124.気は進まないけれど①
そして夜。
再度クリスたちが使っている客間へと訪れた。ルディに手を引かれて室内に入ると、フェイがにこやかに笑って出迎えてくれた。ルディは不機嫌そうにフェイを一瞥するだけだ。
魔法陣は変わらずにあるものの、午前中に見た黒い血の跡は綺麗さっぱりなくなっている。
「次は何をするんだ?」
「はい、ご説明させていただきますね」
レミに聞かれたクリスは何事もなかったかのように笑顔で頷いた。
自分が死ぬために苦しむことを承知で呪われた血を飲んだ彼。無害そうな印象から一転して不気味な存在へとなってしまい、ルーナは妙に緊張していた。
「骨に呪いがかけられているということは、何らか呪術的な痕跡があるはずです。呪文や術式などが刻まれていると踏んでますので、それを写し取りたいと思います。それができると話がすごく早くて、解呪の可能性がかなり上がります」
「……あの、写し取ることなんてできるんですか? 骨、ですよね?」
緊張したまま聞いてみると、クリスがちょっと驚いてからすぐに笑みを湛えた。
どうやらルーナが質問してくるのは予想外であったらしい。これまでレミやジェット、ルディが逐一口を挟んでいたので、そう感じるのもしょうがない。
しかし、三人に任せきりではいけないと思ったのだ。
三人は確かにルーナのことを心配して気遣ってくれているが、それに甘えてばかりもいられない。他ならぬ自分のことなのだから、自分が率先して動くべきである。
「難しいですができますよ。ルーナさんのご協力が必要ですが」
「協力って、どういうものですか?」
血はもう渡してしまったので、服を脱いだりと言うことだろうか。
そんなことを考える間、クリスがちらりとレミたちを見てからルーナに視線を戻した。
「『呪い』がある部分の地肌に触れさせて欲しいのです」
地肌──。つまりは説明があった通り、胸や背中あたりになる。触られる部分としては非常に微妙なところだった。
やや俯き気味になって考え込んだ。
正直に言えば抵抗がある。が、『呪い』を解ける確率が上がると言われているのに断るのも変な話だ。
ふと視線を感じて顔を上げる。
レミ、ジェット、ルディの三人がじーーーっとルーナを見つめていた。彼らの表情もまた微妙なもので、口に出すことはしないものの嫌そうな雰囲気を感じ取った。
三人が嫌なら断ろうかな、という考えが脳裏を過ぎる。
だが、「僕らの顔色を窺って欲しいわけじゃない」というルディの言葉を思い出し、ぎゅっとルディの手を握り返す。
「それは大丈夫、なんですけど……全部脱ぐんでしょうか?」
「ああ、すみません。言葉足らずでしたね。別室で一度脱いでから上に何か羽織っていただいて……隙間から触らせてもらいます。流石にこの場で裸になって欲しいなんて言いませんよ」
思わずホッとしてしまった。それくらいなら問題なさそうだ。
「……どさくさに紛れて変なところ触るつもりじゃねぇよな?」
ボソッとジェットが呟いた。やけに刺々しい言い方から察するに不満そうだ。
以前はルーナのことを貧相だのなんだのと言っていたのに。
「こんなことを言うと怒られそうですが、私は貴方がたと違ってルーナさんの裸には興味はありませんので」
「マジでさっさと死ね」
「フェイならどさくさに紛れて触るでしょうけど、私はそんなことしませんしフェイには触らせませんよ」
「ちょぉ!? あんまりひどいこと言わんでくれる?」
ジェットとフェイからツッコミを受けながらも、クリスはにこやかだった。何か言われるのを楽しんでいる雰囲気すらある。
ルーナはジェットの「死ね」という言葉にドキッとしてしまったのに。
ずっと穏やかで落ち着き払った態度でいるせいで彼が普通の青年であると勘違いしそうになった。しかし、その度に血を吐く彼の姿がフラッシュバックするのだ。
「長く生き過ぎて性欲がめっきりなくなってしまって……興味が持てるといいんですけどね」
何故かルーナを見つめて笑うものだから戸惑う。どう反応していいかわからずに俯くしかなかった。
