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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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29.呪いの言葉

 次起きた時、やけに頭がぼんやりしていた。

 まだ外は薄暗く、鳥たちの声は聞こえない。まだ起きる時間ではなかった。

 昨日、図書室でレミと話をしていて、血の話になったらレミが不機嫌になって──というところまでは覚えているのだが、それ以降何を話して、どう部屋まで戻ってきたのか記憶にない。

 横では普段通りルディがすぴすぴ気持ちよさそうに眠っている。これまで枕に顎を乗せるような形で眠っていることが多かったのだが、今日は何故か仰向けになって枕に後ろ頭を乗せ、人間がそうするように布団から両前足を出して眠っていた。

 こんな風に寝るのを犬や猫で見たことがなかったのもあって寝辛くないのかと不思議に思う。

 横で眠っているルディを見つめる。


「……かわいい」


 頭がぼんやりしたままだった。

 抱きしめたらきっとふわふわで気持ちがいいんだろうなぁとぼんやりした頭で考え、まるで吸い寄せられるようにルディに身を寄せてそのまま横から抱きしめてしまった。

 「えっ?」と声が聞こえてくるが、ルーナはまともに知覚してない。

 まだ起きるには早い時間だったので、そのままルディの体に顔を埋めて深呼吸をして、再度眠りについてしまった。


 そしてその一時間後。


「……ナ、ルーナ。そろそろ起きよ~? 僕動けないよ~」


 腕の中のものがもぞもぞと動く。腕の中のそれはとてもふわふわでふかふかでいい匂いがして、もっとずっと抱きしめていたかった。

 「もう起きなくては」と思いながらゆっくりと目を開ける。

 目の前には不思議な光景が広がっていた。

 毛だ。

 もふもふの毛の海が広がっている。


「? ……???」


 自分がどう言う状況に置かれているのかわからず、頭の中が「?」で埋め尽くされてしまった。


「ルーナ、くすぐったいよ~」


 ルディの呑気かつ楽しそうな声が聞こえてきて、目の前の物体を確かめるように手でわしゃわしゃとかき混ぜる。

 それは間違いなく、ルディの毛だった。

 慌てて手を離して起き上がる。


「うひゃっ?! ご、ごごごめんなさい! ごめんなさい、ルディ! ね、寝ぼけて……!」

「いいよ~。抱きつかれた時はびっくりしたけど、気持ちよかったし」


 ベッドの上でぺこぺこ頭を下げているとルディがおかしそうに笑って起き上がる。全く気にした様子はなさそうだが、ルーナにしてみれば居た堪れない。

 流石に気を抜きすぎな気がする。

 青くなればいいのか赤くなればいいのかわからず、ベッドの上で項垂れてしまった。

 ルディはそんなルーナを見て首を傾げた。


「僕も前に寝ぼけてルーナに抱きついちゃったからおあいこだよ。それに、僕は寝てる時に抱きつかれても全然気にしないし……毎日抱きついてもいいよ? 僕もぎゅってして寝てあげる~」


 にこにこしながら言うルディ。

 それはとても魅力的な話である。朝方、ルディに抱きついてからの寝心地は最高だったからだ。

 魔獣であるルディを異性として認識しているわけではない。むしろそれ以前の問題である。人間である自分などよりも数段上の存在である魔獣。ルーナにも魔法が使えたり剣が使えたり──とにかく何かしら一芸に秀でており、なおかつそれがルディに匹敵するものであれば、「じゃあそうさせて貰おうかな」なんて言えたかも知れないが、とにかくルーナには何も無い。

 現時点で、全てにおいてルディたちにおんぶに抱っこである。

 これ以上甘えるのは申し訳なかった。


「……だ、大丈夫、です……!」

「え~? 本当に? 無理しなくて良いんだよ? 僕の毛、気持ちよかったでしょ?」

「よ、よかった、です、けど! そんな贅沢を知ってしまったら戻れなくなっちゃいます……!!」


 良かったのは否定しない。ぶんぶんと首を振った。


「──戻るってどこに? ルーナには、もう戻る場所なんてないでしょ?」


 グリーンの瞳が真っ直ぐルーナを射抜く。

 その声の響きはどこか冷たくて、ルディのものじゃないみたいだった。

 同時に現実を突きつけられた気がして背筋が冷えた。


「どこ、に、って……」

「村は戻れないよね? 最初に帰る場所もないって言ってたし」


 そういう意味じゃないと言いたいのに、ルディが無邪気に冷たく言うものだから言葉が喉で凍りつく。

 戻る場所も帰る場所もなくて、もちろんこの屋敷にいるのにはルーナなりの目的があったのだけど、急に寂しくなってしまった。結局はどこまで行っても一人きりで、この人生に意味などなかったのだと。

 悲観的になって俯いたところで、ルディがそっと頬ずりをしてくる。


「ルーナはずっとここにいるんだよ。大丈夫、僕が守ってあげるから」


 子守唄でも歌うような声だった。

 なのに、その言葉はまるで呪いのようにルーナに染み込む。


「食べ物は僕が持ってきてあげるし、夜も一緒に寝てあげる。怖い思いなんて絶対させないからね。心配なんて何もしなくていいよ。ずっと、ずーっと僕と一緒にいようね、可愛いルーナ」


 とてもとても優しく、穏やかな声なのに、どこか恐ろしい。

 アインとトレーズが屋敷にいて欲しい理由はわかる。仲間たちの修復のためだ。

 だが。

 だが、ルディは?

