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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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136.行き場をなくした言葉と視線

 涙とは縁遠そうなクリスが泣いたことに誰も彼も言葉を失い、彼のことを凝視していた。

 クリスは自分が泣いていることに遅れて気付く。

 慌てるでもなく焦るでもなく、ゆっくりと自分の涙を拭っている。気恥ずかしそうに笑う姿はやはり普通の青年にしか見えない。

 だが、なんだか様子がおかしい。

 その目にはルーナしか映っておらず、ルーナを真っ直ぐに見つめている。

 ゆっくりと近付いて来たかと思いきや、淡く光る魔法陣の中にゆっくりと手を伸ばしてきた。魔法陣の中からルーナが出てしまわないように自分の手だけを差し入れて、ルーナの両手を下から掬い上げる。

 そして柔らかに微笑んだ。


「ルーナさん、私と結婚してください」

「……へ……?」


 何を言われたのかわからず、口をぽかんと開けて目の前のクリスを馬鹿みたいに見つめてしまった。

 しん。と、妙に静まり返った部屋の中。

 真っ先に反応したのはルディだった。


「はああああああああああああああああああああああああ!?」


 大声を上げて、慌てて魔法陣に近付いていく。

 そして魔法陣に触れないようにしながら、クリスを突き放すようにして手を強引に振りほどいてルーナから遠ざけた。


「いきなり何言ってんの?! け、結婚とか、ほんとに何!? 今してるのは解呪の話でしょ?! 結婚とか全っ然関係ないじゃん!」

「もちろんルーナさんの『呪い』は解きますよ。責任を持って私が『呪い』を引き受けます。その暁には結婚を──」

「いや、なんで!? なんで急に結婚とかそういう話になるわけ?! 絶対絶対ぜーーーったい認めない!!!」


 ルディが掴みかからんばかりの勢いでクリスに詰め寄る。クリスは笑顔のままルディを見つめ返しているが、どうにも話が通じているようには見えない。

 事態についていけず、おろおろしているとルーナのすぐ傍にはいつの間にかレミとジェットもいた。


「マジで何なんだ? 『呪い』のせいで頭がどっかおかしくなったのかよ」

「いえいえ、私は正常ですよ。いやー、本当にあるんですね、恋に落ちる瞬間」

「気色が悪い。どうして急にそんな発想に至ったんだ……」


 結婚。

 その単語を自分の中で何度も繰り返す。要は父と母の関係性。夫婦になるということだ。どうしてクリスがそんなことを言い出したのか全くわからなかった。

 魔法陣の中から出たいが、指輪がないから魔法陣の外に出ることができない。指輪はクリスが持っているはずだ。

 困ったようにレミとジェットの間からクリスを見るとさっきと同じく優しげに微笑んできた。


「もう数百年死ぬことばかりを考えてきたんです。いくら苦しくとも痛くとも、ただ死にさえすれば良いと。そのためにあらゆる方法で自分を痛めつけてきました。全てが徒労に終わり、痛みと苦しみの記憶があるだけです。

 ですが、今のルーナさんの言葉で思い出したんです。

 死ぬなら、ベッドの上で眠るように死にたいと思っていたことを。ルーナさんが傍にいてくれたらその気持ちを忘れずにいられるかもしれないと思ったんです。自分でもここ百年ほどはかなり自暴自棄だったと反省しました。

 それに、私に苦しんで欲しくないと言われたも初めてに近くて、久しぶりに他人の優しさに触れたので……嬉しくなりました」


 胸に手を当ててしんみりと言うクリス。それは素直な心情の吐露にも見えたが、どこか演技かかって見える。

 他人に苦しんで欲しくないという気持ちを持つのは普通ではないだろうか。それにルーナはクリスが目の前で苦しむ姿を見ているからこそ、もう二度と自分のせいであんな目に遭う誰かの姿を見たくないと思っただけだ。ある意味、とても自分本位な言葉だったと思う。

