151.『呪い』よりも大問題②
「で? 結局フェイと何を話してたんだ?」
ジェットに問われてぎくりとする。
話題が逸れたかと思ったのにまだ戻されてしまった。だが、やはり何をどう考えてもフェイとの話の内容は彼らには伝えられない。
ルーナの気持ちを告白することになるのだ。しかも三人の目の前で。
考えるだけで緊張するし恥ずかしくなる。
思いつめられた気持ちになりながら、「恥ずかしいし、勇気がいると思うけど」というフェイの言葉を思い出していた。フェイの言うことはいちいち的を射ていて、最後に押し倒されたことを除けば言ってることは間違ってなかったし、ルーナの心情や懸念を正しく汲み取っていた。
フェイは「あいつらにルーナちゃんの気持ちはわからん」とも言っていたが、まさにその通りである。
近付いてくるジェットの体をぐいっと押し退け、逃げるように顔を背けた。
「ひ、ひみつ」
「……秘密って。フェイとは話せて俺らには話せない内容って何なんだよ」
何って──。
かーーーっと顔が赤くなっていく。
「な、なに、その反応っ……やっぱり言えないような話をしてたんだ……?!」
ルディが何を勘違いしたのか、さぁーっと青褪めた。
レミもジェットも微妙な顔をしている。
ルーナの視線は忙しなく動いていた。三人を順に見つめたり、かと思えば見つめていられずに視線をあちこちに彷徨わせたり、とにかく落ち着かなかった。
フェイとの会話内容を言うのは恥ずかしいが、三人に誤解をさせていることにも気付いている。それをどう弁解しようかと必死に考えているのだ。
手を組んでもじもじさせながら、ごくりと喉を鳴らす。
上目遣いに三人の顔を順に眺めた。
「……こ、……心の、準備をさせて欲しいの」
「心の準備……?」
ルディが首を傾げる。怪訝そうな顔を見つめて、小さく頷いた。
「フェイさんとの話は……その、私へのアドバイスっていうか……私が悩んでることとか困ってること、話してもないのに言い当てられて……それで、こうした方がいいよって色々話してくれて……。
でも、自分の中でちゃんとまとまってないから……心の準備、する時間が欲しい……」
かなりつっかえたが何とか言えた。
三人の反応を見ると、微妙な表情のままだ。ジェットが不満そうに口を開く。
「悩みって何?」
「そ、れは……」
「あいつには悩みを相談できて俺らにはできないって?」
そういう意味じゃないのに上手く伝わらない。もどかしい気持ちのままジェットを見つめると、ジェットはどこか拗ねた顔をしていた。あまりこうい表情は見ないので、ぽかんと口を開けてまじまじと見つめる。
よくよく見ればレミもルディも拗ねたような顔をしていた。
話がうまく伝えられなくて拗ねたい気持ちはルーナもだったのに、なんだか毒気が抜かれてしまう。
そしてそっと視線を外して、ゆっくりと息を吐き出した。
「……ジェットたちのことで悩んでるのに、本人に相談なんてできないよ……」
ぽつり。と、落とすように言うと、視線が集中する。
ルディが勢いよく両肩を掴んできた。最近こんな展開ばっかりだ。
「ル、ルーナ、僕らのことで悩んでるって、な、なにを……?! え、僕何かしちゃった!? 『呪い』が解けたからもう一緒にいたくないとか嫌いになったとかクリスのことが好きになったとか──」
「ちがう、ちがうってば! そうじゃないから!」
「じゃあ何?!」
「一緒にいたくないとか嫌いになるなんてあり得ないし、むしろ逆で、す──」
うっかり妙なことを口走りそうになり、慌てて両手で口を押さえた。
ルディが気の抜けたような顔をしている。レミとジェットも目を見開いてルーナを凝視している。
視線に耐えきれなくて俯いた。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかるくらいに熱い。
「……じ、自分の気持ちを、ちゃんと考えて言葉にして伝えたいから……」
蚊の鳴くような声で何とか絞り出す。
両肩を掴んでいたルディの手が離れたのに気付き、そっと顔を上げた。
「悪かった、ルーナ。今朝、オレとルディは待つと言ったばかりだったな。
気持ちの整理がついたら教えてくれ」
レミが落ち着いた様子で言う。レミの言葉でジェットもルディも落ち着いたようだった。
「ジェットも。別にそこまでムキにならなくていいだろう」