 一体何の目的でこんなにも優しくルーナに接するのだろう。

 最初こそただの気まぐれだと思っていたが、今この瞬間に天真爛漫なルディの他の一面が見えた気がした。見てはいけない一面が。怖い思いなんてさせないと言うルディ自身が怖い。


 わけのわからない恐怖に竦んでいると、突然ゴッ! という鈍い音ともにルディの姿が目の前から消えた。

 ベッドの下から「いたぁっ!」とルディの声が聞こえる。

 ふっとルーナの上に影が射し、恐る恐る見上げるとジェットがいた。右手を握りしめて、呆れ顔をしている。


「ルーナ。こっち来い」


 彼がルーナを呼び寄せる。普段であれば自らジェットに近付いて行くなんてことしないのだが、今ばかりは心底ホッとしていた。ベッドを降り、ジェットに駆け寄った。

 ジェットがルーナの肩に手を置いて抱き寄せる。ドキッとする反面、さっきの恐怖が和らいでいった。


「ちょっと?! ジェット、何すんの?! ルーナもなんで逃げるの?!」


 にゅっとベッドの向こう側からルディが顔を出す。何故か魔獣の姿ではなく、人間の姿になっていた。

 オレンジがかった赤褐色の髪の毛にグリーンの大きな瞳。あまり馴染みのない少年の姿なのに、さっきのような恐怖は感じない。


「っていうかなんで僕人間の姿になってんの?!」

「お前がルーナを脅かすからだろ」

「してないし!」

「実際怖がってんだよ、バカ。ってわけで、しばらくその姿でいろ。すぐ戻るから心配すんな」

「はぁ~!?」


 不満たらたらのルディを置いて、ジェットが「行くぞ」と声を掛ける。どこへと聞く暇もなく、肩を抱いたまま歩き出した。軽くつんのめりながらジェットについて歩き出す。

 部屋を出てもルディが追ってくる様子はなかった。

 横を歩くジェットを見上げる。


「ジェット、あの」

「──気分転換するか」

「え?」


 何のことかわからないままでいると、不意にジェットがルーナを抱える。最初に来た時のように肩に担ぐ形ではなく、横抱きだった。ふわっと宙に浮く感覚が怖くて、咄嗟にジェットに抱きついてしまう。

 ジェットがふっと笑ってルーナを見る。

 視界がブレたかと思えば、一瞬にして周囲の風景が変わっていた。

 屋敷の中ではない。

 そこが屋敷の屋根の上であると理解するのに少々時間を要した。

 目を見開き、その光景に釘付けになってしまう。


「……うわぁ」


 眼下に広がる庭園と、もっと向こうにある山々。遠くに小さく見える町並み。

 この屋敷がどれだけ高い場所に建てられているのか一目瞭然だった。ルーナのいた村も小さくだが見下ろせた。

 突然こんなところに連れてこられた驚きは、そこから見える景色によってかき消されてしまった。

 徐々に色づく山々。高い空。広がる大自然。

 朝日がそれらを綺麗に彩っていた。


「……綺麗、ですね」

「気に入ったならまた連れてきてやるよ」

「あはは、ありがとうございます」

「いや、なんで笑うんだよ」


 自然と笑いが溢れてしまった。ジェットは不思議そうだ。


「……さっき、ルディのことちょっと怖いなって思っちゃって……でも、この綺麗な景色を見たら吹っ飛んじゃって……私、すごく単純だなぁって……自分で自分がおかしくなっちゃったんです。……あとでルディに謝らなきゃ」

「あいつが悪いんだから謝る必要ねぇって」

「いえ、ルディにはとても良くしてもらってるので……」


 ゆるゆると首を振る。

 ルディが何を考えてルーナに優しくしているのかはわからないが、優しくしてもらっているのは事実だ。そのことには心から感謝をしている。

 ルーナが受けた優しさと、それに対する感謝だけは忘れたくない。


「俺は?」

「え?」

「俺もよくしてるよな?」


 どこか自信ありそうな表情だった。

 何と答えようか迷ってしまい、ジェットと見つめ合う形になってしまった。

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