148.説教という名の
眠るルーナを見つめる。
体から『呪い』が受けた影響で気を失ったが、今は静かに眠っているようにしか見えない。
まさか呪詛返しを受けた呪術師がその足でやってくるなんてあり得ない話だ。余程しっかりと対策をしてない限り、呪詛返しを無効化するのは難しい。レミがクリスを連れて何らか手を下すようだし、フェイは完全に留守番だった。
魔法陣の傍に座り込む。正直、何もすることがない。
解呪が成功したとは言え、念の為しばらくは魔法陣の中にいてもらい、何かあった時に対処できるようにしておきたい。
「ヒマや~……ルーナちゃんにちょっかいかけたら死ぬしな~……」
ルーナを眺める以外ない状態である。
起きていればお喋りをしつつスキンシップなどを取って楽しむのだが、いかんせんそんなことをしようものならレミたちが烈火のごとく怒るのは目に見えている。レミにルーナの血を与えた関係で魔力は回復しているので氷漬けにされた上で砕かれる可能性もあった。そこまでドジを踏むほど弱いつもりもないが、クリスがルーナに好意を寄せてしまったというのも頭の痛い問題だ。
基本、フェイは人間の恋を応援している。
しかし、クリスは別だ。
(……ほんまに自分の言うこと、通じたんやろか)
昨日の夜、クリスに滾々と説教をした。
元々地頭もよく賢いのでフェイの言うことは理解しているはずだ。しかし、それが本当に通じたかどうかはわからない。
ルーナの寝顔を見ながら昨日のことを思い出していた。
◆ ◆ ◆
「いきなり結婚はないやろ」
「添い遂げてくれたら嬉しいと思っただけですよ。あと、気持ちが昂ってしまったのは認めます」
怒ったように言うが、クリスは飄々としていた。響いている手応えがなく、暖簾に腕押しだ。
「万が一、万が一、やで? ルーナちゃんが君との結婚を受け入れたとする。
そやけど、クリスは死ぬ方法が見つかった何よりも先に死ぬことを優先するやろ?
結婚してくれっちゅうたその口で、ルーナちゃんを遺して死ぬんか」
クリスが黙り込んだ。
恐らく、いや、確実にクリスは自分が死ぬ方法が見つかったら絶対に即座に死ぬ。そうじゃなくても方法を試す。ルーナがクリスを好きになるかどうかは別として、延々と自死を試し続ける人間と一緒にいて病まないなんてことはない。少なくともルーナはクリスが死のうとするたびに怯えて怖がって、徐々に精神を病んでいく。
そんな未来が簡単に想像できるのに、クリスの行動を認めるわけにはいかなかった。
「ルーナちゃんと生きとる間は死なない。死ぬ方法が見つかっても試さないって誓えるんやったらええけどな」
クリスはぼうっとフェイの言葉を聞いている。話は聞いているが、本当に伝わっているかどうかは自信がない。
「間違いなくルーナちゃんは『普通の人間』や。魔力もないし、健康状態も普通、寿命やって人間の枠を超えることはない。
まぁ寿命や老化はレミ君たちが何かしてしまうかもしれへんけど……その場合、レミ君たちはちゃんとルーナちゃんに対して責任持つやろ。自分らの都合で寿命延ばして老化を止めるか緩やかにするか、手ぇ出すんやから当然やな。
けど、クリスは? そこまで責任持てる?
