149.幸せを願いながらも、
フェイに「お喋りをしよう」と言われて少々戸惑ってしまったが、三人が呪術師の様子を見に行っているなら仕方がない。それにこれまでフェイとこうして話す機会もなかったので、控えめに頷いた。
相変わらず魔法陣の中だ。
フェイは外側の床に腰を下ろして、にこにこと笑っている。
「ルーナちゃん、レミ君のどこが好きなん?」
「へっ?」
「え? レミ君のこと、好きやろ? どこが好きなんかなって不思議に思っただけやで?」
予想外の質問に言葉を失ってしまった。同時に顔がかーっと赤くなっていく。
「あの」「えっと」という言葉しか出てこず、彼の質問にまともに答えられそうにない。好きなところを挙げればいいだけの話で、恥ずかしくなる必要も何もないのに、今となっては何故か意識してしまって上手く答えられなかった。
フェイが楽しそうに首を傾げる。
「ジェット君とルディ君の好きなところでもええで。答えやすいやつから教えて」
更に二人のことまで追加されてしまい、ルーナの恥ずかしさはうなぎ登りだった。アインたち、使い魔と話す時はこんなに恥ずかしい思いはしなかったのに相手がフェイだというだけで恥ずかしくなってしまう。
戸惑っているとフェイがくすくすと笑う。
「自分にはそんなこと言えへんかな。恥ずかしくて」
「え、……あ、は、はい。あの、すごく、恥ずかしい、です……」
「そっかー、残念。でも、好きやろ? 三人のこと」
顔を真っ赤にしたまま、控えめにこくりと頷いた。
ルーナの反応を見たフェイが満足そうに笑う。
「あの三人、優しい?」
「はい……優しい、です」
「一緒にいて楽しい?」
「楽しいです……」
フェイは目を細め、優しげに微笑んで聞いてくる。その全てを肯定しながら、改めて「三人のことが好きだなぁ」と思っていた。嘘ついて悪かったな、怒ったりして悪かったなと言う気持ちがじわじわとせり上がってくる。謝ったはずのことを、もう一度謝罪して「平気なんかじゃない」と伝えたくなってきた。
一呼吸置いて、フェイが再度口を開く。
「ルーナちゃんは、今幸せ?」
何故か、屋敷に来てから今に至るまでを思い出していた。
ボロボロの状態で屋敷を訪れ、一旦は追い出されかけたが、ルディに誘われて屋敷に泊まることになった。アインに使い魔と自動人形の修復を任されて屋敷に滞在をした。ジェットが構ってくれるようになり、レミとも話をして正式に屋敷への滞在を許可された。
最初は怖いこともあったけれど、今となっては全てが懐かしい。
これまでからは考えられないくらいに──。
「はい、幸せです」
迷いなくはっきりと答えることできた。
一度死んで生まれ変わったようなものだ。死にかけのルーナを三人が救ってくれた。
そのことに感謝しない日はない。
胸に手を当てて、しみじみと自分に降り掛かった幸福について考えているとフェイが嬉しそうに笑う。
「良かった。それ聞けて満足やわ」
「フェイさんはどうしてそんなことを聞くんですか……?」
「うん? だって、やっぱり人間には幸せになって欲しいもん。まぁ、全員は無理なのわかっとるし現実的なやないけど自分の目に入った人間くらいは幸せになって欲しいわ。公平性に欠けるって言われるけどな」
やれやれと肩を落とすフェイ。
言っていることは天使っぽい。が、彼は堕天使である。それは解呪の時に見せた羽が証明している。とは言え、彼は堕天使っぽさも感じない。ルーナは天使を見たことがないし、堕天使だってフェイしか知らないが──クリスと同じく不思議な存在だった。
フェイの手がゆっくりと伸びてきて、ルーナの頭に乗る。よしよしと撫でられてしまい、少々戸惑ってしまった。
「あ、あの……?」
「ああ、いや。可愛くてつい。
もしあいつらがルーナちゃんを悲しませたり傷付けたりしたら飛んでくるからな。いつでも呼んでや」
撫でられながら言われ、返事に困る。そんな状況がピンと来ないのだ。
ルーナの戸惑いを察したフェイが手を止めて目を細める。
「……例えば、どこの馬の骨とも知らん女といちゃついとったり」
む。と、頬が膨らむ。
また想像してしまったのだ。──三人が知らない女の人と仲良くしているところを。
