
ルディは不満そうだった。言わなかったが、ルディに乗ったら落ちそうなのもあって選べなかったのだ。
ジェットがルーナの横に立ち、無言でルーナの体を抱き上げる。どこか得意げな表情をしており、その顔をまともに見れなかった。屋根の上でジェットに抱きついたことを思い出してしまったからだ。
「さて──」
「あー! 待って下さい! 待って下さいー!!」
厨房の方から声が聞こえ、マゼンダ色の何かが近づいてくる。
アインだった。
三人は慌てて走ってくるアインを見て顔を見合わせてしまう。
「ワ、ワタクシも連れて行ってください!」
アインは三人の前で止まり、腕をぶんぶん振り回しながら言った。