 だから、そんな自分の言葉をまともに受け止められても──と、ひどく戸惑った。


「……ク、クリスさん」

「はい、何でしょう」

「他人に苦しんで欲しくない、という気持ちは別に特別じゃなくて、普通だと思います。そんなことを言うの、私に限ったものじゃないというか……」

「そりゃそうだ。別にルーナじゃなくて良いだろ、相手は。探せばいくらでもいる」


 ジェットが頷いている。不機嫌そうなジェットを見ながらそうだよなぁと思い、ホッとしてしまった。

 しかし、クリスは困ったように首を傾げる。


「私はね、自分の身の上を話せる相手がなかなかいません。人間なら尚更です。うっかり話そうものなら不老不死になる方法を聞いてきたり、自分もそうなりたいという輩に絡まれるんです。だから、もうかなりの間、人間とは上辺だけの付き合いしかしてきてません。同種族なのにね。

 けど、他の種族は私のことなんか他人事ですよ、実際他人ですし。面白がって殺そうとする相手もいます。

 私が不老不死だと知って生きている人間は貴女だけなんです、ルーナさん。それだけで貴女は特別な存在ですよ」


 クリスは真っ直ぐにルーナを見つめている。

 でも、だからって結婚?

 彼の発想は飛躍しすぎているように思えて現実感がない。プロポーズをされたというのに戸惑うばかりだった。そもそもルーナは「結婚」なんて考えたこともなかったので混乱しかない。彼への返事などあってないようなものだ。

 レミが不機嫌そうな顔で口を開く。


「それはお前の都合だろう。勝手にルーナを巻き込むな」

「ええ、そうですね。自分でも驚いてます。ちょっと色々と急ぎすぎましたし、今後じっくり──」

「クリス」


 言葉を遮ったのはレミではなく、フェイだった。

 それまで静観していたのにひどく怒った顔をしてクリスを睨んでいる。なまじ顔が整っているせいで凄みがあった。

 ずかずかとクリスに近づき、その体をルーナたちから遠ざけるように押しのける。クリスは驚いた顔をして「おっと」と言いながらよろめき、後ろに数歩下がっていた。

 フェイは氷のように冷たい目でクリスを見つめている。


「お前の地獄に他の人間(ルーナちゃん)を付き合わせるな」

「……フェイ」


 静かな怒りを滲ませるフェイ。クリスは驚いた顔のままフェイを見つめ返している。

 これまでずっとクリスを庇うような発言をしてきたフェイがこんな行動をするのは予想外で、ルーナだけではなくレミたちも驚いた様子だった。

 いつもニコニコと笑っていて明るい彼からは考えられないような静かな怒り。


「クリス、お前が今おるのは間違いなく地獄や。『普通の人間』と(ちご)うて年も取れん、どんだけ時間が経っても死ねへんのはほんまに苦痛やと思う。誰か傍におらんとおかしくなりそうなんもわかる。自分がその役割に対して不足しとるのもようわかる」


 そこまではフェイは淡々と冷静に話をしていた。

 しかし、次の瞬間には抑えていた怒りを露わにする。


「そやけど、だとしても! 『普通の人間』を付き合わせるな。不幸な人間を増やす気か?」


 言い終わったところで、フェイがくるりと振り返った。

 そして魔法陣の中に手を差し込んでくる。手を出すように言われて、おずおずと手を差し出すと指輪がころりと転がってきた。どうやらさっきクリスを押しのけた時に奪い取ったらしい。


「フェイさん……?」

「ごめんな、ルーナちゃん。今日はもうあかんわ。指輪してからレミ君たちと部屋に戻ってや。クリスに説教させてや」


 そう言ってフェイはルーナの頭をそっと撫でた。

 受け取った指輪とフェイを見比べてから、指輪を元の指に付け直す。それからそっと魔法陣の中から出た。


「ルーナ、だいじょぶ?」

「う、うん。驚いたけど、大丈夫……」


 ルディがルーナの両手を握りしめる。レミとジェットも心配そうにルーナを見つめていた。


「あいつの言うことは真に受けるなよ」

「ああ、どこまで本気かわかんねぇしな」

「失礼ですね、私はいつも本気ですよ」

「「「うるさい」」」


 後ろからしれっと発言するクリスに対して三人が全く同時に突っ込んだ。クリスは苦笑している。

 ルディに「行こう」と手を引かれて歩き出す。


 クリスが気になって振り返るが、クリスはフェイに何事か言われてるようだ。

 だが、部屋を出る瞬間に目が合う。

 淋しげに笑うのが目に入り、ひどく動揺してしまった。

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