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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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15.朝のひととき

 鳥の囀りが聞こえる。日が差し込んでいる。

 思いの外ぐっすりと眠ってしまっていたらしい。

 ルーナは覚醒するや否や、ガバっと起き上がり、慌ててベッドを降りようとした。

 しかし、ここが村ではないことを思い出し、動きを止める。


「……ルーナ、どうしたの。急に」


 くあ。と、ルディが欠伸をしながら顔を上げ、不思議そうにルーナを見た。ルディが横にいることで何故かホッとする。

 ここは村ではない。朝遅く起きようとも嫌味を飛ばしてくる祖父母はいないのだ。

 ルーナの傍にいるのはルディだけ。そのことがルーナをひどく安心させた。


「寝坊したのかと思ってびっくりしちゃったんです」

「寝坊? アインもトレーズも別に時間は指定してないよね?」

「……はい、そうですよね。なんか、前までのくせで……えへへ」


 こてんと首を傾げるルディを見て目を細める。

 例えば暗い森の中で遭遇したら、ルディを恐ろしいと感じただろう。しかし、朝日の差し込む明るい部屋の中、ベッドの上で横になるルディを恐ろしいとは感じない。

 しなやかな体。艶やかな毛並み。美しいグリーンの瞳。

 ルーナの知るどの動物とは異なるが、似ている部分もあって畏怖する存在ではない。

 本人(獣?)の人懐こい性格もあるだろう。

 無意識にルディを撫でようと手を伸ばしたところで、ハッとして慌てて手を引っ込めた。


「? ……ああ、撫でたい? いいよ、撫でても。首のところか耳の後ろがいいな~」


 すぐにルーナが何をしたいのか察したルディは笑いながらベッドの上で座り込む。どうぞ、と言いたげにルーナの方に頭を向けてくれた。

 一瞬本当にいいのだろうかと悩んだところで、ジェットの言葉を思い出してしまった。

 ここで辞退するのは、ルディの厚意を無下にする行為だ。


「じゃ、じゃあ、失礼します……」

「あ、撫でるならちゃんと撫でてね。中途半端だとくすぐったいだけだし」


 おっかなびっくり触ろうとしたところで釘を刺される。

 ちゃんとってどういう感じなんだろうと悩んでしまったが、村人が飼い犬をわしゃわしゃ撫でていたのを思い出した。あんな感じだろうかと考えながら、ルディのややボリューム感のある首元に触れる。

 思いのほかふんわりしていたのでびっくりした。


「えっ!? や、やわらか……?!」

「ふふふ、毛並みには自信があるんだ~」

「わぁー、ふわふわ……気持ちがいい……」


 ルディの首元は他と比べるとボリュームがあり、ふかふかしていた。その手触りを楽しむようにわしゃわしゃとかき混ぜて撫でるとルディは気持ちよさそうに目を細める。


「背中とかはちょっと固いかもしれないけどね。外側の毛だし」

「さ、触ってもいいですか……!」


 首元の毛だけでは飽き足らず、自分自身のうずうずした気持ちに逆らえずにうっかり聞いてしまった。

 (しまった!)と思ったのも一瞬のこと、ルディは機嫌良さそうにルーナを見て笑う。


「どうぞ~」

「わ、わー、ありがとうございます……」


 これまでであまり感じたことのないわくわく感を覚えて、ルディの背中に触ってゆっくりと撫でた。

 首回りの毛とは違い、するりと手が動く。

 その手触りはこれまで触ったどの動物の毛並みとも違っており、上等な布を触っているようだった。


「つやつや! すごい……ほんとうに、すごい毛並みですね……うっとりしちゃうような手触りです……! すみません、すごく感動してるんですけど、表す言葉がなくて……!」

「えっへへ~。人間に触られるのが久々だから、そういう誉め言葉って新鮮。そういえば、ルーナは昨日お風呂入ってたよね? ルーナもつやつやのすべすべだね」


 そう言うとルディはルーナの手をすり抜けて、頬ずりをしてきた。

 昨日までの自分だったら汚れなどが気になってこんなことできなかったが、トレーズに『しっかり』洗われた自覚がある。そのため、ルディの頬ずりを普通に受け入れることができた。


「……ルディはお日さまの匂いがしますね。すごく落ち着きます」

「!! レミやジェットはたまに獣臭いって言うけど、やっぱりそんなことないよね?」

「はい、全然そんなことないです。いい匂いですよ」


 ルディが頬ずりをやめ、やけに真剣な顔をした。ちょっと驚いてしまったが、俗に言う獣臭さなどは一切感じなかったので、こくこくと頷く。自分よりもレミやジェットは鼻がいいのかな、なんて思いつつ、ルーナにとってルディに匂いは全く気にならないどころかいい匂いなのは確かだった。

