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34.采配①

「お、お金、というのは……?」


 トレーズは明らかに動揺している。レミが聞きたいことをわかっているのに、何とかはぐらかそうとしているのがルーナにも伝わってきた。

 そして、ルーナに伝わっているということはレミにも当然伝わっているということだ。

 レミはベッドの上に腰掛け直し、膝に頬杖をついてトレーズを見つめる。ルーナはベッドから少し離れた。


「アインやルディから聞いてるぞ。ルーナに色々買い与えてるそうだな? その金は、どこから出ているのかと聞いている」


 詰問口調にトレーズだけでなくルーナまで緊張する。また自分の話題だ、と感じたからだ。

 トレーズがすーっと視線を逸らして、気まずそうに顔をした。観念したのか、ゆっくりと口を開く。


「えーっと……それは、アタクシが街の酒場で給仕をして、ですね……お給料をいただいて、それで……」


 言いづらそうにしているトレーズの言葉にレミが目を見開いた。信じられないと言わんばかりだった。


「お、前……ブラッドヴァール家の自動人形ドールが酒場で給仕だと?」

「いえ、あの! イェレミアス様? アタクシは身分を明かしておりませんし、そもそも自動人形だとは気付かれていません。そこは抜かりなく人間らしく振る舞って──」

「そういう問題じゃない」


 ぴしゃりと言い放ち、レミが眉間に皺を寄せて額を押さえた。


「──くそ。オレのせいだな……トレーズ、地下の宝物庫から適当に換金できそうなものを持っていっていい。それで資金を作れ。ああ、リダ金貨はもう使えない上に持っているだけで妙な疑いをかけられる可能性があるから触るな」


 今度はトレーズが目をまんまるにしてびっくりしていた。ただの部品でしかない眼球がどうやってあのような動きをするのか不思議でしょうがないが、今はそんなことを聞ける雰囲気ではない。ルーナは居心地の悪さを感じながら黙って話を聞いていた。

 トレーズが胸元に右手を置いて、やや前のめりになる。


「イェレミアス様! そんな、宝物庫のものを持ち出すなんて……あれは……」

「お祖母ばあ様たちが趣味で集めたものだな。換金目的で集められたものものあるから、それらを換金しろと言っている」

「……かしこまりました。ご命令の通りにいたします」


 そう言ってトレーズが静かに頭を下げた。

 自分のせいで、と思っているとレミが小さくため息をつく。


「トレーズ、別にルーナのための金だと言っているわけじゃない。あくまでも屋敷のための金だ。間違えるなよ」

「!! はい! かしこまりました!」


 トレーズの目が輝き、今度こそ普段通り元気よく返事をした。

 双方納得し、ルーナも安堵したところでまるでタイミングを見計らったかのようにドアがノックされた。ぽふぽふ、というやや間抜けな音だ。

 レミが「入れ」と言うと、扉が開く。予想通りアインが居た。


「イェレミアスさま、遅くなりまして申し訳ありません!」


 アインがトットットッと走って部屋に入ってきてトレーズの横に並ぶ。それを見たレミが小さく頷いた。


「アイン、今後はルーナに誰か一人つけろ」

「え? 誰か一人、ですか……?」

「誰でもいい。うっかり屋根から落ちるようなことがなければいいから」

「屋根から……? 屋根に登れる場所は封鎖されてますが……?」

「──ジェットが勝手に屋根まで連れて行って、そのせいで転落死しそうになったんだ。ルーナに何かあった時にオレに知らせられるようにしろ」


 はーーー。と、レミがため息をついた。

 さっきのことなので流石にアインもトレーズも知らなくて当然だ。二人揃って驚いていた。

 アインとトレーズの二人は顔を見合わせてから、改めてレミを見つめる。


「承知しました。……えぇと、ジェットさまにしろルディさまにしろ、我々では太刀打ちできませんが……ルーナの傍にいて、何かあったらイェレミアスさまをお呼びするということでよろしいのでしょうか?」

