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18.ルーナの日々と、その裏側

 朝、鳥の囀りで目を覚ます。

 ルディはあれからずっとルーナと寝ることにしたようで、目覚めた後に「おはよう」と言い合ってから着替えをする。部屋を出て、厨房に向かう。

 裏庭にある井戸で顔を洗っていると、どこからともなくジェットが現れて、何故か毎朝髪を結ってくれるようになった。髪を結っている間に少しだけ会話をし、髪を結い終えるとジェットは姿を消してしまう。朝食後に現れることもあってジェットは本当に神出鬼没だった。

 ルディはその間に果物だったり魚や鳥だったりを獲って来る。それらとトレーズが街で買ってきてくれたパンで朝ご飯をとる。

 午前中はトレーズに言われた通り、使い魔たちの修復に勤しんだ。

 結果的に朝は集中できて、細かい裁縫なども結構捗った。午後にもやってみたが案外集中力が続かない。

 アインが一緒にいてくれるので困ったところは彼に聞きながら、時折雑談を交えて時間を過ごした。


 昼、アインが「そろそろお昼ですのでご飯にしましょう」と言うか、ルディが「兎(もしくは他の動物)獲ってきたー!」と工房に入ってくるので、キリが良いところまで仕上げて中断する。

 昼食後、腹ごなしも兼ねて休憩を取る。裏庭や屋敷の庭園を散歩して気分転換をした。よくよく探してみると裏庭には野生化した野菜があり、調理次第ではなんとか食べられそうだった。ただし、大抵の野菜は渋いか苦い。

 午後は自動人形ドールの修復。

 初日にやった時はスムーズに進んだが、これが案外難航した。部品の交換のために腕などを外すのだが、なかなか外れないことが多いのだ。アインとトレーズ曰く「摩耗しているので動きが悪くなっている」とのこと。当然力任せになんてできず、途方に暮れた。

 そこでアインが「意識はあるので声をかけながらやってみましょう。協力して外し易くしてくれるかもしれません」と提案。ルーナは提案通りに「右腕を外しますね」「次、左です」などと声をかけると、自動人形が動けないながらに協力してくれているらしく、多少スムーズになった。

 とはいえ、物理的にガタが来ているために、全てがスムーズに済むわけでもない。思いのほか力仕事になった。


 夕方、日が沈む前に修復を終え、工房の片づけと掃除をする。

 修復のペースは大体使い魔が二体、自動人形は一体だった。アインとトレーズに「もっと速くできれば良いんですけど」と零したら、「そんなことないです。良いペースですよ」「ええ、仕事も丁寧なのでとっても嬉しいですわ」と言われた。

 自分自身を卑下したい気持ちが湧き出るが、ぐっと堪える。


 夜、ルディがまた何かを獲ってくるのでそれを調理して食べ、湯あみをして寝支度をして部屋に戻る。

 湯の準備は最初の二日はジェットが付き合っていたが、三日目で「面倒くさい」と言って放棄してしまった。しかし、代わりに手のひら大の不思議な石をトレーズに預けている。聞けば、その石はジェット自ら精製した魔石とのことで、水の中に入れると一定の温度まで温めることが出来る上にその温度を維持できるものらしい。しかも温風が出る不思議な魔石も置いていってくれたので、髪を乾かすのがぐっと楽になった。

 毎日湯あみが出来るなんて贅沢が許されていいのか──。

 アインもトレーズも「昔と同じなので大丈夫。むしろ設備が整ってなくて申し訳ない」と言うが、どうにも不安な気持ちは拭えてない。

 体が冷えないうちに部屋に戻り、ベッドに入って目を瞑る。ルディが適当な時間にやってきて布団の中に潜り込んでくるのが常だった。それで起こされることもあるが、全く気にならない。むしろ毎日ルディが一緒に寝てくれることが嬉しい。

 二日前に屋敷の中にある図書室の掃除が終わったと言われ、「もしよければ」とアインが案内してくれた。そこには本が整然と並べられており、その量に圧倒された。簡単に読めそうな児童向けの本を一冊借りて、その日のうちに読んでしまい、翌日から図書館に通うのが楽しみになった。


 屋敷に来てから十日。自動人形の修復をするようになってからの七日間はおおよそこのようなスケジュールで日々を過ごした。


 アインはルーナのことを気にしてかよく一緒にいてくれる。使い魔の修復は順調なので徐々に数が増えることでアインがあくせく動く必要がなくなってきたのが要因として大きいだろう。


 トレーズは数日おきに街に向かい、パンなどの食べ物を買ってきてくれていた。ルディが持ってきてくれる肉や果物だけでは不十分だと判断したらしい。申し訳なさで止めようとしたが「ルーナが健康でいてくれる限り、仲間たちの修復が進みますので!」と押し切られてしまった。


 ルディは夜一緒に寝て、朝昼晩と食事のタイミングに現れる。

 一緒に食事をとったりもするが、ルディは動物や果物を置いていくと、そのまま山に入っていくことの方が多かった。


 ジェットは朝にやってきて髪の毛を結ってくれる。

 基本それだけだが、時折工房や厨房に顔を出したり、何故か浴室に入ってきたりもした。神出鬼没っぷりに何度も驚かされたが、段々と慣れた。


 使い魔や自動人形たちが働く姿を見るようになった。

 最初に直したネコのミミが「いえーい!」とはしゃぎながら階段の手すりの上を雑巾とともに滑り降りてきたのを見た時は(だ、だいぶ自由なんだな……)と驚いたが、アインに「コラー! ミミー!」と注意されていた。ぬいぐるみがぬいぐるみを注意するという光景を目の当たりにし、ルーナの心の中をわけのわからないトキメキが駆け抜けた。こんな気持ちは初めてだった。