「ムキになってるわけじゃねぇけど、……わかったよ」
当然ルーナもホッとしてようやくまともに三人の顔が見れるようになった。そっと手が伸びてきてレミの手が頭の上に乗る。ぽんぽんと優しく撫でられた。
レミの顔を覗き見ると優しく微笑んでいた。
その微笑みにドキッとして、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「とにかく、『呪い』が解けて良かった。……さっきはいきなり指輪を取り上げて悪かったな」
「ううん、大丈夫。あの指輪、『呪い』の象徴みたいな感じだったし、毎日外れないかハラハラしてたから……外せてよかった」
「ルーナにとっても良いものじゃなかったらなら、外すことができて安堵している」
そう言って笑うレミ。目障りだったと言い放った時の表情がちょっとだけ怖かったのは秘密だ。
左手を持ち上げて、それまで指輪が嵌まっていた薬指を見る。
ジェットが外して灰にしてしまったのでもうない。ようやくすっきりした気持ちになった。
左手をぎゅっと握りしめて、改めて三人の顔を見上げた。
「……あの。本当にありがとう。
私、ずっと死ぬことばっかり考えてて……そのために『生贄』になって『呪い』を受けたけど、そんな私にここまでしてくれて……『呪い』のせいで三人が危なくなることだってあったし、レミには……その、謝っても済まされることじゃないよね。
なのに、私──……」
不意にぼろっと涙が溢れてしまった。
一歩間違えたらレミが血を飲んで死んでいたかもしれないのだ。それが嫌で、怖くて逃げ出して、結局連れ戻されてしまった。その時には洗いざらい話したルーナを三人が受け入れてくれたから「死んでもいいな」と思った。村で酷い扱いを受けたまま死ぬよりも、ここで死ぬ方がずっと幸せだと思ったからだ。
けれど、クリスとフェイがやってきて『呪い』を解いてくれた。
レミ、ジェット、ルディの三人がいなかったらこんな未来は訪れなかった。
そう考えたら涙が止まらない。
「ご、ごめん。なんか……と、止まらなくて……」
「『呪い』、怖かったもんね。しょうがないよ。──でも、もうルーナは呪われてないから安心して」
優しく笑うルディがルーナの顔を覗き込んでくる。頬を撫でて、溢れる涙をそっと拭っていった。
そして、ぐっと顔が近付いたかと思えば、ルディが優しく涙を舐め取っていく。
びく。と、震えて慌ててルディの体を押し返すと、彼は不思議そうな顔をしていた。
「え? どうかした?」
「だ、だって、」
「えー? 僕が泣いた時もルーナはおんなじことしてくれたよ? 『呪い』もないんだし、もう大丈夫だよ~。心配しないで、ルーナ」
ルディが楽しそうに笑いながらルーナの目尻に唇を押し当てる。
確かにルディが泣いた時に涙を舐め取っていった──しかし、いざ自分がやられると急に恥ずかしくなってしまい、体が固まってしまった。なのに、涙は全然止まってくれないものだから気持ちは焦るばかりだ。
ルディの体を押し返そうとしたところで不意に後ろに引っ張られた。驚いて振り返るとジェットが苦い顔をしてルーナの腰を後ろから抱いている。
「ルディ、調子に乗るなよ」
「え~? だってルーナが泣いてるのはほっとけないもん」
「……。……ルーナ、あんまりルディの好きにさせるな」
「えっ?!」
どうしてこの流れで自分が叱られるのかわからずにジェットを凝視した。すると、ジェットは呆れた顔をしてルーナに顔を近づけてくる。驚いて距離を取ろうにも腰を抱かれているせいで身動きが取れない。
ぎゅうっと目を瞑ると、ルディが触れたのとは逆の目元に唇が触れた。
「……え」
「止まった? 涙」
「……あ。う、うん……?」
驚きのあまり涙が止まった。ジェットがルディと同じ行動をするとは思わなかったからだ。
呆然としているとレミのため息が聞こえてくる。
「ジェット、お前もだぞ」
「何が?」
「……ルーナ、疲れたんじゃないか? 今日はもう寝た方がいい」
「あ、うん」
レミがため息混じりに言うのを聞いて大人しく頷いた。
三人の様子が何だか変だなと思いながら部屋を出て、ルーナの部屋まで送られるのだった。
後5話です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




