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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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146.炎の残すもの

 ジェットは村のとある家に入り込んでいた。当然不法侵入である。

 小さな一軒家のひどく狭い部屋。

 藁でも敷いた方がマシじゃないかと思うくらいに汚れて潰れた布団と汚れた衣類が無造作に置かれている。

 ルーナが住んでいた家の、ルーナに宛がわれた僅かなスペース。


「……ただの物置じゃねぇか、こんなの」


 ぽつりと呟く。実際、物置を与えただけなのだろう。

 家人が眠っているのをいいことに家の中をあれこれと見て回ったが、ルーナが生活していたとわかる形跡はほとんどなかった。物置きの僅かなスペースとそこにある物だけが「ここにいた」と証明している。

 孫を大切にする祖父がいる一方で、こうもぞんざいに扱う祖父母がいるのが不思議だった。だが、その背景をルーナは語らないし、ジェットにも知りようがない。


「誰がいるのか……?!」


 しわがれた声が聞こえてくる。

 振り返ると老爺(ろうや)と老婆が手に明かりを持ってこちらを見つめている。


「ああ、丁度良かった。聞きたいことがあったんだよ。……お前らがルーナの祖父母?」

「な、なんなんだ、お前は! 勝手に上がり込んで……!」

「それにルーナだって? ふん、あんな役立たずはもういないよ。『生贄』として売り払ったんだから」


 役立たず。売り払った。

 道理で仕事をしている形跡も見当たらなかったわけだ。こういう田舎の村だと老人とて健康である限りは自分の食い扶持のために働いているものだが、裏に小さな畑があるだけだった。ルーナを働かせて得た収入、ルーナを売って得た収入で暮らしているのだろう。

 二人をじっと見つめる。二人共ジェットの視線に身を縮こまらせた。


(質問の答えになってねぇ……俺がむかつくからって理由だけで殺してもいいんだけど、こいつら寿命がもう長くねぇんだよな。どうしてやろう……)


「お前こそ何なんだ!?」

「え? あー、悪魔」

「あ、あ。あくまっ!?」


 老爺が素っ頓狂な声を上げる。しかし、見た目が人間だからか、老婆がフンと鼻で笑った。


「言うに事欠いて悪魔だって? もっとマシな嘘を吐くんだね、この不審者!」


 ジェットの見た目は完全に人間である。目の色が多少珍しい程度だ。

 老婆の方が面倒臭そうではあるが所詮人間である。しかも年老いている上に、ルーナと同じでほとんど魔力を持たない。それは老爺の方も同じで、魔力のない家系なのが見て取れた。

 ジェットは軽く肩を竦めると、右手を持ち上げて軽く揺らす。

 すると、何もない空間から無数の刃物──包丁から軍用の剣まで、ありとあらゆる刃物が出現し、その切っ先は全て二人に向けられた。

 突然のことに硬直する二人。


「まぁ勝手に入ったのは悪かったわ。あいつがどんなところで暮らしてて、どんなクソに囲まれてたのか知りたかっただけ」


 そう言って笑うが、目の前にいる老人二人は怯えるばかりで何も言わなかった。

 魔法に馴染みがない人間であれば恐怖に竦むのは当然と言えば当然だ。魔力で作られた刃物とはいえ、ほとんど本物と同じなのだから。

 宙に浮かぶ刃物を操作して、剣を二人の喉元に突き付ける。動けば刃が皮膚を切り裂きそうな距離で、逃げ出そうにも自分たちに向けられた刃物のせいで逃げられない状態だった。


「で、質問。お前らはルーナをどう扱ってた? お前らにとってルーナは何だった?」


 答えはない。どうしてそんなことを聞くのかわからないと言わんばかりだ。

 突然見知らぬ男が入ってきて、『生贄』として売り払った孫娘のことを聞いてくる──確かに意味不明な話である。無理やり聞き出してもよかったが、彼らの口から本心を聞きたかったので待ってみた。嘘などを言わないように、僅かに暗示をかけているが。

 やがて、老爺が唇を震わせながら動かした。


「……わ、儂らの言いつけを守らん(せがれ)が作った、どうしようもなく甘ったれた娘だった」

「続けて」

「あれほど言ったのに……村と子供を捨てていったアディソンの娘なんぞを結婚して、結局あの女とともに病気で死んだ馬鹿な息子だ。そんな馬鹿息子とあの女との子供を引き取って寝床と仕事を与えてやっただけでも感謝して欲しいくらいだ……」