病めるときも健やかなる時も──って、誓えるん?」
人間でありながら不老不死となったクリスは、『普通の人間』とまっとうな恋愛はできない。それは本人がよく知っているはずだ。
自身が不老不死であることを隠し、老いないことに疑問を持たれない年数だけ付き合い、その後はお別れする。そんな恋愛しかできないのだ。クリスだけが青年のまま、相手がどんどん老いていく──そんな現象を受け入れられる人間などいない。
いたとしても、クリスが少なからず罪悪感を覚えてしまうのだ。
ああ見えて、元々のクリスは繊細な青年だった。
相手にも傷付いて欲しくない。
クリスにだって傷付いて欲しくない。
それがフェイの素直な気持ちだった。
「フェイの言う通りです。死ぬ方法が見つかったら何を置いてもその方法を試すでしょう。
……勝手にルーナさんはそれを理解してくれるんじゃないかと思いました」
クリスは俯き、寂しそうに言う。
胸が痛むが、それでもクリスの都合にルーナを巻き込むわけにはいかない。
ルーナがクリスの事情を理解した上で受け入れると言うなら別だが、流石にそれはないだろう。
「久々に人間らしい感情を持てて嬉しかったんです。でも──私はもう、恋をすることすら許されないんですね……」
顔を上げてどこか遠くを見つめるクリス。その空色の目には虚無感が漂っていた。
長く一緒にいた分、どうしても同情が湧く。クリスの願いを叶えてやりたいと思う。だが、フェイにはその手伝いしかできない。
「……ちゃう。恋するな、とは言わん。自分が言いたいのはいきなり結婚は行き過ぎやってことや。クリスが努力してルーナちゃんに好きになってもらって、それで双方納得の上で結婚するなら何も言わんよ……。ちゃんと祝福したるわ。
君はルーナちゃんに言ってへんこと、知ってもらわなあかんことがたくさんあるやろ?
自分だけのためやのうて、ルーナちゃんも幸せになれるようにしてくれな困るわ」
先日の求婚は、何をどう考えてもクリスの都合のみのものだった。こんなにも厄介な人間の都合だけを優先した結婚など認められるはずもない。
クリスにして欲しいのは、まずルーナにきちんと向き合うことだった。
彼の人間らしい感情も恋心も、否定するつもりはない。
クリスは肩を落としてため息をついた。
「……わかりました。少し、考えます」
少ししか考えへんのかい。
と、突っ込みたい気持ちをぐっと堪え、「頼むで」と伝えた。そしてクリスがルーナに伝えなければいけないことを確認しようとしたところで、廊下がやけに騒がしいことに気付き、文句を言いに廊下へ出たのだった。
◆ ◆ ◆
フェイの言葉に対して「わかりました」と言うものの、諦めるつもりなのか、ちゃんとルーナに向き合うつもりなのかは見えてこなかった。
ルーナが受け入れるなら何も言わないが、それ以前の問題がある。
レミ、ジェット、ルディの存在だ。
「そんな関係じゃない」などと言っていたが、どう見ても三人はルーナに恋愛感情を持っている。ルーナも無自覚ではあるが三人に対して特別な感情を抱いているのは見ればわかった。四人の関係がどうなるのかはさておき、クリスにとっての最大の障害はあの三人だ。
クリスは三人に出会った当初、自暴自棄だったこともあって、かなり慇懃無礼な態度を取っていた。自分を殺せないと知るや否や「期待外れですね」「がっかりです」「人間一人も殺せないんですか」などと言い放って彼らの神経を逆撫でしていた実績がある。そのせいで、三人ともクリスのことを毛嫌いして、ついでにフェイのことも鬱陶しがっている。
「……自業自得やな。その辺は」
流石にそこまでフォローするつもりはない。
呪術師と同様で自分の言動の責任は自分で負うべきである。
「ん……あ、あれ……? 私、どうして……フェイ、さん……?」
ぼんやりしているとルーナが目を覚ます。ゆっくりと顔を動かしてフェイを見ると不思議そうな顔をしていた。
解呪の影響で自分が気絶したとは気付いてなさそうだ。
フェイは彼女が目を覚ましたことにホッとして、改めて彼女に向き合った。
「おはようさん。目ぇ覚ましてくれてよかったわ。
ルーナちゃんな、『呪い』が解けたことで気絶したんや。まぁ、普通の反応やから気にせんでな。どっか体がおかしいとか気持ち悪いとかない?」
魔法陣の中でルーナがゆっくりと身を起こす。自分の掌を見たり軽く体を動かしたりしてから、フェイへと視線を戻した。
「大丈夫みたい、です」
「そっか、良かったわ。レミ君たちは呪術師の様子見に行っとるよ。戻ってくるまで自分のお喋りしようや」
「え? は、はい……」
ルーナは不思議そうに首を傾げたが、「お喋りしよう」と言うセリフに大人しく頷いた。
仕草が小動物めいていて可愛い。庇護欲が唆られる。
レミたちが彼女に惹かれたのは決してそこだけではないはずだが、構って可愛がりたいという気持ちだけは理解ができた。