同時に悲しくもなる。自分じゃ駄目だよなぁという諦念とショックな気持ち。
「嫌なことは嫌って言わなあかんよ、ルーナちゃん」
「……嫌だなんて言える権利、私には──」
「ある。あるよ、ルーナちゃんには。だから、嘘ついたり我慢せんでええの」
ルーナの言葉を遮り、フェイがきっぱりと断言する。あまりにきっぱりと言い放つものだから驚いてフェイを凝視してしまった。フェイは楽しそうに、それでいて「大丈夫だから」と言わんばかりに頷いた。
ゆっくりと手が離れていく。フェイは後ろに手をついて、小さく息を吐きだした。
「一緒にいたいとか、このままここで暮らしたいとか……自分の意志はちゃんと伝えなあかん。
今朝、ジェット君がアホな気を回したみたいに勝手に『ルーナちゃんにとっての最良』を考え出す可能性があるからな。そのためにも嘘ついたり我慢したらあかんよって言うとるんや。自分は」
今朝のこと、フェイは知っているのか。
ジェットとのやり取りを思い出して少しだけ苦い気持ちになった。
普通に暮らした方が良いと言われて、悲しいような苦しいような気持ちだった。本心からそうした方がいいと言われてしまったらルーナは受け入れるしかないと思っている。しかし、そうじゃないなら、本心じゃないなら──フェイが今代弁してくれたように、許される限りここにいたい。三人と一緒にいたいのだ。
そう考えて、少し俯いてしまった。
「……本当に、言って良いんでしょうか」
「ええよ、言って。前も言ったけど、あいつらにルーナちゃんの繊細な気持ちなんてわかるはずないんや。だから言うだけやのうて、ちゃんと理解させなあかん」
言うだけじゃなく、理解してもらう。
そう言えば以前もルディと行き違いがあった。「戻れなくなっちゃう」という発言をルディが勘違いして、話が変にこじれたのだ。あれはルーナの言い方にも問題があったと今では反省している。
「せやから、あいつらのことをどう思っとるのかもちゃんと伝えたってな」
「えっ?!」
にっこり。と、聞こえてきそうなくらいのイイ笑顔をフェイが浮かべた。
「あ、あの、そ、それ、は……っ」
「大事なことやで? そうじゃないと、なんで一緒にいたいんかここで暮らしたいんか、理由がぼやけるやん。恥ずかしいかもしれへんし、勇気がいるかもしれへんけど……伝えん理由、ないやろ」
確かにない。が、考えただけで心臓がばくばくうるさいし、体の熱が上がってしまう。顔が熱を持つのがわかった。
一人でドギマギしているとフェイがちらりと窓を見てから、ゆっくりとルーナに近付いてくる。
ルーナが座り込んでいる魔法陣の中に入ってきたかと思えば、肩にそっと触れた。
「フェ、フェイさん……?」
「自分と練習しとく?」
「れ、れんしゅう???」
何のことだろうと疑問符をいっぱい浮かべていると、フェイは楽しそうに笑ってルーナの体を押し倒した。
とん。と背中に床が当たり、目の前には舌なめずりをしたフェイがこちらを見下ろしている。練習というのが一体何のことだかわからないルーナはひたすら戸惑うばかりだ。
投げ出された手のひらに、フェイが自分の手をゆっくりと重ねる。ぞわぞわする触れ方で、ビクッと手が震えてしまった。
「あ、あの! な、何してるんですか……!?」
「ほら。『好きです』って言ってみ?」
好きだと言う練習なのだろうか。
しかしフェイの目はどこか熱っぽくて、これまで抑えていたものが溢れてしまったようで──とにかく様子がおかしい。
今更身の危険を感じて慌てて押し返そうとするが、思いのほか力が強くてビクともしなかった。
「フェイさんっ、ど、どいて……!」
「え~? 自分めっちゃ頑張ったし我慢したし、ちょっとくらいご褒美あってもよーない?」
「いいわけないだろう」
レミの声が聞こえたその直後、フェイの体に何かがぶつかった。その衝撃でフェイの体が吹っ飛んで壁に叩きつけられる。
呆然としながら声のした方を見ながら起き上がると、レミ、ジェット、ルディ、そしてクリスの四人の姿があった。
四人とも怒った顔をしてフェイを睨みつけている。
フェイは、というと壁に叩きつけられたにも関わらず、けろっとした顔でふわふわと浮いていた。