 彼らの言うことを聞かなかった息子。村でも腫れ物扱いだった娘。そんな二人の間に生まれた子供がルーナだった、という話らしい。

 だからと言って辛く当たるのは全く理解ができなかった。


「そ、そうさ。引き取ってやっただけでも感謝して欲しいくらいだよ……こっちの生活だって苦しかったんだから」


 老婆が便乗してきたが、ジェットは「ふーん」と気のない返事をしてしまう。じっと見つめると、二人ともびくっと肩を震わせて縮こまっていた。


「お前ら、ルーナを殴ってたよな?」


 老爺は言葉を失い、気まずそうに視線を背ける。老婆は奥歯をギリッと噛み締めた。


「あれは……し、躾。そう躾だよ。あの子があんまりにも言うことを聞かないからね、殴って言い聞かせなきゃいけなかったんだ。村が流行り病で大変な時に転がり込んできて……! 馬鹿息子がちゃんと躾けてなかったから言うことを聞かせるのも一苦労で……! ちょっと厳しくしただけですぐ男に助けを求めようとするんだから、あの女と同じでとんだ売女(ばいた)だよ! あの」

「もういい」


 ガシャンと苛立たしげに刃物同士が擦れ合い、大きめの音を出した。ビクッと老婆が震えて口を閉ざす。

 老婆の言葉がヒートアップしていったので、二人を取り囲む刃物を使ったのだ。聞くに耐えない言葉を無理やり終わらせた。


「簡潔に答えろ。毎日殴ってたか?」

「……は、はい。ほ、ほとんど……」

「理由は?」

「……特に、ない」

「あいつの体には痣や古い傷がかなりあるんだけど、アレはお前らのせい?」


 老爺がジェットの様子を気にしながら答えていく。最後の質問への答えは間が空いた。ほとんど毎日理由もなく殴っていたのだから、ルーナの体の傷はこの二人のせいで間違いはないだろう。なのに、すぐに答えようとしない。流石に罪悪感があるのかと思ったら、一度は静かになった老婆が地団駄を踏んだ。


「あ、あの売女! 結局そうやって男を誑かしてこうやってあたしらに復讐しようってのかい! ああ、いやらしい! 汚らわしい! 汚くて貧相でも女は女だね! あたしがあんなに遠ざけてやったのに! ああ嫌だ嫌だ嫌だっ!!」


 狂ったように地団駄を踏んでその場で暴れ出す老婆。皮膚を刃物の切っ先が掠めていくのを気にも留めない。老爺が驚いたように彼女を見つめている。

 何なんだと驚いたが、このまま喋らせておくと耳が腐りそうだ。


「うっせーな、黙れよ」


 苛立たしげに言うのと同時に、周囲が闇に包まれた。僅かながらに月明かりなどが差し込んでいたが、それすらも届かない漆黒の闇と化す。

 不自然な暗さに驚いたのか、老爺が持っていたカンテラが床に落ちる。かろうじてカンテラの中の炎はまだ生きているが、周囲を照らすことはない。ただ、そこに小さな炎があるだけだ。

 ジェットの姿はなく、代わりにざぁっと深い闇が二人を襲う。


「な、なんだ……!?」

「ヒィィィ……!」


 底なし沼のように真っ暗な闇が二人を引きずり込んでいった。藻掻く二人を闇が見つめている。


「お前らがルーナを可愛がってたらこんなことにはならなかったのになぁ」

「な、なんっ……どこだ!? どこに行った!?」

「お前らには俺の姿は見えねぇよ」


 二人にとっては声が反響しているように聞こえているだろう。自分たちを引きずり込む闇が喋っているような気さえしたはずだ。実際そうなのだけど。

 殺そうとは考えていない。殺して終わりでは味気ない。

 恐怖を与え、老い先短い未来をに絶望させたかっただけだ。

 二人は闇に飲み込まれて、気を失った。


 そして、彼らが目を覚ます頃。

 老爺が取り落としたカンテラの炎が古い家に燃え広がり、彼らの住処をゆっくりと食い荒らしていった。二人は半狂乱になって家から出ていき、周囲に助けを求める。

 村人たちが「なんだなんだ」と眠い目を擦って出てきて火事に気付く。

 自分たちの家や周囲の木々に燃え移っては敵わないと消火活動をするが──ルーナの祖父母の家は丸々焼けてしまう。

 彼らの記憶にジェットとの会話は残らない。ただ誤って火を落としてしまい、それが燃え広がったと記憶されるだけだ。

 焼けていく家を前にへなへなとへたり込む二人を見てジェットはほくそ笑むのだった。

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