「ああ、それで構わない」


 アインが小さな手を揺らしながら確認すれば、レミがあっさりと頷いた。

 返答をもらったアインは小さな手を器用に組んで「なるほど」と、頭をこくこくと上下に揺らしている。

 そして、レミがやけにわざとらしく咳払いをし、腕組みをした。

 その咳払いを聞いたアインとトレーズが居住まいを正し、ぴしっと背筋を伸ばす。それを見たルーナも釣られて背筋を伸ばしてしまった。


「……今後、ルーナがオレの食事を作ることになった」


 間。

 アインの表情はぬいぐるみなので変わらなかったが、トレーズはさっきよりも更に目をまんまるにしていた。

 二人の視線、もしくは意識がルーナに向く。緊張に駆られて思わず俯き、ぺこりと二人に向かって頭を下げた。


「「その手が!!!」」


 ルーナの緊張とは裏腹に、二人の反応は予想外のものだった。

 え。と、口の中で小さく呟いてから顔を上げる。アインとトレーズがきらきらとした視線をルーナに向けていた。

 レミはどこか気まずそうな表情で腕組みをしたまま、三人に顔を見られないように明後日の方を見ている。


「いやー! そう、そうですね! お食事をご用意すればよかったんですね! 以前から屋敷にいらした時も、イェレミアスさまは滅多に人間と同じようなお食事はされなかったので頭の中からすっかり抜けておりましたです、はい!」


 アインはその場でぴょんぴょん跳ねている。可愛い。


「本当ですわ! フリーデリーケ様はお茶とお菓子をよく召し上がってましたが、あれは完全にご趣味でしたし……お食事を通して魔力を回復していただくという発想がありませんでした! そもそも今は我々の中に料理ができるものもいませんし! ルーナの発案ですわね? ありがとうございます!」


 トレーズは目をきらきらさせ、胸の前で手を組んでいる。尊敬するような眼差しをルーナに向けていて、それが非常にくすぐったい。

 部屋の中が一気に明るくなったように感じる。レミは気まずそうなままだが。


「そうと決まれば食材などを用意せねばなりませんね! そのためにはお金が必要ですわ! アイン、地下の宝物庫で換金できそうなものを見繕いましょう!」

「えっ?! 地下宝物庫!?」

「アインが来る前にイェレミアス様が許可を下さいました! 換金し、屋敷のために使えと!」

「流石イェレミアスさま! 行きましょう、トレーズ! ──では、イェレミアスさま、」

「「失礼します!」」


 二人は元気よく声を合わせると、レミの返事も待たずに部屋を出ていってしまった。

 アインもトレーズもレミの役に立てることが嬉しくてしょうがないらしい。他の使い魔も自動人形からもそれは伝わってくる。

 羨ましいと思う。あんなにも真っ直ぐ誰かのために働くことを嬉しく思う気持ちが。

 二人が出ていったところで、そっとレミの様子を窺う。レミは顔を背けたままだった。


「あの、イェレミアス様……私も出ていった方がよろしいでしょうか?」


 おずおずと聞いてみる。普段ならレミは寝ている時間だし、吸血鬼に朝はきついのではないかと思う。アインとトレーズには話がついたのでもう不要ではないかとも思ったのだ。

 しかし、レミは緩く首を振った。


「ルーナ、少し待ってろ。──もう入っていいぞ」


 そう言ってレミはパチンと指を鳴らした。何をしたのかさっぱりわからないし、誰に対して「入っていい」と告げたのかもわからない。

 先ほどアインとトレーズが出ていった扉が静かに開いた。

 開いた扉の方へと視線を向けると、そこにはジェットとルディがさっきのレミ以上に気まずそうに立っている。

 さっきのことがあるせいでルーナもどぎまぎしてしまい、レミと二人とを見比べてしまった。

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