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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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12.きまぐれバスタイム

 トレーズに先導され、ジェットが向かった先は想像通り浴室だった。

 本来なら黴だらけでもおかしくないのに、ここもとても綺麗に保たれている。放置する場所と管理する場所が徹底的に分けられていて、使わないだろう客室などは荒れ放題だった。

 結構な人数が入れそうな浴槽には水が張られている。

 トレーズが浴槽の傍に佇み、水をぱしゃぱしゃと叩いた。


「さぁさぁ! ジェット様、この水を温めてくださいまし!」

「……湯沸かしに俺を使う奴は初めてだわ」

「本当ならこんなお願いをすべきでないのはよぉく存じております。ですが、今こういったことができるのはジェット様しかいないのですわ」

「はいはい、わかってるって……」


 本来、ジェットは怠惰な質であまりこういうことに乗り気ではない。更に吸血鬼に仕えている自動人形ドールの『お願い』を聞くなど考えたこともなかった。

 だが、今は「まぁいいか」と思っている。

 というのも、やはりレミのことがあるからと、レミのことがダメでも『育てて食う』という手段に興味が湧いたからだ。どちらにしても暇つぶしには丁度いい。


「──アタクシはアインとは考えが違いますので、イェレミアス様がルーナを気に入らないのであればジェット様とルディ様がお召し上がりになればいいと思っておりますわ」


 水に触れたところでトレーズが静かに言う。

 少なくともトレーズとアインには嘘がなく、嘘を吐く必要性もないので話をしていて気楽だった。


「へぇ?」

「だって、あるじであるイェレミアス・フォン・ブラッドヴァール様が気に入らない人間を屋敷に置くこと自体、おかしいでしょう?」


 目を細めてトレーズを見れば、悪意も他意もなさそうににこにこと笑っていた。


「ですが、人間が屋敷にいてくれた方がいいのは事実ですので……イェレミアス様が彼女を気に入るように、そして血を飲んでいただけるように……精一杯努めますわ。これもその一環です」


 アインよりはトレーズの方が話は通じそうだ。しかし、会話をしていて面白いのは断然アインだった。

 他の使い魔も自動人形もそれぞれ個性がある。もっと命令をはっきりさせ、優先順位を揃えることも可能だったろう。しかし、この屋敷を建て、使い魔や自動人形たちに命を吹き込んだ吸血鬼はそうしなかった。

 それぞれに個性を与え、その個性を愛していたのだ。

 人間が個性豊かであるように。

 その考えに一定の理解は示すが、ジェットはそんな面倒なことなど絶対にしない。


「で? どのくらいの温度?」

「さあ?」

「おい」

「でも、熱すぎるとルーナが火傷をしていまいますわね。最悪死んでしまう」


 トレーズの本来の仕事から外れているのでわからないらしい。ジェットも人間が気持ちよく感じる温度など考えたこともなかったので正直ピンと来ない。

 とりあえず沸騰ギリギリまで温めて、気泡がぼこっと上がったところでこれは流石にまずいと思い直し、温度を下げた。

 人肌程度にまで温度を下げてみる。


「これで良いだろ」

「流石ジェット様! 頼りになりますわ……イェレミアス様がお認めになるだけ──いえ、逆ですわね。失礼いたしました。ジェット様のお眼鏡に適うイェレミアス様はやはり素晴らしいお方ですのね!」


 実際のところ、アインの失言などは笑って済ませられる程度だった。ただ、どこかで釘を差しておかないと今後絶対に自分をレミの下に見るだろうと予想したからの行動だ。正直、それは全く面白くない。

 対して、トレーズはその辺りを弁えているようだ。

 言葉遊びレベルだが、今この場で持ち上げるべき相手をよくわかっている。

 トレーズを見て小さく笑う。トレーズは相変わらずにこにこと笑っていた。


「まぁ、温度は調整してやるよ」

「重ね重ねありがとうございます」


 そう言ってトレーズは深々と頭を下げるのだった。



◇ ◇ ◇



 ルーナが浴室に辿り着くと、あれよあれよという間に服を脱がされてしまった。

 指輪だけは「大切なものなので……!」と、何とか死守をしてつけたままでいられた。

 トレーズに背を押されて、浴槽のある洗い場に立たされる。相手が人間じゃないとは言え、裸を見られるなんて経験はなかったので隠せるところを手で隠した。

 湯気が浮かぶ浴室で、少しだけ震える。


「あら? 少し寒いのでしょうか? ──ジェット様ー!」

「悪魔使い荒いんだよお前」

「きゃああああああああ!?!?!」


 トレーズしかいなかったはずなのに、どこからかジェットが姿を表した。

 思わずその場にしゃがみこみ、ジェットに背を向ける。


「……ルーナ、お前のその貧相な体を見て、俺が欲情するとでも……?」

「んまぁっ! ジェット様、レディに対してその物言いはどうかと思いましてよ?!」

「お前が呼んだんだろうが。ったく。何なんだ、お前らは……」


 ジェットの呆れ声が聞こえる。ジェットのことなどさっぱり理解できないが、トレーズのこともわからない。この場で頼りになりそうなのは浴室の入口でオロオロしているアインだけだ。

