156.明日もきっと幸せで
三人の反応が怖い。
だが、この本心を隠したままでは到底一緒にいられないし、いるべきではないと思ったのだ。ただ、伝えたとしてルーナ自身どうしたいのかわからなかったし、三人からどんな言葉を向けられたいのかもわからなかった。いっそ「あり得ない」と切り捨てられた方がマシとすら感じている。
しかし、そんなルーナの気持ちとは裏腹に、頭に優しく手が乗った。
「まぁ、無理に一人に絞らなくてもいい」
編みかけの髪の毛をゆっくりと撫でながら優しく言うレミ。
言葉の意味がよくわからずに、恐る恐る顔を上げる。ふ、とレミがルーナを覗き込んできて、赤い目が「仕方ない」と言わんばかりに甘く見つめてくる。
その瞳には呆れも怒りも何もなく、ただただ真っ直ぐな好意だけがあった。
ルーナは言葉を忘れて呆然とするしかない。
「三人とも選んじゃっていいよ。僕、振られたくないから。
僕を選んだ後で他の二人を想われるのも嫌だし、選ばれなかった後で後悔されるのも真っ平ごめんだしね」
ルディは悪戯っぽく笑った後、何とも言えない表情で苦笑いを浮かべた。
レミ、ルディの反応を見たジェットが目を丸くし、すぐ呆れたように笑う。
「なんだ。結局そうなんの?」
「何を今更。お前がそう望んだんだろう」
「そりゃそうだけど。マジに捉えるとは思わなかったんだよ。……ルーナ、どうする?」
ジェットが笑う。誰か一人なんて選ばない、もしくは選べないだろうと言わんばかりの表情だった。それは本当にその通りで、たった一人を好きなのであれば悩まなかったのだ。
けれど、そうではなくて。
ルーナの答えを見透かしたような選択肢を用意されてしまってただただ戸惑う。
「どう、って……こ、困るよ。そんなの……」
「嫌なの?」
「嫌っていうか、おかしいよ……」
「嫌じゃないならいいじゃん。おかしくてもそれを責めるヒトなんかここにはいないし」
ルディにぽんぽんと言葉を重ねられてしまい、それ以上何も言えなくなってしまった。しかも、ルーナの戸惑いを見透かした上で、まるで選択肢を狭めているように感じる。
それ以外は許さないという雰囲気がひしひしと伝わってきた。
「……。……あの、ひょっとして、それしかない……?」
「お前が絶対に後悔しないって言うなら誰か一人選んでもいい。けど、誰も選ばないって選択肢はなし。選ぶなら今ここで選んで」
逃げ道を塞がれていることに気付いて愕然とした。
改めて三人を見つめると、三人とも楽しそうに笑っている。ルーナが困っているのを楽しんでいるようだ。釈然としない気持ちもあったが、いつの間にか選択肢が一つしかない状況にホッとしている自分がいることに気付く。
倫理観が邪魔をして積極的に選べないけれど、消極的になら選べてしまう。
心にチクリと棘が刺さるのを感じながら不格好に微笑んだ。
「私……三人の決めたことに文句なんか言えない、って言ったばっかりだよ」
答えとしては不適当かもしれないが、これもまた本心だった。三人によって救われたのだから三人の望むように生きたいという気持ちが根底にある。
レミもジェットもルディも一瞬だけ驚いてからおかしそうに笑った。
「そうだったな。なら、観念してオレたちと一緒にいてくれ」
「うん、ずっと一緒にいる。……ううん、一緒にいたい。一緒にいさせて」
レミの言葉に小さく頷いた後、自分の気持ちを添えた。
不意にルディがパンパンと両手を叩く。甘くなりかけた空気が現実に引き戻されるのを感じた。
「話もまとまったし、ご飯にしよ~。ジェット、早くルーナの髪の毛やってあげてよ」
「命令すんな。……やるけど」
「食事の準備はこれからレミも手伝うんだよ。食べないなら見てるだけでいいけど」
「……わかった」
ジェットに鏡の方を向き直るように言われて姿勢を正した。
ルディはともかくレミもジェットもそもそも頻繁に食事は必要としないのではと思い出し、鏡越しに彼らを見る。ルディが「今日はこれ付けて」とグリーンの石がついたバレッタをジェットに手渡して、リボンを回収していた。
「……そう言えば、生活は私に合わせてもらわなくても良いんじゃない、かな?」
「俺らがそうしたいだけだから気にすんな」
言いながらジェットが髪の毛を編んでいく。編みかけだったものを解いて一から編んでいた。
