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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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134.優しい匂いと疑わしい手

 その後、ジェットとルディが作ってくれたという朝食兼昼食を食べた。

 それからもう一眠りして、夜また目を覚ましてご飯を食べて、薬を飲んで寝たのだ。ずっと眠っていたのでまだ少し頭がぼんやりしていて、寝すぎてだるい、という感じである。

 しかし、昨日のような喉の違和感や熱はないし、視界もすっかり綺麗に見えるようになっていた。

 ゆっくりと体を起こしたところで、額から濡れタオルが落ちた。それを拾い上げてレミのことを思い出して、くすりと笑いながら周囲を見回した。

 当然レミの姿はなく、アインたちがベッドで一緒に寝ているだけだ。


「……あーーー」


 試しに声を出してみると何の問題もなく声が出た。つっかえたり、喉が痛い感じもない。ほっとしながら胸を撫でおろす。

 ベッドの上にいたアインがむくりと起き上がり、ルーナの顔を覗き込んだ。


「ルーナ、調子はどうですか?」

「うん、大丈夫みたい」

「良かったです! ああ、でも無理はしないでくださいね」


 アインが慌てて付け足していた。けれど、昨日がイレギュラーだっただけで通常に戻っただけだ。

 ちょっと笑いながらゆっくりとベッドを降りる。

 普段通りのルーチンをこなすべく、厨房へと向かった──。


 厨房に辿り着くと、普段とは違う光景が広がっていた。

 クリスとフェイが料理をしており、面白くなさそうにルディが監視している。

 そんな光景を目の当たりにして出入り口で足を止めてしまった。


「ルーナさん、おはようございます」

「おはようさん」

「……お、はようございま、す……?」


 にこやかに声をかけられて首を傾げながら挨拶を返す。ちらりとルディを見ると不満そうな顔をしながらルーナに近付いてくる。


「おはよ、ルーナ」

「おはよう、ルディ。あの、機嫌悪そうだね……?」


 不安に思いながら聞いてみると、ルディが無言でルーナの両手を握りしめた。無言のまま上下に揺らし、口を尖らせている。

 その仕草はまるで小さな子供のようで微笑ましくなった。


「あいつらが厨房使いたいって言うから~……」

「そ、そうなんだ?」

「私は普通の人間ですからね。ルーナさんと同じで三食食事が必要なんです」


 奥で料理をしているクリスがけろっとした様子で口を挟んでくる。何を作っているのかは見えないが、野菜を洗っているようだ。フェイは傍で見ているだけだった。

 あと、パンでも焼いてるようで美味しそうな匂いが漂ってくる。

 クリスの視線がルーナに向けられた。


「ルーナさんの分も作りましょうか? 良かったらルディさんの分も」

「えっ」


 思わず声を上げてしまった。何ならルーナがクリスの分を作るべきだったのではと思ったのだ。なんせ、レミが「客として扱ってくれ」と言っていたので。

 クリスはにこやかにルーナとルディを見つめている。

 恐る恐るルディを見上げると何とも言えずに微妙な顔をしていた。そんなルディを見てクリスが肩を竦める。


「本当に普通に料理をしているだけなので、変なものは出しませんよ。ルーナさんは病み上がりですし、負担を減らす意味でも」

「……何作ってるの?」

「エッグ──いえ、マフィンに卵を乗せたものです。マフィンはもう焼きあがりますよ。あとはサラダとフルーツですね」

「それってあれでしょ。エッグ・ベネ、何とか……ルーナ、食べたい?」


 ルディがルーナを見る。

 食べたことがないものだったので興味が湧いたことはルディに伝わってしまったらしい。あとは「負担を減らす」という言葉にルディが反応したのも見ていた。

 どう反応しようかと迷っていると、ルディが軽く肩を竦める。


「流石にルーナのご飯に変なものを入れたりして怒らせるような真似はしないから大丈夫だと思うよ」

「──ああ、ルディさんは以前のことを気にしているのですね。その節は申し訳ございませんでした」


 む。と、ルディが口を尖らせる。二人の間に何かあったらしい。

 フェイはマフィンが焼けるのを楽しそうに眺めており、ルディとクリスのやり取りには欠片も興味を示していない。クリスはもちろんのこと、フェイもフェイで不思議な存在だ。


「ルディさんには期待しています。私の願いを叶えてくださるまでは妙な真似は一切しませんよ。ルディさんに機嫌を損ねられても困りますしね」


