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02.生贄少女②

 レミの容姿と釣れない返事に呆然としていたが、はっと我に返る。

 ジェットとルディを見ると、二人は互いに顔を見合わせて笑っていた。


「楽しそうだったし、お前の嫌がる顔が見たかったから」

「レミのイライラの原因って絶対血が足らないからだよ。そろそろちゃんとした血を飲んだ方がいいよ~」

「死ね。──あとお前は帰れ」


 ジェットとルディに対し、レミと呼ばれた吸血鬼は忌々し気に吐き捨てた。そしてルーナには冷たい言葉が向けられる。

 人間ではないだろう青年、言葉を喋る魔獣、そして吸血鬼。

 状況に対しての恐怖はあるが、レミの冷たい言葉には恐怖を感じなかった。ルーナは「帰れ」と言われただけで、「死ね」と言われたわけではない。それに村で浴びせられた陰湿で嫌味っぽい言葉に比べればさっぱりしていた。はっきり言ってくれるだけいい人だなぁとすら思ってしまった。人ではないが。


「帰れと言われても、帰る場所がありません」

「それはお前の事情であってオレには関係ない」

「確かにそうですが、お弁当か保存食代わりに私を近くに置いておいても良いのではないですか?」


 お弁当か保存食代わりに、という言葉にジェットとルディが吹き出していた。そんなに面白い発言ではなかったと思うので二人の反応が不思議だった。


「……どちらにしてもお前みたいな貧相な人間の血なんか飲まない」


 そう言ってレミはふいっと顔を背けてしまった。ぱっと見は落ち着いた青年に見えるのに今の動作は非常に子供っぽく見えた。自分が想像するよりも若いのかもしれない。

 貧相──。

 自分の体を見下ろし、(それは本当にそう)と思いながら自嘲気味に笑った。

 このままだと血は飲んで貰えなさそうである。どうしよう、と困ったところで体のラインをすーっと撫でられた。


「ひゃっ?!」


 ぞわぞわと鳥肌が立つ。振り返ると、ジェットがルーナの体つきを確かめるように触っていった。他人にこんな風に触られたことがなかったので軽くパニックになってしまう。 


「確かに貧相と言えば貧相だな……生贄っつーならもっと健康な人間寄越すだろ。お前がいた場所の人間たちは吸血鬼舐めてんの?」

「っそ、そういうわけではない、と思いますけど……! わ、私があんまり食べないだけで……って言うか、触るのやめてくれませんか?!」


 嘘だ。

 祖父母はルーナに食事を満足に与えなかったし、村の中で催しがあってもまともに食べ物を分けて貰えたことがなかった。しかし、それを自分の口から言うのはあまり惨めだ。だから自分が少食だということにした。

 そんなルーナの気持ちを読んだかのようにジェットが目を細めて笑う。

 耳元に唇を寄せて、低く囁いた。


「──嘘ばっかり。まともに食わせて貰えてなかったくせに。どうせ厄介払いで『生贄』にされたんだろ? 舐めてるよな、マジで。悪魔相手にそんな嘘が通ると思うなよ」


 ジェットの言葉がグサグサと突き刺さった。居た堪れなくなって思わず顔を伏せる。

 自分の惨めな環境を見透かされたこと、ジェットが悪魔だということ。どちらにも驚いてしまい、声が出なくなった。


「確かに~。僕も故郷で生贄貰ってたけど、ちゃんと健康な子だったし綺麗におめかしして運ばれてきたよ。あと本人は嬉しそうだった」

「お前んとこはちょっと特殊だと思うんだよな……」


 思わずルディ凝視する。

 生贄を貰ったことがある魔獣? 外見だけを見れば可愛く見えるのに、とんでもない存在のようだ。

 ルーナの暮らしていた村は閉鎖的な田舎で、外に出ることもほとんどなかったので他の生贄事情なんて知る由もない。少なくとも身寄りがなく、村の中で一番地位が低い人間が選ばれるものだと思っていた。

 満足に食べてなかったせいで痩せぎすで、髪はパサパサだし、肌もカサついている。陽の光に当たると金にも見える明るい茶色い髪も今はくすんでいる上に伸び放題だ。いつからか人と目を合わせるのが苦手になってしまい、前髪も目元を覆うように長くしている。

