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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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13.気遣いと不和

 湯から上がった後、にこにこ顔のトレーズが待ち構えていた。手には大きなタオルを持っている。


「トレーズ! 自分でできますので……!」

「あら、そうですか? ではどうぞ」


 これ以上、トレーズに管轄外の仕事をして貰う必要はない。

 トレーズからタオルを受け取り、自分の体を拭いていく。あちこち汚れていたのが嘘みたいに全身綺麗になっていた。つやつや、すべすべ。いい匂いもする。自分の体ではないみたいだ。

 トレーズの仕事は決して人間向けではなかったが、終わってみると清々しい気持ちである。だからと言ってもう一度トレーズに洗われたいかと言うと、全力で首を振るが。

 腕や足を見ると、痣や傷跡があった。

 これまで当たり前にあったものなので気にも留めなかったが、改めて見ると──あまり気持ちの良いものではない。


「ルーナ、これ何?」

「ひいっ?!」


 腕にある古い傷跡に触れたのはジェットだった。神出鬼没である。

 びっくりしてバッと自分の体をタオルで覆い隠した。


「む、村で暮らしている時に結構ぶつけて……あの、力仕事とかもやってましたので、こういう傷や痣は日常茶飯事で……」


 ジェットの視線から逃れるように顔を背ける。

 事実ではないが、全部が全部嘘でもない。

 虐待とはいかないまでも、ルーナの存在が軽んじられていた結果だ。汚いものを見るかのように蔑まれたり、小突かれたり、邪魔だと押しのけられたり──とにかく村の中では一番下の扱いだった。けれど、怪我をしたり病気をしたりしてルーナが動けなくなるのは困るようで、痛むことはあっても動けなくなるようなことはされなかった。

 痣の跡も、傷跡も、そういったことを思い出す。

 自分の惨めさを思い出して俯いてしまった。


「……トレーズ、何かねぇの? 人間用の薬とか」

「ありませんわねぇ。見たところ時間が経っているものもあるようですので跡を消すのは難しいのではないでしょうか。それに、古い傷に効果のあるものはお高いのですわ」


 言いながら、トレーズがルーナが被っているタオルに触れて、わしゃわしゃと髪の毛を優しく拭いてくれる。体を洗っていた時の手つきとは大違いだった。


「となると、レミか……」

「イェレミアス様でしたら、何かしらできるかと……でも、アタクシは反対ですわ。今のイェレミアス様のお手を煩わせたくありません」


 二人はルーナの体のことを問い詰めるわけでもなく、責めるわけでもなく、治療について考えているらしい。

 ジェットもトレーズも、別にルーナの体のことなんてどうでもいいだろうに、その様子が不思議だった。

 しかし、それとは別に疑問と不安が湧く。


「……あの、体が醜いと、……イェレミアス様に、血を飲んでいただくことは、できないんでしょうか?」


 二人を見比べ、おずおずと口を開く。

 タオルの隙間から見えるトレーズは目を見開き、驚いた様子を見せた。

 ルーナがそんなことを言うなんて思わなかった、と言わんばかりの表情である。変なことを言っただろうかと不安になったところで、突然トレーズにぎゅううっと抱きしめられた。


「ルーナ、気にしなくて大丈夫でしてよ! イェレミアス様はお優しい方なので、そんなことで人間を選別したりしませんもの。ルーナの気持ちがあれば大丈夫ですわ。イェレミアス様に血を飲んでいただけるように頑張りましょうね! アタクシも微力ながらお手伝いしますわ!!!」


 わけがわからない状態だったが、彼女は興奮しているようだった。

 ルーナにはレミに血を飲んで欲しい理由がある。

 そして、レミをあるじとして仕えているトレーズは自ら血を捧げる人間に対して好意的なのだろう。ルーナにレミの吸血事情はわからないが、そういう意味ではルーナの「血を飲んで欲しい」という気持ちがある発言は嬉しいものだったに違いない。

 アインも同様なのか、口元に両手を当てて目を輝かせている。


(……そんなに喜んでもらえることじゃないんだけどな)


 『何故』、血を飲んで欲しいかは絶対に言えない。

 暗澹あんたんとした気持ちのままでトレーズに抱きしめられていると、ジェットが不審そうにルーナを見ているのに気付いた。

 自分の気持ちを見透かされそうなのが怖くて、その視線に気付かないふりをする。


「ですが、イェレミアス様のためにも身なりはきちんとしましょう! さぁ、こちらの服に着替えてくださいまし」


 トレーズがルーナを開放したかと思いきや、どこからともかくワンピースを取り出した。

 村の人間から与えられたただ白いだけの薄く簡素なワンピースではない。生地のしっかりしたちゃんとした水色のワンピースだった。


「他にも色々用意しまして、さきほど昨日使っていた部屋に置いておきました。お仕事の時はエプロンさえしていただければ大丈夫ですわ。お金の関係で十分に用意できたとは言えません……そのうち必要な分は買い足しますので、今はある分で」