 村でたまに猫を抱きしめて深呼吸をしている人間を見たことがあるが、今はあの村人の気持ちがわかる。吸いたくなる気持ちが。

 吸いたくなる気持ちを抑えて、ルディからゆっくりと離れた。


「朝からすごく良い思いをさせていただきました。ありがとうございます、ルディ」


 そう言って頭を下げる。村にいた時を思い出したことなんて薄れてしまった。


「……ルーナ、丁寧だねぇ。笑顔でありがとー、でいいのに」

「う。性分というか、なんというか……」

「まぁいいや。変えられないことってあるもんね。──あ、そうだ」


 ルディがベッドを降りたところで振り返る。追いかけようとして、「そうだ」という言葉に動きを止めた。

 ベッドに両手をついた状態でルディを見つめる。

 視線が合うと、ルディは「にこ!」と音が聞こえてきそうな笑顔を見せた。


「おはよう、ルーナ」


 日の光を受けて、赤褐色の毛がきらきらと煌めく。

 眩しさに目を細めた。

 日の光とルディの毛並みの煌めきに刺激され、涙が溢れそうになる。


「おはようございます、ルディ……」



◇ ◇ ◇



 着替えをし、厨房を抜けて裏庭にある井戸水で顔を洗う。

 ルディは「朝ごはん取ってくるね」と言って山へと入ってしまった。トレーズが買ってきてくれたパンがあるので果物だけでいいと伝えたが、聞こえていたかどうか謎である。

 昨日、ジェットがやってくれた編み込みは自分ではできなかった。

 そもそも髪の毛を結ぶにしても後ろで一つにまとめるくらいしかしたことはなく、髪結いなど全くやったことがない。年頃の少女が髪の毛をあれこれアレンジしたり、綺麗な髪飾りなどをつけてオシャレを楽しんでいたのは知っている。けれど、それらをずっと自分とは無縁のものだと思ってきた。

 何となく持ってきてしまったリボンをポケットから取り出して見つめる。


(……結構嬉しかったな。練習したら、うまくできるようになるかな?)


 とりあえず今は無理だが、また時間がある時に練習しよう。

 昨日は、前髪がすっきりした状態で一日を過ごしてしまったために、今では前髪がすごく鬱陶しく感じる。リボンでまとめるだけでもマシになるだろうと思い、前髪を横に流して耳の上あたりにリボンで結んでみた。

 近くに鏡がないのでどんな状態なのかわからない。でも、視界はすっきりしている。


「下手くそ」

「うひゃぁっ?!」


 何故か目の前にジェットが立っていた。ルーナを見下ろしている。

 予想だにしなかった登場に驚いて、後ろに飛び下がった。運悪く下がった先の足元に石があり、バランスを崩して倒れそうになる。


「おっと」


 倒れることを覚悟して目を瞑ったところで、ジェットがルーナを抱き留めた。

 真上から顔を覗き込まれる形になって何故かドギマギする。誰かとこんな距離感で顔を突き合わせるなんてことはなかったし、相手がジェットなので余計に。

 ゆっくりと起こされて、その場で足元を確認しながら立った。


「驚かせて悪かった」

「い、いえ……大丈夫です……」

「もっとはっきり文句言えばいいのに」


 言えたら苦労はしない。村でのことを思い出すと言えなくなるだけだ。

 何も言えずにいるとジェットがため息をついた。ため息にぎくりとしていると、ジェットの手がリボンに触れた。


「ルーナ、顔貸して」


 昨日髪の毛を結って貰った時もこんなことを言われたと思い出している間にリボンが解かれてしまう。

 何もできず、緊張したまま立ち尽くす。

 ジェットはルーナの様子を気にした様子もなく、手櫛で軽く髪の毛を梳いてから、昨日と同じように慣れた手つきで前髪をするすると編み込んでいった。


「……あの、……どうして、やってくれるんですか?」

「ん? 嫌だった?」

「い、いえ、……う、嬉しいです。ありがとう、ございます……」

「じゃあ、いいじゃん」


 あっさりと言うジェットに戸惑う。昨日のことは気にしてないのだろうか。

 違うからこそ、というルディの言葉を思い出しながら、上目遣いにジェットを見つめた。


「あの……」


 言葉を紡ごうとして、何から言えばいいのか迷ってしまい、結果的に何も言えなくなった。喉の近くまで言葉が上がってくるのに、それが不思議な力で押し込められているようだ。

 ジェットがルーナを不審そうに見つめており、その視線に心が縮こまった。


「言いかけてやめるなよ。何か聞きたい?」

「う、す、すみませ」

「謝罪はいいから」

「えっと、その……なんで髪をやってくれるのかなとか、ジェットは男の人に見えるのにどうして上手なのかなとか、面倒じゃないのかなとか、昨日のこととか……色々、気になって、どれから話せばいいのかわからなくなっちゃって……」


 ルディの「言わない方がイライラしちゃう」という言葉も追加で思い出したので、頭の中にあったことを言えるだけ言ってしまった。

 こうして言葉にしてみると、我ながら結構どうでもいいことばっかり気にしている気がする。

 それでいて一々悩んでしまうのだから、目の前にいる相手が嫌な気持ちになるのも仕方がない気がした。

 ジェットの手が少しだけ止まり、彼が口を開くとの同時にまた手が動き出す。


「なんでやるのかはお前の前髪が鬱陶しいのと下手くそ過ぎて見てられなかったから。男なのは合ってるけど、上手な理由は秘密。あと、面倒と言えば面倒だけど鬱陶しいお前の姿が目に入るよりマシなだけ。……昨日のことは、まぁ、悪かった。お前がよわよわの人間だってことを忘れてた」


 最後の言葉はやけに歯切れが悪かった。

 「よわよわの人間」という言い回しが少しおかしくて、笑ってしまいそうになる。そうか、ジェットから見ると自分は「よわよわの人間」なのか、と。

 耳の上でリボンが結ばれる。昨日と同じ髪型になった。


「できたぜ」

「ジェット、ありがとう、ございます。……あの!」

「何?」

「やり方を、教えて欲しいって言ったら……お、教えてくれますか……?」


 ジェットが少し驚いた顔をする。それからルーナの頭をぽんぽんと軽く撫でた。


「気が向いたら教えてやるよ。──じゃ、またな」


 金の目を細めてそう言うと、ジェットはふっと姿を消してしまった。まるで最初からそこにはいなかったみたいに。

 神出鬼没で、口が悪くて、気紛れで、ちょっと怖い悪魔。

 よわよわなの人間なんかの髪を結ってくれる不思議な存在。

 ジェットの気が向いて編み込みを教えてくれる日が早く来たらいいな、と思うのだった。

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