 自動人形のカリタがテーブルを軽々と担いで庭に出ていったのを見た時も驚いた。「アタシたちは人間より力持ちなんだよ」と笑う姿はどう見ても人間の少女だった。


 しかし、最初の夜から今日まで──レミことイェレミアスに会えていない。

 半ば勝手に居候している身のため、きちんと挨拶をしたかったが、トレーズに止められた。聞けば、あの日からほとんど眠り続けているらしい。理由は教えてもらえなかった。


 長いようで短い十日間。

 段々と居心地がよくなってしまい、ルーナの中にモヤモヤした気持ちが生まれる。

 このままいてもいいのか。

 しかし、自分のことがバレてしまったら居させて貰えないどころか──。

 それを考えるたびに身震いしては、考えるのを止めるというのを繰り返していた。



◆ ◆ ◆



 イェレミアスことレミはゆっくりと覚醒した。

 目を覚ますのも久々である。力が半減しているため、休息を多く必要とするのだ。人間の血を飲むことが回復への近道だと理解しているのだが、今はまだ無理だった。どうしても拒否反応が出てしまう。

 室内を静かに動き回る影がある。

 ゆっくりと身を起して、その影を見た。


「トレーズか」

「あらっ? 起こしてしまいましたか?! 静かにしていたつもりなのですが……申し訳ございません」


 そう言ってトレーズはレミ向かって頭を下げた。

 どうやら掃除をしていたらしく、手には布を持っている。


「寝ている間はいいと言っただろう」

「……いえ、そう仰いましても……ジェット様とルディ様が何度か無断で入られておりまして……ジェット様はともかく、ルディ様の毛などが、ですね……」


 トレーズの主な仕事は部屋の掃除である。主の部屋ともなれば放置も出ないのだろう。全く出入りがないならまだしも、ジェットとルディが許可なく勝手に出入りするからだ。

 二人に言っておかなければ、と額を押さえて、ベッドから降りる。

 ふと窓から外を見たところで違和感に気づいた。


「……屋敷の様子が変わったようだが」

「はい、ルーナ──生贄だと言って来た少女が使い魔や自動人形ドールたちを修復してくれています。おかげでアタクシとアインでは手が回らなかったところも掃除や修繕の手が行き届くようになりましたわ! 庭園の手入れも少しずつですが進んでおります!」


 ルーナ。これまで知る機会もなかったのだが、あの少女はルーナと言うらしい。

 前髪をだらだらと伸ばして顔を隠し、傷だらけの痩せた体で「生贄です」とやってきた少女だ。

 屋敷に留まらせていることはルディが勝手に言い出したことだが、それはそれとして使い魔たちの修復まで行っているとは思ってなかった。いずれどうにかしなければいけない問題だったにしろ、自分の知らないところで行われていたのは気分が悪い。


「トレーズ、何故勝手に使い魔や自動人形の修復をさせている? ……どういう相手かもわからないのに」


 トレーズは笑顔を保っていたが、その表情に緊張が走った。

 人間のような感情の動き、そして表情を見せる彼女たちは嫌いではない。しかし、たまにやり過ぎだと思うことがあった。


「……アタクシとアインの独断です。アタクシたちが動けなくなる前に、仲間たちをどうにかしたいと思いました。イェレミアス様に無断でこのようなことをしてしまい、大変申し訳ございません」


 そう言ってトレーズは深々と頭を下げる。

 腰をしっかりと折り曲げ、レミが何も言わないうちは頭を下げたままだ。

 不本意ながらに譲り受け、戦争の関係で放置していたが──屋敷の管理責任は現在の主であるレミにある。全てが自分の思い通りにならないからとトレーズを責めるのも違うと思い直し、緩く首を振った。


「いい。頭を上げろ。……屋敷のことは、オレの問題でもある」

「寛大なお心に感謝いたします。ですが、屋敷の放置は致し方なかったかと……」

「……放置したことと、戻った時に何もしなかったことは別問題だ。──その人間、ルーナはお前の目から見てどうなんだ?」


 トレーズを見てそう聞いてみると、トレーズは両手を顎の下あたりで組んで目をキラキラさせた。


「いい子ですわ! 慣れない自動人形の修復も! 使い魔たちの修復も! 文句一つ言わずにコツコツやってくださっています! 彼女が来てから十日ほど経ちましたが、既に使い魔は二十体近く起きましたし、自動人形も七体起きました! これまで放置するしかなかったお部屋の掃除もどんどん進んでおりますし、時間はかかりますが修繕にも手が回りますわ!」

「……そ、そうか」


 彼女の勢いに若干引いてしまった。

 アインもトレーズも人間を基本褒める。だが、ここまで手放しで褒めるのも珍しい。単純に二百年近く人間が屋敷にいなくてテンションが上がっているだけだとしても、ルーナへの評価が高いのが窺える。

 二人が歓迎しているなら修復はそのまま続けさせるべきだろう。

 ルディとジェットが『食う』ために育てている最中でもあるし。

 しかし、レミ自身はあまり関わりたくない──と思っていると、トレーズが何か言いたげにレミを見つめていた。


「イェレミアス様……一つ、お願いがございます」

「なんだ?」


 改まった様子を見て訝しむ。何となくいい話ではなさそうだからだ。


「ルーナに労りの言葉をかけてあげていただけないでしょうか?」


 いまいち歓迎できない言葉を向けられ、眉間に皺が寄ってしまった。

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