 というか、水と拭くものさえ貸して貰えれば自分で何とかするのに。

 洗い場の寒さにちょっと震えつつしゃがみ込んでいると、ゆっくりと室内の温度が上がっていった。


「ルーナ、どうですか? 暑くないですか?」


 しゃがみ込むルーナの顔をトレーズが覗き込んできた。トレーズはメイド服を着たままだ。


「あれ、温かくなってきた……? 暑くないです……さっきより全然いいです……」

「ジェット様、今の温度で良いみたいですわ」

「はいはい」


 どうやらジェットが室温を高めてくれたらしい。一体何をどうやっているのだろう。「厳密には魔法じゃない」と言うジェットの言葉を思い出しながら、悪魔というのは随分と何でもできるのだと感心してしまった。

 が、そんなしみじみとした気分も一瞬のこと。

 ひどく温いお湯を頭からバシャッとかけられた。

 室温との差もあり、ぶるっと震えて固まってしまった。


「トレーズ! もっと丁寧にやってあげてくださいぃ!」

「管轄外のお仕事なのでご容赦願いますわ!」


 洗い場を覗き込むアインが声を張る。負けじと声を張り上げるトレーズ。ジェットがおかしそうに笑っていた。


「てか、これだと湯は温いのか。──ルーナ、どのくらいの温度が良い?」

「……も、もう少し、温かいと……」

「……このくらい?」


 ジェットが湯に手を突っ込んでルーナを見る。自分で確かめてくれという意味合いだと理解し、そっと手を伸ばして自分も湯に触れた。

 じわじわと湯が温かくなっていくのがわかる。

 まともにお湯を使ったのはいつだったかな、と遠い目をしてしまった。


「……ぁ、これくらいがいい、です」


 控えめに申告するとジェットが湯から手を引いた。

 解いてしまった髪の隙間からジェットを見ると、ルーナを見て笑うのが見える。さっきのこともあって気恥ずかしくなってしまい、ぱっと顔を背けた。

 ジェットは無駄に長居をする気はないらしく、室温と湯を温めて仕事は終了のようだ。

 ゆっくりと立ち上がるのを見て、慌ててその姿を目で追う。


「あ、あの! ジェット……っ!」


 名を呼ぶと、ジェットがルーナを見下ろす。その視線を受け止めながら口を開いた。


「うん? 何?」

「……ありがとう、ございます。わざわざ、こんな……私なんかの──」

「礼ならトレーズに言いな。そいつが俺に頼んだんだから。ま、俺は一旦こっから出てく」


 そう言うとジェットはふっと姿を消してしまった。最初からそこにはいなかったみたいに。

 ジェットの言葉に従い、トレーズを見る。


「トレーズ、ありがとうございます」

「いいんですのよ、ルーナ。普段は別の自動人形の管轄なので不手際はありますが、これもお仕事ですから。けれど、イェレミアス様のお屋敷に住む以上はきちんとした身なりでないといけませんので。……さて、洗いますので大人しくしていてくださいましね」


 言いながら、トレーズが柔らかそうな布と石鹸を構える。

 何となく凄みのある笑顔に何も言えなくなった。


 トレーズが「管轄外の仕事」だと言っていた意味は、数秒後に身を以て理解した。 

 全身泡だらけになったと思ったら激流に飲まれ──台風に巻き込まれたようだった。

 容赦なく洗われて全身ピカピカ。ただし、どっと疲れてしまった。

 アインが申し訳無さそうに「大丈夫ですか?」と聞いて、「なんとか……」と答えるのが精一杯だったのだ。


 だが、足を伸ばせるくらいに広い浴槽のお湯に浸かるのは初めてだった。

 トレーズがルーナを洗いながら教えてくれたが、この浴室は元々昔奉公に来ていた人間が使っていたらしい。今のようにお湯を用意して、石鹸で体も洗っていたそうだ。

 すごい世界だなぁと思いつつ、こんな贅沢を覚えてしまって良いのだろうかという不安も芽生えた。


 これはきっと死へのはなむけだ。

 気紛れで優しい天使が最期くらい良い思いをさせようと計らってくれたのではないか。

 その代わり、『生贄』としての仕事を忘れるなと、囁かれているようでもあった。

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