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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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17.自動人形②

「それで肝心の修復の仕方ですけれど──……頭を持ち上げて、こうすると……顔が取れます」

「っ……は、はい」


 何でもないことのようにトレーズが自動人形ドールの顔を外す。

 顔はお面のようになっており、内側から眼球が取り付けられているようだった。その様子は、決して口には出さないが不気味に見えてしまう。こんなに精巧な人形を間近で見たこともなかったからだ。

 ドギマギしつつトレーズの言うことにしっかり耳を傾けた。


「嵌め込まれている眼球は簡単に外れますので、これを交換するのですわ。アタクシでは交換できませんので……ルーナ、やってみて下さいまし」

「は、はい」


 声が裏返りそうになってしまう。ぬいぐるみである使い魔の修復とは大分勝手が違うようだ。

 恐る恐るトレーズが外した顔を受け取り、そこに嵌め込まれている眼球をまずは外した。眼球は思いのほか簡単に外すことができて拍子抜けする。

 落とさないように作業台の上にそっと置いてから、地下から持ってきた真っ白な眼球を手にした。


「嵌め込むのも簡単ですわ」

「……あ、本当ですね。不思議です」

「フフフ、そのように作られておりますので。眼球を嵌め込んだら顔を元に戻してくださいな」


 顔を逆さまにして眼球が落ちないのかと不安に思いながら顔をひっくり返す。ルーナの心配をよそに眼球は不思議な力で固定されているらしく落ちたりはしなかった。慎重に元の場所に戻すと、継ぎ目がすうっと消えていく。やはり不思議だ。

 次は関節だ。

 左右の肘と膝、腰など十数か所。それぞれトレーズの指示に従って元々埋まっていた丸い部品を交換していく。一体どういう仕組になっているのかはさっぱりだが、交換自体は難しくはなかった。自動人形の顔や部位を外していくことに若干の抵抗感があるくらいである。

 関節以外の部位など、交換すべき場所を全て交換し終わったところで額には汗が浮いていた。

 裁縫と違って初めての作業だったのと、部位を外す→部品を交換する→もう一度付け直す、という作業がなかなかに重労働だったのだ。あとは単純に緊張もあった。


「これでいいですわね。……カリタ、どうかしら? 起きられまして?」


 作業台に横たわるボブヘアの自動人形。

 トレーズが彼女を見下ろして問いかける。その様子にルーナはとても緊張していた。


(……う、上手くできてなかったらどうしよう……トレーズに申し訳が立たない……)


 胸元を押さえながら自動人形をじっと見つめる。

 真っ白だった眼球がほわっと光ったかと思ったら、そこに瞳が宿った。黒い瞳だ。

 それまでは精巧な人形にしか見えなかった顔に生気が宿る。まるで本物の人間のような血色になり、目も唇もまるで人間のように潤っていく。肌や指先も無機質なパーツではなく、人間のもののように変化していった。

