123.運命の外側をなぞって③
ルディの手を握ったままフェイを見る。フェイは目を丸くしてルーナを見つめ返した。
「あの、フェイさん。私って本当に不運なんでしょうか?」
「えっ? ……うーん、難しいこと聞くなぁ」
フェイは困ったように笑いながら腕組みをする。
真剣な顔をするルーナの横顔を、ルディが驚いたまま見つめていた。
「勝手に『生贄』にされて、呪われて、この屋敷に来てルディ君たちに会えた──それらを線として考えたら確かに不運とはちゃうかもしれへん。そやけど、そうやってまとめて悪いことやなかったって言ってええ問題ちゃうと思うで」
「え……」
「一歩間違えたら君は死んでたんやから。無理に自分は不運やなかったとか、今が幸せとか考えん方がええよ」
そう言ってフェイは真っ直ぐにルーナを見つめた。
まるで心配するような視線である。どうしてそんな目で見るのかわからない。
「君ちょっと危ういな。そういうの、あんまり深く考えたらあかんで。大体ただの結果論やしな。……ルディ君、ちゃんと見といてやらなあかんよ、その子のこと」
「い、言われるまでもないし」
ふ。とフェイが笑う。見た目はルディと同じくらいか少し年下くらいに見えるのに、時折見せる仕草は大人びていた。容姿が整っているせいでそういった仕草が様になる。
フェイは手にしていた小瓶をルーナに手渡す。
小瓶を恐る恐る受け取って、フェイと小瓶とを見比べた。
「寝る前な。ベッドに入る直前くらいにぐいっと飲み干して、そんで寝てや」
「はい、わかりました」
「ええ子。残りは早めに用意するから、できたら渡すわ」
こくりと頷いてみせるとフェイが満足げに笑った。
頭を撫でるためなのか手が伸びてくる──が、その手はルディによって振り払われてしまう。フェイは一瞬だけびっくりした顔を見せ、すぐにやれやれと肩を落とした。
「ったく。ちょっとくらいええやろ」
「ダメに決まってるでしょ~。キミが触るとそれだけじゃ済まないじゃん」
それだけじゃ済まないと言うのはどういうことだろうか。首を傾げてフェイを凝視してしまった。
「ルーナちゃんに誤解されるからやめてや」
「誤解じゃないでしょ」
「はいはい、もう触りませーん」
そう言ってフェイが両手を上げた。言葉通り何もしませんという意思表示だ。
部屋を去るべく背を向けたと思ったら、一歩進んだだけですぐに振り返った。
「あ、あと一個。これはクリスからの言付け。夜に残りの検査したいからまた部屋まで来てや」
「わ、かりました」
まだ検査があるのか。解呪のために必要だと言うのならば断ることはできない。脳裏に血を吐くクリスの姿がちらつくが、あまり考えないようにした。
ルーナの言葉を聞いたフェイはひらひらと手を振りながら部屋を出ていく。
扉が閉められたところで、ほっと息を吐き出してしまった。
彼が急にやってきたことには驚いたし緊張もした。ルディが来てくれなかったらまともに会話ができていたかどうかもわからない。
「ルーナ、大丈夫?」
「えっ。う、うん、大丈夫だよ。……びっくりしたけど」
ルディが心配そうにルーナの顔を覗き込んできた。わたわたと答えてから、手に持った小瓶を持ち上げる。
「飲みたくない?」
「ううん、流石にそんなことは……薬なのに綺麗だなって思っただけ」
ちょっと笑いながら答えて、ベッドのすぐ横にある小さなテーブルに置いておく。読みかけとまだ読めてない本が重ねて置いてあるので若干雑多になってきた。
どんな味がするのかくらい聞いておけばよかったなと思う。
「アイン」
「は、はい!」
「使い魔と自動人形たちにクリスかフェイがルーナに接触してきたらすぐ僕らに知らせるように伝えてくれる?」
それまで蚊帳の外だったアインは急に呼びかけられて驚いた様子だったが、ルディの言葉にこくりと頷いた。
右手を持ち上げてわかったことをアピールする。
「かしこまりました。では、早速伝えてまいります!」
そう言ってアインはベッドを降り、走って部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送ってからルディが控えめにルーナを見る。
「……あのさ」
「うん?」
「さっきの話なんだけど」
「さっき???」
