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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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16.自動人形①

「さぁ、今日はいよいよ自動人形ドールの修復を学びましょう!」

「はいっ!」


 トレーズは腰に手を当て胸を張り、どこから持ってきたのか眼鏡をかけて、仁王立ちした。

 工房の中。

 椅子に座り、手を膝の上に置いて真剣な顔をするルーナ。その目の前にトレーズが立っている。


「……いよいよも何もルーナはまだ二日目ですよ」


 作業台の上に座り込んで二人を眺めるアインが呆れた声を出した。

 ルディはルーナに果物を渡した後、「遊びに行ってくるね!」と山に入ってしまったし、ジェットは「またな」と言ったきり姿を消してしまった。

 屋敷の主であるレミの許可も得ずに部屋や厨房を借りている身のため、アインとトレーズの指示に従って使い魔や自動人形の修復の手伝いのするのはある種当然である。むしろ、そうでなければ昨日トレーズに貰って衣類などの礼ができない。

 村にいる時と違って、ルーナな非常に前向きな気持ちになっていた。

 少なくともアインもトレーズもルーナをぞんざいには扱わない。それどころかレミの許可も得ずに屋敷に留まるルーナを歓迎してくれている。二人の恩に報いないなんて、そんなことはできなかった。

 決意を新たにするルーナをよそにトレーズがアインを見てため息をつく。


「あら? 厳密には三日目でしょう? 一昨日の夜にイェレミアス様を訪ねて一泊、昨日で二日目、今日で三日目ですわ。それに、これまで奉公に来てくれていた少年少女たちも一日目は歓迎会、二日目から使い魔修復の勉強、三日目以降に自動人形の修復についての勉強……これまでど同じですわよ!」

「歓迎会ができてません。……この状況では歓迎も何もありませんが」


 歓迎会──。そんな催しがあったのかと感心する。

 今でも昔のような奉公制度が採用されていたら、屋敷周辺には村が残っていただろう。栄えるとまではいかなくとも不自由のない生活があったような気がする。

 そうやって上手く回っていただろうに、二百年前の戦争で世界ががらりと変わったのだ。歴史を聞き齧った程度の知識しかないルーナにも二百年前の戦争が全世界に影響を及ぼし、今のような世の中になったという知識はあった。


「ともあれ、自動人形の修復ですわ。ああ、嬉しい! アタクシの仲間がようやく目を覚ますのですね!」


 トレーズは自分の体を抱きしめてクネクネしていた。よほど嬉しいらしい。

 トレーズの期待に答えねば、と気合を入れる。


「さて、何はなくと準備ですわ。ルーナ、こちらへ」

「はい!」


 元気をよく返事をしてトレーズの後を追う。アインも一緒に追いかけてきた。

 工房には出入り口とは別に扉がある。扉のすぐ横に鍵がかかっており、トレーズがその鍵を使って扉を開ける。奥には五段ほどの階段があり、ここは完全に地下のようだった。恐る恐る中に入っていくと、そこはまるで時が止まっているかのような不思議な空間である。

 魔法による明かりがついており、中は薄明るい。

 階段を降りようとしたところでトレーズが振り返った。


「ルーナ、扉を閉めて下さいまし」

「えっ?! あ、はい。失礼しました……!」


 慌てて背後の扉を閉める。

 使い魔修復のための道具箱が入っていたクローゼットと同じ気配がした。

 つまり、ここには魔力が充満しており、それが漏れ出すと困るのだろう。ルーナには魔力のことも魔法のこともさっぱりわからないが、なんとくそうなのだと察しがついた。

 言われた通りに扉を閉めるルーナを見て、トレーズがにっこりと笑う。


「ありがとうございますわ。この屋敷のどこもそうですけれど、『開けたら閉める』『出したら片付ける』というルールを徹底して欲しいんですの。アインが言っていたと思いますけれど、魔力が漏れてしまうのですわ」

「……そうなんですね。魔力とかには疎くて……でも、開けたら閉める、出したら片付ける……ですね。気をつけます」

「よろしくてよ」


 トレーズを追って階段を降りた場所は、貯蔵庫に似ていた。

 壁にずらりと棚が備え付けられ、棚に両手で抱えるほどの棚が収められている。傍にある箱をまじまじと見つめると、わかりやすい位置にラベルが貼ってあった。

 『眼球』とかいてある。

 ルーナはそれを見て硬直してしまった。


「が、がん、きゅう……」

「足元に籠があるでしょう? 箱の中の眼球を二つ入れてくださいな。どれでもいいですわ」

「……は、はい……」


 トレーズは部屋のど真ん中に仁王立ちをして、ルーナに指示を出す。

 階段を降りてすぐのところに籠が積んであったので、それを腕にかけてから眼球と書かれた箱の前に立った。

 得も言われぬ抵抗感があるのだが、抵抗感を振り切って箱の中に手を突っ込んだ。丸く硬い感触があったので、無造作に二つ掴んで籠に入れる。

 自分が籠に入れた眼球を恐る恐る見てみると、そこには白く丸い石のようなものが転がっているだけだった。籠の中で転がしてみても、ルーナのイメージしていた眼球ではない。瞳の部分がなく、ただの丸い石にしか見えなかった。