「ト、トレーズ!」


 さぁ着ろと言わんばかりにワンピースを押し付けられたところでワンピースを押し返してしまう。トレーズは驚いた顔をしてルーナを見つめ返した。

 流石にここまでしてもらう理由はない。

 半ばパニックになって、しっとりと濡れたままの髪の毛をぐしゃりと掴んだ。


「こ、ここまで……して貰う理由が、ありません……こ、んな、こんな──!」

「あら? ミミたちを直してくれたじゃありませんか。これはそのお礼だと思っていただけません?」

「ミ、ミミ……?」

「一番最初に直していただいたネコの名前ですわ。動けるのが嬉しいみたいで楽しく働いておりますの。あの調子だとまた手足が取れてしまいそうで心配ですが」


 最初に直した黒いネコのぬいぐるみ。

 「やったー!」と嬉しそうに跳ねてものすごい速さで工房を出ていったのを思い出す。

 けれど、一晩部屋を借りたお礼のつもりだった。更にその対価を与えられるのは違う気がする。


「で、でも……」

「ルーナ。ワタクシもアナタに感謝しています。それに、アナタは今日だけでなく、明日も彼らを直してくれるつもりでいるでしょう? ……その気持ちへのお礼だと思って、どうか受け取ってくれませんか?」


 アインにも言われてしまい、一度口を噤んだ。

 置いて貰う代わりに使い魔たちを直す、というつもりだったのに、話がどんどん大きくなっている気がする。嬉しい気持ちがないわけではないが、分不相応だと感じてしまうのだ。裁縫だって料理だって人並みレベルしかできないのに、こんなことをしてもらっていいのか? と。

 受け取れずにまごついていると、大きなため息が聞こえた。


「……お前さぁ、今更その服を返して来いって言ってる? 街までどんだけあると思ってんだよ。それに一度人の手に渡ったものが元の値段で売れるわけねぇし、お前が拒否してる時間が無駄なのがわかんねぇの? あと、お前のためであってお前のためじゃねぇんだよ。みすぼらしい格好でいる方が迷惑」


 呆れと苛立ち交じりのジェットの言葉にびくりと肩が震え、心が冷えた。

 確かにトレーズが用意した衣類はルーナが受け取らなければ無駄になるし、わざわざ街に行って買ってきたトレーズの厚意と行動を踏み躙ることになってしまう。しかも、トレーズたちが掃除をしているのに自分が汚れた格好でいるのはおかしい。

 そのことに思い当たらなかったことが急激に恥ずかしくなる。

 おずおずとトレーズを見上げ、ワンピースに手を伸ばした。スカートの端を軽く掴む。


「ご、ごめんなさい……断れる立場じゃ、なかったです。ありがたく、……着させていただきます」


 やっぱりジェットが怖い。彼の視線を気にしながらそう言うしかなかった。


「よ、良かったですわ! サイズも多分大丈夫だと思います。ルーナの気持ちを考えずに先走った行動をしてしまいましたけど、ここにアナタが来てくれて、こうしてアタクシの仲間たちを直してくれることがほんっとうに嬉しいのです。そのことだけは、覚えておいてくださいましね!」


 トレーズもジェットのことを気にしているせいで早口になってしまった。アインは午前中の失敗があるせいか、口を挟むことはしない。

 アインも、トレーズもジェットの動向を気にしている。

 ルーナのせいだ。自分のせいで、この場の空気を悪くしてしまい、ルーナ自身もジェットを気にしている。

 彼の機嫌を損ねることはしたくない、というのが共通の気持ちのような気がした。

 

「……チッ」


 やがて、ジェットが苛立たしげに舌打ちをして、浴室からふっと姿を消した。

 出ていったことにホッとする反面、落ち着かない気持ちになる。

 服を脱がされた時に一緒に解いてしまったくすんだピンクのリボンが棚の上に置いてある。

 わざわざ自らの手で髪を結ってくれたこと。可愛いと褒めてくれたこと。偉いと頭を撫でてくれたこと。

 それら全て、悪魔の気紛れだったのだと自分に言い聞かせ、その気紛れに感謝することだけを考えた。

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