吸血鬼、悪魔、魔獣。それぞれの生活スタイルが本来どのようなものか、ルーナは知らない。好きに過ごせば良いのではないかと思ったが、その気はないようだ。全部自分に合わせてもらっていることに若干の気まずさを感じた。
すると、ルディが意味ありげに笑う。
「僕が一番ルーナの生活スタイルに近いからね。合わせないと僕が抜け駆けするんじゃないかって疑ってるんだよ、二人とも。だから気にしなくていいよ~」
「うっせーな、お前は」
「ぬ、抜け駆け?」
「僕たちはルーナとしたいことがたくさんあるんだよ。あ、ルーナの嫌がることはしないから安心してね」
したいこと──。
なんだろうと考え込んでしまった。ルーナの貧困な想像力では全く想像がつかない。
レミが小さくため息をつく。ルーナの思考を見透かしたようだ。
「まぁ、その話は別の機会に……。ルーナもしたいことや、誕生日に欲しいものを考えておいて欲しい」
「……。……うん」
「? 何かあるのか?」
ふと気になってしまった。
ルーナは人間である。せいぜいあと五十年程度しか生きられない。
一方、彼らは魔物と呼ばれており、寿命は人間よりも遥かに長い種族だ。「ずっと一緒にいたい」というのは、ルーナの寿命が尽きるまでであって、彼らと一緒には生きていけない。
今そんなことを考えてもしょうがないのはわかっていても、気になってしまう。
ぐ。と、手を握りしめてレミを見上げた。
「ずっと一緒にいたい、って言ったけど……いつまで一緒にいられるんだろうって、気になっちゃって」
レミが面食らったような顔をした後、すぐに困ったように笑った。
その表情から読み取れる感情は複雑で、聞いてはいけないことを聞いてしまった気分だ。
「永遠に。と言いたいところだが、その問題は追々解決していこう。……今すぐに決められることじゃない」
「はい、できた。──ルーナ、レミの言う通り今すぐどうこうって話じゃない。せめて何年か経ってから考えて、それからどうしたいか聞かせて」
ジェットが後ろ頭をぽんと叩く。いつも通り綺麗な仕上がりだった。
髪を留めているバレッタに触れながらジェットを振り返る。
「ありがとう。あと、その、わかった……もっとちゃんと考える」
「そうして」
レミ同様に困った顔をして笑うジェット。その顔がふっと近付いたかと思いきや、直前でぐいっと横に引っ張られた。何かと思えばルディに横から抱きしめられていた。
「もー、ジェットすぐ抜け駆けする!」
「……お前に言われたかねぇんだよ」
「ルーナ、ジェットはほっといてご飯にしよ! あ、そうそう。今度一緒に僕の故郷に行こうよ。南の方だから今の季節もあったかくて過ごしやすいよ~」
笑うルディに手を引かれて部屋を出る。
ちらりと振り返るとレミとジェットが呆れた顔をしながらつてきて、ルーナの横に並んだ。
三人に囲まれて、ルディの故郷の話を聞きながら「こんなに幸せでいいのか」と目を細める。
いまいち実感のないままルディをじっと見つめると、ルディが不思議そうに首を傾げた。
「……ルディ、大好き」
「へっ?!」
突然の発言にルディが目を見開いて驚き、じわりと顔を赤くした。こんな風に顔を赤くすることもあるんだと笑いながらジェットへと顔を向ける。
「ジェットも大好きだよ」
「どういう風の吹き回し?」
「言いたくなっただけ」
ジェットはルディと違って顔色一つ変えなかった。平然と受け取るのでこちらが恥ずかしくなってしまい、「えへへ」と笑って誤魔化す。
最後にレミを見ると、何を言われるのかわかっているのか期待するような戸惑ったような表情を浮かべていた。
「レミ」
「……ああ」
「大好き」
レミが小さく頷き、気恥ずかしそうな顔のまま眉間に皺を寄せる。
三者三様、それぞれ違う反応をするのがおかしくて少し笑ってしまった。
これまで以上に三人の色んな顔が見れるのかと思ったらワクワクしてくる。三人がルーナを大切にしてくれるように、ルーナも三人を大切にしたいし、「好き」とたくさん伝えていきたい。与えられるものは全て彼らに与えたいと心から願う。
望み通り、これからも三人と一緒にいられる。
今日はその一日目なのだと、胸を甘く痺れさせたのだった。
これにて完結です。ここまでお読みくださってありがとうございました!
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