 その困惑を見たアインがルーナの足をぽんぽんと叩く。


「ルーナ」

「ふあっ?! は、はい!」

「眼球って書かれていて驚きましたよね。でも、人間のそれとは違うので安心して下さい。自動人形に埋め込むまではただの部品です」


 納得できたようなできないような。

 ひとまず、ルーナの想像するリアルな眼球ではなくてよかった。アインのセリフを聞く限りでは、人間のそれとは全く違うようなので気にしないようにした。


「眼球以外は箱から一つずつ部品を籠に入れてくださいな。ラベルが同じものもありますので気をつけて下さいまし」


 トレーズに言われた通り、ラベルを確認しながら箱から部品を一つずつ取って籠に入れていく。

 眼球の他には『ひじ(右)』『膝(右)』など、部位のラベルがあった。ひじやひざなどの手足は左右、腰など一つしかないものは大きめのものが一つ。部品というのはどれも丸い石のようなものばかりだった。わかりやすいように色分けされているものの、それらが何なのかを覚えるのがまず一苦労しそうだし、現時点では眼球以外がどういう部品なのかわからない。

 どれもこれも雑に扱っていいものとは思えなかったので、籠に入れる時はぶつけたり音がしないように慎重に入れていった。

 全てを入れ終わったところでトレーズを見る。


「終わりました」

「では、上に戻りましょう!」


 言われるがまま、階段を上がって工房に戻る。言われた通りに扉を閉め、今度は鍵をかけておいた。

 アインが作業台に戻るのを見て、それを追いかける。トレーズは、と言うと、壁に寄りかかっている自動人形のうちの一体を持ち上げ、大切そうに抱えて作業台に戻ってきた。


「今日は彼女を修復いたしましょう」

「は、はい……」


 作業台の上に横たえられる自動人形。

 黒髪のボブヘアで、トレーズと同じくメイド服を着用している。どこまでの精巧な人形にしか見えなくて、どうしてトレーズはこんなにも表情豊かなのだろうと不思議に思った。

 使い魔はみんなぬいぐるみで、手足や耳、尻尾などを縫えばよかったが、自動人形に関しては全く想像がつかない。


「まず、使い魔にしても自動人形にしても共通するのですが……『健全な精神は健全な肉体に宿る』というモットーを元に構成されておりますの」


 え。とルーナは声を上げて首を傾げてしまった。一体何の話だろうか。


「この言葉の言い出しっぺは人間だと聞いております。アタクシたちの核、いえ、精神のようなものはこの身に宿っており、余程のことがない限りは壊れません。けれど……体が壊れると、もうどうにもならないのです。魔法でどうにかできた問題ではありますけれど、アタクシたちを作られた高貴なるお方はそれを望みませんでした。……人間を愛するがゆえに、人間と同じような不自由を課したのですわ」


 人間を愛するが故に──。

 意味を測りかね、トレーズを見つめる。トレーズは目を細めてふっと笑った。


「要はここにいる使い魔も自動人形たちも……人間で言うところの怪我や病気をして動けなくなっている状態なのです」

「……えっ?! じゃ、じゃあ、ここにいる皆さんには意識が……?!」

「あります。もちろん、気を失って眠っている状態の者もおりますが……」


 涙が込み上げて来てしまった。

 人間である自分とは感覚が違うのはわかっている。

 しかし、倒れてから意識を持ったままここでずっと身動きができない状態ということだ。自分がその立場だったら、どんなに窮屈で苦しいだろうと想像してしまった。

 最初に直したあのネコのぬいぐるみが、あんなにも嬉しそうにここから出ていったのを思い出して、涙が零れそうになった。

 ぐいっと乱暴に目元を拭い、トレーズの両手をぎゅっと握り締める。


「トレーズ、私に皆さんの直し方を教えて下さい……! ……私はイェレミアス、様に、認められていませんけど、そんなことを知ったら無視なんてできません。どこまでできるかわかりませんけど、皆さんを直したいです……!」


 そう言うとトレーズがルーナをぎゅっと抱き締めた。

 突然のことに目を白黒させていると、トレーズが優しく囁く。


「……ありがとうございます、ルーナ。ここにいるみんな、今の言葉を嬉しく思っていますわ。きっとアナタを信じて何年でも待てるでしょう。

イェレミアス様にアナタのことを認めて貰えるようアタクシも取り計らいますわ。ルーナ……どうか、アタクシたちを見捨てないでくださいましね」


 見捨てるなんて、と言いたいが言葉にならない。

 屋敷に来てたかだか三日の人間の言葉などどこまで信じて貰えるだろう。

 けれど、トレーズもアインもルーナのことを必要としてくれている。偶然であっても何でも、今屋敷にいる人間はルーナだけ。ルーナしか、彼らを直せないのだ。

 ルーナは自分自身の目的も忘れて、トレーズの体をぎゅっと抱きしめ返した。

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