 生贄なのだから、と新しいワンピースを用意されたものの屋敷に辿り着くまでに汚れてしまった。

 ルディに捧げられていた生贄は逆で、『生贄だから』という理由で大切にされていたのだろう。

 自分とは大違いだ。

 自分の存在が急に恥ずかしくなってきてしまい、汚れたスカートの裾をぎゅっと握りしめた。

 話が逸れたところで、レミが大きくため息をつく。


「──とにかく、オレは血は求めてない。生贄だと言われても迷惑だ。帰る場所がないならお前は自由なんだ。どこへでも行けばいい」


 そう言うと話は終わりだと言わんばかりに背を向けられてしまった。取り付く島もない。

 ジェットに嘘を見破られたことと、レミに完全に拒絶されてしまったことで、二の句が告げなくなった。本当ならもっと粘らなければいけないのに、自暴自棄になってここまで来た時の勢いはとうに消えている。

 ちょっと泣きそうになりながら、レミの背中に向かって頭を下げた。


「……す、みません、でした。失礼します……」


 何とかそれだけ絞り出し、俯いたまま踵を返す。そして、早足に部屋を出ていった。

 行く宛もない。村にも帰れない。

 屋敷から出てしまえば、後は野垂れ死ぬか獣に襲われて死ぬかだ。

 暗い廊下をとぼとぼと歩く。

 もうすっかり夜で、窓から月明かりが差し込んでいた。よく見ればあちこちにランプがあり、一応それが廊下を照らしている。しかし、月明かりの方が明るいくらいだった。

 ジェットに担がれてきた道を戻り、玄関に降りる階段に差し掛かったところでどっと疲れてしまった。

 階段に座り込み、膝を抱える。


(……私の人生、何なんだろう……もう疲れた……)


 涙が溢れて止まらなくなる。

 喉を引き攣らせてしゃくりあげながら、声を殺して泣くのだった。



◆ ◆ ◆



 ルーナが出ていってしまい、それを何となく見送る。


「本当にいいの~? レミ、こないだから全然血を飲めてないし……丁度良かったんじゃないの?」

「あんな怪しい人間の血が飲めるか」


 何がどう怪しいのだろうか。ごくごく普通の人間の少女にしか見えなかったのに。

 ルディにはレミが彼女の血を飲む気がない、ということしかわからなかった。


「……ふーん。じゃあ、僕が貰っても問題ないよね」


 味わって食べようと思っていた野兎を丸呑みにする。どうせこの部屋で食べるとレミが怒ってくるし、そろそろ野兎も鮮度が落ちてきたので丁度良かった。

 ルディの発言を聞いたレミが振り返り、横にいたジェットが目を丸くする。


「レミが要らないならいいでしょ? 血を飲んで貰えなくて悲しそうだったし、それなら僕が食べちゃっても」

「……好きにしろ」


 レミはため息をついてから、さほど悩むこともなく答えた。本当に要らないらしい。

 思わず尻尾が揺れた。人間を食べることをあまり良く思わない者もいる上に何なら一部の魔獣の間では禁止されているらしいが、そんなことはルディの知ったことではない。


「やったー。ジェットはどうする? はんぶんこする?」

「あ?」


 どういう意味だ、と言いたげにジェットが眉を寄せる。

 察しが悪いなぁと思ってしまったが口にすると蹴られそうなので余計なことは言わないでおく。


「僕、魂はどっちでもいいもん。ジェットが先に魂食べてから、僕が残りを貰ってもいいよってだけ。どう?」


 ルディの提案にジェットは目を丸くしてから、少し考え、やがて口の端を持ち上げた。ニヒルで意地悪そうな笑みだ。


「いいな、それ」

「じゃあ、そういうことで~。そーだ、すぐには食べないからね。なんか肉付きが悪くて美味しくなさそうだったから。ちょっと太って、健康になって貰わないとね」

「食べ頃になったら教えて。……あ、馬鹿正直にあいつに食うとか言うなよ」

「やだな~、わかってるよ。フツーは食べようとしたら怖がって嫌がるもんだしね」


 ジェットと軽い調子でやり取りをしていると、レミが変な顔をしてルディを見た。変なことを言ってしまっただろうかと不思議に思い、首を傾げる。

 ルディの様子を見たレミが少し嫌そうな顔をして口を開いた。


「……ルディ、あの人間を屋敷に置くつもりか?」

「え? うん。だって、レミが言ったんだよ。『どこへでも行けばいい』って……この屋敷でもいいんでしょ?」

「そういう意味じゃ──……いや、もういい。勝手にしろ。煩くするなよ」


 レミが疲れたように首を振り、話を終わらせてしまった。

 とにかく家主の許可は取れたし、久々の人間だったのでルディは楽しくなってくる。太らせてから食べる、というのは物語としては知っているが自分でやるのは初めてである。勝手がわからないが時間は無限にあるので、どうにでもなるだろうと思いながら部屋を出ていった。

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