 そして、カリタと呼ばれた自動人形がゆっくりと起き上がった。

 彼女がぐっと腕を突き上げる。


「っあーーーー!!!! 肩凝ったーーーー!! アタシが復活第一号だな! トレーズ、贔屓しただろ?!」

「してませんわ。もう、自惚れはお止めになって。それよりも! まずはお礼でしょう!?」


 黒髪黒目の清楚そうな雰囲気とは違い、粗野な言葉遣いと態度だった。

 贔屓という単語にトレーズがちょっとだけ拗ねた顔をしてから、カリタに人差し指を突き付ける。カリタは忘れてたと言いたげに後ろ頭を撫でてから、ルーナを見る。

 そこにいたのは人間と言われても全くおかしくない少女だった。さっきまでは確かに人形だったのに。

 カリタはルーナを見つめてふわりと笑う。そして、何を思ったのかルーナをがばっと抱き締めた。


「ルーナ! アリガトな! ……アンタがここに来て昨日ミミたちを直してたのをずっと見てたよ。動けなくてほんと辛かったから助かった。……ホント、感謝してるよ」

「い、いえ、そんな……お役に立てて、良かったです……」


 そう言うとカリタはルーナをぱっと開放し、作業台からすとんと降りた。


「っしゃ! 早速仕事してくるぜ! イェレミアス様もお帰りになってんだろ?! 腕が鳴るなぁ!」

「カリタ、アタクシはお掃除が最低限、いえ、それ以下しかできておりませんので……」

「わかった! とりあえず手ぇ付けられそうなトコから掃除してくるわ!」


 そう言うとカリタは走って工房を出ていってしまった。

 昨日の使い魔たちと言い、今のカリタと言い、仕事が好きなようだ。

 何年、何十年も動けないのは辛かっただろう。どうしても彼ら彼女らに感情移入してしまいそうになる。

 きっと、久々に感謝の言葉を向けられたからだ。

 ちょっと泣きそうになっているとトレーズがルーナの肩をそっと撫でた。


「……ルーナ、アタクシからもお礼を言います。ありがとうございました」

「そんな……あんなに感謝をされて、私の方こそ──」

「フフフ。アナタが来てくださったのは奇跡のようなものですわね」


 言葉に詰まった。

 自分がここに来たのには『理由』がある。

 奇跡だなんて綺麗な言葉で表していいものじゃない。

 何も言えないままでいるとトレーズがルーナの顔を覗き込んだ。


「自動人形の修復はあんな感じですが、大丈夫でしょうか?」

「っはい。た、多分……」

「今のやり方はお道具箱が入っているクローゼットの中にある本に載っておりますので……困ったら本を確認なさって」

「それを先に言うべきではないですか、トレーズ」


 作業台に座ったままのアインが呆れた声を出す。

 それも一理あるかもと思ってしまったが、すぐにその考えを打ち消した。馴染みのないものだったのでトレーズが教えながらの方が良かったのだ。本だけで修復できたとは思えない。

 アインの言葉にトレーズは頬を押さえてため息をついた。


「使い魔たちと違って、アタクシたちは部品全取っ替えですわ。ギリギリまで稼働しておりましたので全ての部品が摩耗しており、交換以外ではどうにもならず……一度アタクシの指示に従って全て交換していただくのが手っ取り早いと思いましたのよ」

「なるほど。確かにそうですね」


 アインがあっさりと頷いた。

 二人の話がつくと、それぞれの視線がルーナに向いた。びく、と肩が震える。

 アインが立ち上がり、作業台の上を移動してルーナの方に近付いてきた。何だか畏まった雰囲気を感じ、アインの前に立って黒いボタンの目をじっと見つめた。人間と違って目がボタンなので見つめることにも、見つめられることにも抵抗はない。


「ルーナ、使い魔と自動人形の修復……これから、お願いしていいでしょうか? もちろん、ルーナがここにいてくれる間だけでいいのですが……」


 アインは強要しない。最初こそやや強制的だったが、今はそんな雰囲気はない。

 あくまでも、ルーナが良ければ、というスタンスだ。

 それが逆に申し訳なくて、レミの許可もなく勝手に入り込んで勝手に部屋を使っているのに、という気分になってしまう。

 今着ている服だって貰ってしまっているのでルーナの頭の中に「断る」なんて選択肢はない。

 少し腰を折ってアインの顔を覗き込む。


「はい、大丈夫です。私がどこまでできるかわかりませんが……ぜひ、やらせてください」


 アインの黒い目がきらりと光る。

 その光が涙のようにも見えてしまって、少しだけ後ろ暗い気持ちになった。

 しかし、そんな感傷も一瞬のこと。次の瞬間にはトレーズにぶつかるように抱き締められていた。


「あー! これでアタクシの仲間たちも復活しますわ! ルーナ、よろしくお願いしますわね!」

「あ、は、はい!」

「修復のペースはルーナにお任せいたします! 自動人形の修復は使い魔と違って、さっきと全く同じですのですわ! ああ、そう言えば人間は午前中の方が頭が冴えると聞いたことがありますし、午前中はやり方が細かい使い魔の修復をしてはいかがかしら?! 自動人形はちょっと力仕事になりますし、午後でも──」

「トレーズ!」


 怒涛の勢いで喋るトレーズをアインが止める。トレーズが我に返ってルーナを開放した。


「ウフフ。嬉しくって、つい……」

「全く。まだ伝えなければいけないことがありますよ」

「はっ! そうでしたわ……! ルーナ、修復のことで一つ注意がございます」


 神妙な態度になるトレーズに釣られてルーナも姿勢を正す。何かやってはいけないことなどがあるのだろうか。


「使い魔は手足や耳、尻尾をつけたり、破れた箇所を直せば動きます。自動人形も部品を交換すれば動きます。けれど……使い魔であれば腕が紛失しているとか、自動人形であれば顔が欠けているとか……教えた方法以外で直せないものは一旦修復しなくて結構ですわ」

「……え?」

「それはルーナにやっていただく修復では動かないのです。専門の方か、もしくは修復魔法でないと……ですので、直せるものから直してくださいましね」

「は、はい……」


 全てを直せるわけではないらしい。少しだけ気持ちが萎んでしまった。

 しかし、この工房にいる使い魔や自動人形たちは直せそうだ。ここにいるだけでもかなりの数なので、専門的な修復に辿り着くのはまだずっと先の話になるだろう。


「ルーナ、無理だけはしないで下さいね」

「ええ、日が沈む前に仕事は終えて下さいまし」


 アインとトレーズが心配そうに言う。確かに気をつけないと延々と修復をしてしまいそうだ。

 とりあえず、この屋敷に留まる理由ができた。

 それは誰かの役に立って、お礼を言われるようなことである。

 屋敷の主であるレミから言われたわけでもなく、許可すら得てないのが気がかりだったが、自分の居場所ができたようで嬉しかった。

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