23.小さな変化
「え、今日もその本読んでるの~? 昨日も一昨日も読んでたじゃん」
ルディがいつものようにルーナのベッドに入ってきたところで大げさに驚いていた。
ちなみに昨日も同じようなことを言われている。
レミが「読んでみろ」と言ってくれた児童書は面白かった。最初に読み終わった後、もう一度読みたくなって昨日も読み、更に読み返したくなって今日も読んでいる。つまりもう三回目になるのだ。
「すごく面白くて何度読んでも飽きないんです」
「僕は本なんて読まないからな~。ルーナは本好きなの?」
「はい、好きです。……多分」
いまいち自信が持てないまま「多分」と答えると、ルディが不思議そうな顔をした。
「多分って、なんで? 好きなものは好きでしょ?」
「……イェレミアス様にも言ったんですが、あんまり読む機会がなくて……なので、あんまり知らないのに好きって言っていいのかな、って……」
「え~? 変なの! 僕、リンゴを初めて食べた後にリンゴが好きになったよ。そういう感じでいいんじゃない?」
目がうろこが落ちる気分だった。
本を胸に抱いて、横にいるルディを見つめてしまう。ルディはにこにこしていた。
「た、確かに……! 食べ物は一口食べて、好きって思っちゃいますね……!?」
「でしょ~? だから本だって、一冊読んで好きって思ったら好きでいいんだよ~。その中でも好みのものとそうじゃないものがあるってだけだしね」
シンプルな考え方に感心した。村では「何も知らないくせに何がわかるの?」だの、「あんた如きに良さはわからない」だのと言われて、自分の『好き』に自信が持ってなかったのだ。色々知ってからじゃないと好き嫌いの判断すらできない、と。
俯いて、周囲の顔色を伺い、息を潜める──村での生き方は全てそんな感じだった。
けれど、今いるのは村ではない。
そのことを改めて噛み締めた。
「あとレミはレミでいいよ~。……イェレミアス様、って……ぷぷっ」
「い、いえ、そういうわけには……! わ、私はルディと違って、と、ともだち? とかじゃないので……」
そう言うとルディはきょとんとした顔で首を傾げる。
友達じゃなかった?! と内心焦るものの、どう言い繕ったらいいのかわからずに結局黙るしかなかった。
「……。……僕とレミって友達なのかな?」
「え゛っ……?! ど、どう、なん、でしょう……最初、すごく仲が良さそうで、友達なのかなって……思っただけで……」
「うーーーーん……?」
どうにもルディはしっくり来ないらしい。ルディ用の枕の上に顎を乗せて目を閉じ、何やら考え込んでしまった。
今日は本を読む気分ではなくなってしまったので枕元に本を置いておき、ドキドキしながらルディを眺める。
最初の夜、三人のやり取りは遠慮がなくて互いの性格などを分かりきってる上での会話に聞こえた。それがちょっと羨ましい、なんて思っていることを知られたらどう思うだろう。
やがて、ルディはゆっくりと目を開けて、虚空を見つめた。
「……お父さんとお母さんが死んだ時、レミとジェットがいて……その時、ジェットが僕の──……あ、ダメだ。モヤモヤする。……もう寝よう、ルーナ」
まさかルディの両親が死んでいるという話になるとは思わずにとても驚いた。
けれど、少なくともその時、もしくはそれ以前から三人の関係はあるようだ。
ルーナの想像するような関係じゃないかもしれない。変なことを言ってしまったと反省した。
「は、はい……! ……ごめんなさい、辛いことや悲しいことを聞きたいわけじゃなかったんです……」
ルディはルーナの言葉に耳をぴくりと動かしてから、虚空を見つめたまま不思議そうに首を傾げていた。
「……かなしい……?」
それは独り言のようで、ルーナに向けているものではなかった。
まるでその言葉を初めて聞くような、もしくは懐かしいと思うような──そんな雰囲気。
どうしてそんな風に言うか不思議だった。
しかし、なんとなく聞いてはいけないような気がして聞けない。
やがて、ルディは目を閉じてしまった。
「おやすみ、ルーナ」
「……おやすみなさい、ルディ」
ルディの横顔をしばらく眺めていたが、ルーナも静かに目を閉じた。
使い魔や自動人形たちは睡眠を必要としないとのことで夜も働いている。数日前、夜中にも掃除をしていたのでなかなか眠れずにいたらアインがそれに気付いてくれ、夜中は静かにするかルーナの部屋の近くでは掃除を行わないことになった。