ルーナを見つめるルディの言葉に首を傾げる。さっきと言われても色々と話をしたせいで、どれのことだがすぐに思い当たらなかった。
ルディは少々言いづらそうに口を動かす。
「ほら、……結果的に僕に会えた、って……」
「……あ」
気恥ずかしげに言うルディを見て、ルーナも気まずくなってしまった。
かーっと顔が赤くなってしまう。
自分の全てが「不運」だと言われたみたいでどうしても反論したくなったのだ。ルディたちに会えたことは決して不運や不幸の一部ではない、と。極論、『生贄』になったからルディに会えた、と言う結論になったが、フェイはそれを苦々しく感じているようだった。
何も言えずにいると、小瓶を受け取るために一度離した手を、今度はルディが握ってきた。
手があつい。
「嬉しかった」
「……う、うん」
あついのは手だけではなく、ルディの視線もあつかった。
その視線を真っ直ぐ受け止めるには恥ずかしすぎて、ルーナは俯くしかない。
どうしてこんな気持ちになるのか、ルディに見つめられているだけでむず痒くなるのかわからなかった。
「だからかな、ちょっと悔しいんだ」
思いもよらぬ言葉に思わず顔を上げた。
バチッと目が合い、またも頬が熱を持つ。ルディは目を細めて笑う。
「悔しいって、どうして……?」
「ルーナの『呪い』さ、僕じゃ解けないから。呪術に関しての知識がないのもそうだし、仮に知識があったとしてもあんまり相性がよくないっぽいから……大したことはできなかったと思う。レミやジェットがやるんだったら安心して任せられてたけど……クリスとフェイなんだもん。余計に悔しくって」
ルディたちが彼らをよく思ってないのはわかっている。それでも彼らに任せることにしたのはルーナの『呪い』を解くのにうってつけだったからだ。嫌なことを我慢させているようで申し訳ない気分になってしまう。
ルディの手をそっと握りしめ返しながら、控えめにルディを見つめ返した。
「な、なんか、ごめんね。私が──」
「あっ、ごめん! 別にルーナが悪いとかじゃないからね! それは誤解しないで!」
「……でも、私はルディが嫌がること、したくなかったから」
「あー……うーん、な、なんだろ。嬉しいんだけどちょっと複雑だよ~。それでルーナの『呪い』が解けないままは困るもん」
ルディが困った顔をして笑い、ルーナを優しく見つめた。
「ルーナが僕の顔色ばっかり窺うのは嫌だな。そういう関係になりたいわけじゃないから」
じゃあどういう関係がいいのか。そう聞きたくても、何故か聞けなかった。
ルーナだってルディとどういう関係を築きたいのかいまいちわからないからだ。ふわふわしていると言い換えてもいい。
不意にルディがルーナの手を握る手に力を込める。
「あのさ、ルーナ」
「う、うん?」
「ちょっとだけ抱きしめても良い?」
「えっ……!?」
突然のことに当たり前のように驚き、動揺した。
思えば横抱きにされたり肩を抱かれたりと何だかんだで接触は多かったが、こうやって改めて聞かれると流石に心臓がバクバクする。
じいっとルディに見つめられている。
嫌なわけではなく、ただただ恥ずかしいだけだ。
「……私で良ければ、ど、どうぞ」
おずおずと頷くと、ルディがおかしそうに笑った。ゆっくりと手を離してルーナに向き合う。
「良ければ、って……ルーナしかいないのに」
笑いながら言うと、ルディはゆっくりとルーナを抱きしめた。
ぽふ、とルディの胸に顔を埋める形になる。魔獣の姿の時と同じく、おひさまの匂いがした。
抱きしめられているという状況に緊張してしまって、さっきから心臓がうるさい。この音はルディに聞こえてやしないだろうか。そう考えると一層緊張が大きくなった。
「ルーナ、ドキドキしてる?」
「え、ぅ……し、して、る」
「そっか~。えへへ、僕も緊張してる。……なんだろ、照れくさいね、こういうの」
ルディの声と体温にドキドキして、それ以上何も言えなくなった。
緊張をよそにルディは何事もなかったかのようにルーナからそっと手を離す。微かに顔が赤く見えた。
「ごめんね、急に。嫌じゃなかった?」
「……い、嫌じゃなかった」
「そっか、よかった」
安堵の表情を浮かべるルディ。
嫌じゃない。が、この気持ちは何なのだろうか。
はっきりさせたいような、曖昧なままにしておきたいような、不思議な気持ちだった。