「そういう目でルーナを見るな」
ルーナが困っているのを察したのか、レミが一歩前に出てルーナを隠すように腕を広げる。クリスなそんなレミを見て困ったように笑って肩を竦めた。
「失礼しました。ただの冗談のつもりだったんですが、冗談にはならないんですね。貴方がたにとっては」
「余計なことを言うな。……面白くないがルーナが良いと言うならオレたちは何も言わない」
「……結構文句言ってくるくせに。ええかっこしいも大概にせぇよ」
「うるさい」
フェイがうんざりした顔で言う。レミが冷たく睨んだ。
レミたちが彼らを嫌うのはしょうがないにしても少々ヒヤヒヤしてしまう。ルーナも村で散々な暴言を浴びせられてきたせいで、時折その言葉を思い出してしまうのだ。クリス以外、フェイも言葉に刺々しくなることがあるので、一歩間違うと前にジェットとルディがやっていたような喧嘩になるのではないかと不安だった。
とは言え、ルーナが何か言える立場ではない。
「では、ルーナさん。隣の部屋で脱いできて貰えますか? 羽織るものはこちらで」
そう言ってクリスがどこからともなく取り出したのは大判の布だった。マントと言っても差し支えないくらいの大きさだ。色は白で清潔そうに見える。
ルーナはそれを受け取ってから念の為にレミたちの様子を窺った。顔色を窺って欲しくないとは言われたが、やはりどうしても反応が気になるのだ。
案の定、面白くなさそうな顔をしていた明確に文句は言わなかった。
客間と隣の部屋は繋がっているので、隣の部屋に移動して衣類を全て脱いだ。
いつだったか、ジェットが「貧相」と言い放った体を見下ろす。あの時から多少肉がついてふっくらはしたものの、ガリガリだったのが普通手前くらいになっただけだ。お世辞にも肉付きは良いとは言えないので貧相なのは変わってない。
上から布を羽織る。思いの外、端を引きずってしまいそうに大きかった。
胸や股などが見えないようにと自分の体を隠してみてもどうにも心許ない。一部を腰に巻きつけるようにしてみたがずり落ちてしまいそうだ。
試行錯誤した後、あまりみんなを待たせてはいけないと思い、意を決して部屋を出た。
「ご、ごめんなさい。お待たせしました」
「いいえ、待ってませんよ。色々ご不安もあるでしょうしね。こちらへどうぞ、ルーナさん」
にこやかに言うのはクリスだった。
午前中と同じく、魔法陣の中へ誘いながらルーナの姿をじっと見つめる。何かおかしかっただろうかと不安になったところで、クリスがジェットを見た。
「ジェットさん」
「あ? 何だよ」
「コートを貸してください」
「なん──」
「じゃないと私の上着を彼女に着せることになりますよ」
ジェットは一瞬驚いた顔をしてから何も言わずにコートを脱いだ。そしてルーナに近づいてきて脱いだコートを肩にかける。
おずおずとジェットを見上げた。
「ありがとう。ジェット」
「いい。気にすんな」
そう言ってジェットは離れていってしまった。
これでコートを羽織っていれば布は動かせるし、前だけを布で隠せば問題ない、はずだ。
内心ほっとしながらゆっくりと魔法陣の中に入って、中に置かれている椅子にそっと座った。ルーナが中に入ったのを確認してからクリスが入ってきて、正面の椅子に座る。
「では、まずは指輪を外しましょう」
「はい」
言われた通りに指輪を外すと、横からフェイの手が伸びてきた。魔法陣の外側にいるフェイに指輪を手渡す。
「さて、と。ルーナさん、よく知らない男に触られるなんて嫌でしょうけど、少しの間我慢しててくださいね」
「変な言い方しないでよね〜。お医者さんみたいにしてればいいじゃん」
「あはは、それもそうですね。失礼しました。……では、呪文を写し取りますので、嫌な感じがしたら教えてください。あ、痛みはないはずです、多分」
「た、多分……」
思わず反芻してしまった。万が一痛みがあったら嫌だなぁと思いながらクリスを見つめる。
クリスはルーナの顔を見て「大丈夫ですよ」と言いたげな笑みを浮かべながら、そっと手を伸ばしてきた。




