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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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27.図書室での逢瀬②

 誘われるがままに抵抗感のあった椅子にすとんと腰を下ろしてしまった。

 レミは正面に座り、ルーナを真っ直ぐに見つめる。その視線にドキリとしながら本をテーブルの上に置いた。


「まぁ、読んだところまででいい。感想を聞かせてみろ」

「は、はい……!」


 聞かせてみろだなんてかなり傲慢である。

 しかし、両親が亡くなってからというもの、ルーナの意見や感想なんてものは求められて来なかった。従順であることだけを求められ、いつかしかそれが当然になっていたのだ。

 ルディは本に興味がないそうだし、アインとトレーズもそういった習慣はないそうだ。そうなると本の感想は自分の中だけに押し留めるしかないので、例え言い方が傲慢であっても聞いてもらえるのが嬉しかった。


「あの、上手く言えないかも知れませんが……」

「前置きは良い」

「す、すみませ」

「謝罪も要らない」


 ルーナの言葉をことごとく遮られてしまい、ちょっと縮こまる。

 レミはどこか困った顔をしてルーナを見つめた。


「癖になっているのだろうが、無意味に謝るんじゃない。それでは会話にならないし、相手を苛立たせるだけだ」

「は、はい、気をつけます」

「で。どれくらい読んだんだ?」


 レミの視線が本に向けられる。工房にあった布切れを洗ってから栞代わりにしているので、そこを開いてみせた。


「四分の一くらいです……最初、主人公の女の子の境遇がちょっとだけ私に似てるかも、と思ったんですけど……」

「けど?」

「……読み進めていくうちに全然違うことがわかって恥ずかしかったです……」


 そこまで言って視線を落とした。

 主人公の女の子の方がルーナよりずっと前向きだった。自分の境遇に悲観せず、諦めずに前に進もうという力があった。自分と似たような子がどんな物語を歩むんだろう──とドキドキしたが、そのドキドキは徒労に終わったのだ。代わりに別のドキドキが生まれた。

 ルーナの言葉を聞いたレミがふっと笑う。


「だが、それはそれとして面白いだろう?」

「あ、はい! それはもちろん……! 自分とは全然違うからこそ、すごくワクワクしてします。多分今物語が動くところなので、読むのがすごく楽しいです。早く読み進めたいんですけど、読み終わるのも勿体ないと言うか……!」

「それは良かった」


 そう言ってレミがどこか得意げな表情をした。

 自分が選んだものが「面白い」「楽しい」と言われたらやっぱり嬉しいのだろう。それが伝わってくる表情だった。


「……イェレミアス様はどんな本をお読みになるんですか?」

「人間が書いた歴史書や史実を元にした小説だな」


 難しそうだ。児童書がせいぜいのレベルのルーナが読めるようになるのかいつになるだろうか。


「いつか読んでみたいです。どんなところがお好きなんでしょうか?」

「歴史に置いて人間視点では悪魔や魔族の介入を認識してないケースが多い。それらの整合性を取り方が面白いんだ。……滑稽こっけいとも言うが」


 悪魔や魔族という言葉に目を見開いた。

 悪魔であるジェットが傍にいるものの、ルーナには全くの未知の存在である。しかも歴史などには疎いので悪魔や魔族の介入などと言われてもピンと来ない。

 コメントに困っているとレミは話を続けた。


「二百年前の戦争くらいは知ってるだろう?」

「えっと、戦争があった、ということくらいしか……」

「なるほど。今の時代で、田舎の村だとそれくらいの認識か……まぁいい。あれは西と東の大国が始めた戦争だが、元はと言えば両国をそそのかした悪魔のせいだ。しかし、人間の歴史では悪魔の存在はなかったことにされている。いや、知る人間がごく僅かで、しかも広まってない、が正しいか……」

「えっ?!」


 サラッとすごい話を聞いてしまったのではないだろうか。そもそも戦争のことなど全く知識がなかったし、ただただ二百年前に大きな戦争があったことくらいしか知らないのだ。ついでに死者が多く出たこと、消滅してしまった国があることを聞いたくらいである。

 レミは更に続ける。


「悪魔の存在は一部の人間しか知らなかったのだろう。だからこそ、悪魔がやったことは人間の幹部のうちの誰かがやったことになっている。……人間の書く史実は、そこがどうしてもブレるし、冷静に考えると辻褄が合わないんだ。当たり前だな、今となっては誰も事実を知らないし、知っている人間はもういない」