おかげでぐっすり眠れるようになっている。
翌朝。
鳥の囀りで目を覚ますと、体の上に何か乗っていることに気付いた。
ルディにしては軽いと思って目を擦りながら視線を向けると、黒い物体が胸の上に乗っている。真っ黒だったのでそれが何かわからずに硬直してしまった。
「ルーナー、おはよー。ミミだよー」
朝らしい明るく、それでいて可愛らしい声が黒い物体から聞こえる。
よくよく見れば、胸の上の黒い物体は最初に直した使い魔、ネコぬいぐるみであるミミだった。
ルーナの上にうつ伏せになっている。
彼女はだらーっと両手足を伸ばして、ゆらゆらと揺れながらルーナの顔を覗き込む。
「ルーナー。ねぇねぇ、あのねー、手が破けちゃったの。縫ってくれる?」
そう言ってミミは右手を持ち上げる。確かに少し破れて、中の綿が出てしまっていた。
少し寝ぼけた頭でこくこくと頷く。
「わ、わかりました。工房で待っててくれますか?」
「わかったー! 待ってるニャー!」
ミミは嬉しそうに立ち上がると、そのままぽふぽふと足音を立てて部屋を出て行ってしまった。
あんな風に使い魔自ら修復をお願いしに来ることがあるのかとちょっとびっくりする。ただ、最初にアインが「工房に行けば直してもらえた」ということを言っていたし、本当なら直して欲しい時には工房に行くのかもしれない。
のんびりと起き上がると、ルディも横で目を覚ましていた。
床に下り、いつもようにぐーっと伸びをしている。
「おはよー、ルーナ。今日も果物だけでいい? あ、昨日のリンゴがまだあるか」
「ルディ、おはようございます。今日は先に工房に行こうかと……」
手櫛で髪の毛を適当に整えつつ答えると、ルディが目を丸くした。
「え~!? ダメだよ、ごはん食べてからじゃないと! 使い魔はお腹空かないけど、ルーナはお腹空くじゃん!」
「で、でも、ミミが」
「使い魔だって人間がごはん食べなきゃダメってわかってるよ~。とにかく、ごはんはちゃんと食べなきゃダメ! 倒れたりしたら修復どころじゃなくなるでしょ?!」
真面目に叱られてしまった。結構な剣幕だったのでびっくりする。
その叱り方でちょっとだけ両親を思い出した。
ただ、ミミが待ってることと、あれくらいならすぐ済むという意識もあって、ルディの言葉に頷けなかった。そんなルーナを見てルディが呆れる。
「も~。……アイン? アイン! すぐ来て」
ルディはどこにともなく声を張り上げる。
すると、屋敷の廊下を走ってくる音が聞こえ、アインがやってきた。
「は、はい! ルディさま、何かご用でしょうか?」
「なんだっけ? ミミ? が、手を縫って欲しいって朝から来たんだよ。なんか工房で待ってるっぽいけど、ルーナが行くのはごはん食べてからね、ってみんなに言っといて!」
ルディがアインの傍に行き、アインを見下ろして怒ったように言う。ルーナと並ぶと、ルディの大きさは腰くらいまであり、アインの大きさは膝くらいなのでその差は一目瞭然だった。
アインはちょっとびくびくしていたが、話を聞いて驚いていた。
「ひぇっ?! ミミがそんなことを……?! す、すみません、きちんと申し送りができてなかったようです。ミミにはワタクシから言っておきますので、ルーナはちゃんと朝食をとってくださいね!! 無理して修復を優先させる必要ありませんです!」
それだけ言うとアインはつったかたーと部屋を出て行ってしまった。
ふんす。と、ルディが鼻を鳴らしてそれを見送る。良かったのかな、と心配になった。
ルディがルーナの前にやってきて、怒ったような顔をする。
「ルーナ!」
「は、はい!」
「頼まれたからって全部すぐにやらなくていいんだからね! まずはごはん! ちゃんと寝る! お風呂にも入る! 仕事の優先順位はその後くらいだよ!」
「……う。でも、」
「でもじゃないの! ルーナが倒れたら元も子もないんだから!」
ルディは随分と怒っているようだった。
任されている以上は仕事をきちんとこなしたい。けれど、ルディの言う通り倒れてからではどうしようもない。
しかも折角ルディがごはんを食べてからだとアインに言ってくれたのでそのようにしようと思った。
「……はい。わかりました」
「わかればよろしい~。じゃ、厨房に行こ~」
さっきまで怒った顔をしていたのにルディはすぐに機嫌良さそうに笑った。
その表情にホッとして、ルディと一緒に部屋を出て厨房に向かうのだった。