 クリスの願い。それを聞いて思わずルディを凝視してしまった。ルディはルーナの視線に気付いて気まずそうな顔をしている。

 そこで初めてクリスは性格が悪いのかもしれないと思ってしまう。

 わざわざルーナがいるところでこんなことを口にしてルディにプレッシャーをかけているようにしか見えない。


「まぁ、とりあえずお二人の分も作らせていただきます」


 そう言ってクリスは洗い終わった野菜をかごに移し替えている。手際が良く、普段から料理をしているのがわかる手つきだった。

 ルーナはルディに「ちょっとごめんね」と断ってから手を離す。

 料理をしているクリスに近付いていった。ルディは渋々といった様子でルーナの後をついてくる。

 クリスはルーナが近付いてくるのを見てにこやかに笑う。


「どうかしましたか? あ、嫌いなものがあれば教えて下さいね」

「いえ、あの。手伝います」

「え?」


 声を上げたのは他でもないクリスだ。レタスを千切る手を止め、ルーナをまじまじと見つめてくる。その視線はこれまで向けられたことがないものだったので妙に落ち着かなかった。

 しかし、それもほんの僅かな時間のこと。

 すぐに普段通りの穏やかな笑みを浮かべた。


「ふふ、ありがとうございます。優しいですね、ルーナさんは」

「……そういうわけじゃないです。作ってもらうわけですから当然です」


 クリスは変わらずニコニコしている。

 第一印象は決して悪くなかった、むしろ良かったくらいなのに、少しずつ不信感が増していく。ルディたちがクリスのことを気に入らないのはこういった不信感の積み重ねのように感じた。

 ルーナのすぐ後ろにいたルディが小さくため息をつく。


「ルーナが手伝うなら僕も手伝うよ。フォークとか出しとくね」


 そう言って食器のしまわれている棚に向かった。それを肩越しに見送ってから、ぐるりと周囲を見回す。


「じゃあ、私はフルーツを切ります」

「助かります。果肉が思いの外柔らかくて困ってたので」

「そう、なんですね」


 調理台に無造作に置いてあるのは洋梨だった。黄色と緑が入り混じったような皮は瑞々しく見える。

 気軽に引き受けてしまったが、洋梨などなかなか食べたことがない。上手く皮を剥いて切り分けられるか心配だった。が、やると言った以上、やるしかない。

 四等分して、中の種を取って──というところで、クリスの言う通り果肉が柔らかくて潰してしまいそうだった。自分だけが食べるのであれば潰れても気にしないが、ルディも食べるのだ。できる限り綺麗に剥きたいと思って慎重に包丁を入れていった。


「へー、ルーナちゃん手際いいー」

「わっ」

「こら、フェイ。包丁を使っている時に邪魔しちゃだめですよ」

「あー、そっか。怪我でもしたら大変やもんな。黙っときますー」


 丁度一つ目の皮むきまで終わったところだったので良かったが、突然背後から声をかけられて驚いてしまった。フェイを嗜めるクリスに感謝は覚えるものの、やはり何とも言えない心地になる。

 切り分けた洋梨をお皿に盛り付けて一息つく。


「ありがとうございます。あとは私がやりますので、テーブルで待っていてください」


 クリスは焼き上がったマフィンと卵を準備していた。エッグ・何とかはどういう食べ物なのか気になる。


「……見てていいですか?」

「え? もちろん、良いですよ」

「ありがとうございます」


 そう言って少し離れてクリスが何を作るのかを眺める。

 気付けば、食器の準備を終えたルディがルーナのすぐ後ろに立った。ちらりと振り返ったところで、何故かルディが後ろからおぶさるように抱き着いてきて目を白黒させてしまう。


「ル、ルディ?」

「気にしないで。僕も見たいだけだから」


 なら良いかと気にせずクリスの手元を眺める。ベーコンエッグを作って、それをマフィンの上に乗せていた。更にあらかじめ作っておいたと思しきソースをかけている。こんな食べ物があるかと興味深く見つめてしまい、料理をしながらクリスがおかしそうに笑った。


 その後、出来上がった『エッグ・ベネディクト』とサラダ、そして洋梨を厨房のテーブルで食べることになった。

 普段はルディとジェットと一緒に食べるので空いた席にクリスとフェイが座るのに違和感がある。もちろんそれを口に出したりはしない。

 クリスとフェイが絶え間なく何か話すので必然的にルーナもルディも何かしら話すことになった。ルーナは料理について色々聞いてみたり、ルディはこれまで二人がどんなところに行っていたのかを聞いていた。

 二人は嫌な顔ひとつせずに会話を楽しんでいる。

 あまりに普通な光景。それが不思議で──どこか恐ろしかった。

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