 それが面白い。と、レミは締めくくった。

 事実を知りながら、事実を知らない人間が書く史実を読んで楽しむ──。

 ひょっとしたら性格の悪い楽しみ方ではないかと思ったが、何も言わないでおいた。読書の楽しみ方は人それぞれだ。多分。


「……その悪魔は……?」

「他の悪魔たちの手によって処刑されている。悪魔も一枚岩ではないからな……流石にあそこまでの戦争は看過できなかったようだ」

「……ひぇ」


 悪魔にも処刑とかあるんだ、という感想込みだった。

 なかなかハードな話ではあるものの、自分の知らないことを知るのが楽しい気持ちもあった。楽しんではいけないような気もしたが、そういった気持ちは簡単に抑えられるものではない。

 そんな気持ちを悟られないようにゆっくりと深呼吸をした。


「お前には関係のない話だったな」

「いえ、不思議とそう思わなくて……そんなことがあったんだ、っていう驚きがありました」

「へえ?」


 レミが目を細める。少しばかり視線がくすぐったくて落ち着かない。


「私は何も知らないので……もっと色々と知ってからイェレミアス様のお話を聞いたら、もっとたくさん驚けるのかな、とか……」

「……好奇心や探究心はあるんだな」


 どうだろう。と首を傾げてしまった。

 今はただ知らないことを知るのが楽しいし本を読むのが楽しい。それだけだ。

 この先それが役に立つとも思えないが、目先の楽しさに囚われいるだけの気がする。

 ふと気づく。

 今なら、血のことを聞けるのではないだろうか。

 最初に要らないとは言われているけれど──。


「……あの、イェレミアス様。お聞きしたいことが、あります」


 かしこまった雰囲気が伝わったのか、レミが軽く眉間に皺を刻んだ。

 そして何かを推し量るようにルーナを見る。


「なんだ?」

「……私の血を飲んでいただくことは、できないんでしょうか……?」


 やはりと言うべきか、レミの表情が険しくなった。

 それまでは普通にルーナを見つめていたのに、どこか鬱陶しそうな視線になっている。その視線をまともに受けていられず、ルーナはすっと俯いてしまった。


「……何故そんなことを聞く?」


 最初と同じ怜悧れいりな声が向けられた。どこか警戒した雰囲気が伝わってくる。


「い、いちおう、生贄として来たので……」

「最初に言っただろう? 飲む気はない。大体、お前だって押し付けられた役目なのだから嫌なんじゃないか」

「いいえ」


 思いのほか、はっきりとした声が出た。答えてから、ゆっくりと顔を上げてレミを見た。

 レミはまさか「いいえ」と言われるとは思ってなかったのか、ひどく驚いている。


「私はそのために来たんです。押し付けられたというのも、間違いではありませんが……」


 胸に手を当ててはっきりと言う。

 レミに血を飲んでもらえなければ、ここに来た意味がないのは確かだ。

 最初から一貫して彼に血を飲むつもりはないらしく、ため息とともに緩く首を振った。


「……飲まない」

「でも、イェレミアス様には血が必要では──」

「確かに必要だが今は要らないんだ」


 む。と口を尖らせてしまう。少なくともトレーズはレミを心配しており血を飲んで欲しそうだったのに、当の本人が何故こうも拒絶するのかがわからない。

 いや、まだルーナがレミの信用を勝ち得ていないからだろう。もっと信用されれば、いずれは──と思ったところで、レミが呆れたような顔をして立ち上がった。

 ルーナも慌てて立ち上がる。


「い、イェレミアス様!」

「使い魔と自動人形ドールの修復をしているだろう。それだけで十分だ。……血まで取ろうとは思わないし、そもそも必要としていない」

「でも!」


 言いすがろうとした瞬間、レミがルーナに人差し指を向けた。

 自然とその指先に視線が吸い寄せられる。


『戻れ。部屋に戻ってもう寝ろ』


 低く、冷たく、体の深いところに届くような声。

 頭のてっぺんから爪先までを支配する『命令』だった。

 レミのその命令がルーナに届いた瞬間、思考がぼんやりとしてしまった。

 もっと話をしたいはずだったが、そんな気がなくなってしまう。ぼんやり「戻って寝なきゃ」と思い、テーブルに置いたままの本を抱えた。

 ふらふらと歩いて、レミの横を抜けて、図書室を出ていく。

 そのままぼーっとした状態で部屋に戻り、ベッドに潜り込んで眠ってしまうのだった。

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