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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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118.血を乞う瞳

 ルーナは質問への答えをクリスに向ける前に、ぐるっと三人を振り返った。

 焦った様子で突然振り返ったルーナを見たレミもジェットもルディも少なからず驚いている。ルーナはそんな三人の反応などそっちのけで、僅かに言葉を詰まらせた。


「あ、あの! さ、さっき隠し事したくないって言ったけど……その、じゅ、寿命については忘れてた、だけで……隠すつもり、なかったから!」


 突然叫んだルーナに三人とも面食らっていた。

 自分でも何を言っているのかと思ったが、これ以上三人に誤解されるようなことは避けたかった。

 ジェットにじっと見つめられたかと思いきや、彼は後ろ頭を撫でながらレミとルディをちらりと見る。その視線を受けたレミとルディは軽く肩を竦めていた。


「──お前がマジで忘れてただけってのはわかったから、とりあえずクリスの質問に答えて」


 どうやら信じてくれたらしい。

 ほっとしながらクリスへと視線を戻した。クリスは何事もなかったかのようにニコニコとルーナを見つめて答えを待っている。

 自分の口から言うことで寿命を改めて自覚することに僅かに抵抗があった。「生きたい」という気持ちとは裏腹に目を逸らしたい事実でもある。

 すう、はあ。と小さく深呼吸をしてから口を開く。


「……も、持って一年だって言われ」

「いちねん?!?!?!」


 言い終わらぬうちに素っ頓狂な声を上げたのはルディだった。慌てて魔法陣の中にいるルーナに近付いてきて、魔法陣の中に入ろうとしたところをフェイに止められる。通せんぼするように立ちはだかったため、ルディは足を止めるしかなかった。


「阿呆、入るな。魔物が入ったらどうなるかわからんで、この魔法陣」

「え、入るとどうなるの?」

「最悪破裂するで」

「先に言ってよ!?」


 破裂と言われて、ルディが後ずさった。

 その後ろでジェットが呆れている。真に受けるなとでも言いたげな顔だった。

 ルディは魔法陣から距離を取った状態でクリスを見る。クリスはちらりとルディに視線を返していた。


「クリス。どうしてルーナの寿命が短いって気付いたの?」


 可能な限り感情を押さえて問いかけるルディ。クリスは不思議そうに首を傾げた。


「あのレベルの『呪い』が何の代償もないなんて考えられないでしょう? 見たところルーナさんに魔力はほとんどないようですし、かと言って何か別の触媒と繋がっている気配もありません。どうやって『呪い』を発動させているのか──少し考えれば、寿命が代償であることは察しがつきますよ」


 ね。と、小さな子供に言い聞かせるように告げるクリス。その口調と言い方だけを聞いていると、大したことがないように聞こえてくるから不思議である。寿命が一年もない、という話なのに。

 ルディはどこか納得してないような顔をしている。しばらくクリスを睨むように見つめていたが、やがてレミとジェットを見た。


「なんで二人ともそんなに落ち着いてるの!?」

「……お前が感情的になるから逆に冷静になっただけだ」

「同じく」


 しれっと答えるレミとそれに同調するジェット。ルディはやはり納得してないような顔をしている。

 まるでルディが我が事のように憤慨するものだから、ルーナは自分のことなのにあまり気にならなかった。


「これは推測ですが、半年を過ぎた頃から体に変調を(きた)すはずです。その頃には手遅れでしょうから……発見が早くて良かったですね。これならまだ手の打ちようはあります」


 クリスがそうっとルーナの腕をなぞりながら言う。体に異常がないことを確かめているようだ。


「クリス、本当だな?」

「ええ、本当ですよ。──ジェットさん、私は嘘なんてついてないでしょう?」


 胸に手を当てて、まるで宣誓でもするかのような態度で笑う。

 ジェットは顔を顰めながら彼を見て、ふいっと視線を逸らしてしまった。


「お前の言うことは当てになんねぇんだよ。今は本当のこと言ってても──」

「フェイ」

「はいはい。≪今のクリスの言葉が嘘でないことは自分が証明する。今はもちろん未来においても≫」


 嘘ではない、と強く裏付けるフェイの言葉。その言葉は妙な神聖性を有しており、ジェットはそれ以上何も言えなくなってしまった。

 クリスとフェイを前にして、三人がずっと調子を崩されているように感じる。上手く自分のペースに持ち込めないと言った方がいいだろうか。その点が少々不安で、三人をちらちらと肩越しに振り返ってしまった。

 ルーナの左腕を撫でていたクリスが手をとって持ち上げる。


「さて、と。一旦検査はここまでとして……ルーナさん、先に血を頂いてもよろしいでしょうか?」

「えっ。う、は、はい……い、痛いんです、よね……?」

「まぁ多少は。体を傷つけて血を抜くわけですからね」


 などと会話をしているとフェイが小さなナイフをどこからか取り出してクリスに手渡していた。ナイフで切られるのかと思うと恐怖が湧いてくる。必要なこととは言え、やはり怖いものは怖いし、痛いのは嫌だ。

 クリスに腕を預けたまま顔を背けた。

 気付けば、魔法陣のすぐ近くまでレミとジェットが近付いている。ジェットが不機嫌そうにクリスを見つめる。


「当然治療はしてくれるんだよな?」

「もちろん。万が一私が無理でもフェイがちゃんと完治させますよ。ね、フェイ」

「まぁ、そういうんが本業やしな。ちゃんと責任持って綺麗に治すから安心してや」


 魔法陣の中にいるのはルーナとクリス、そしてフェイが今入ってきた。レミたちは入れないということだったので少し不安だ。

 クリスがナイフを手にして裾をめくり、ルーナの腕を晒す。その横ではフェイが指先でつまめるくらいの小さなガラスのコップを二つ手にして待機していた。


「ルーナさん。怖いなら目を閉じて、あちらを向いたままでいてくださいね」


 こくりと頷く。目を閉じて顔を背けたままだが、怖いもの見たさで薄っすらと目を開けてしまった。

 腕にナイフが当てられる。そもそも「血をいただく」というのはどうやるのだろうという怖いもの見たさで薄目で見てしまった。

 クリスは慣れた手つきでスッとナイフで皮膚を切った。ジクリとした痛みがあり、切られた箇所から血がじわりと滲んだ。出てくる血は少量で、あれを小さいとは言えコップし一杯分溜めるのは大変ではないか──そう思った瞬間、血が傷口からだらだらと流れ始める。

 びっくりして腕を引こうとするが、クリスが思いの外強く掴んでいるせいでびくともしなかった。


「おっと。ルーナさん、少しの時間ですから辛抱してくださいね」


 血が傷口から止め処なく流れる。

 それを受け止めるようにガラスのコップが腕に添えられ、そこに血がゆっくりと溜まっていった。

 まずはコップに半分。それをフェイが交換して二つ目。

 半分ずつ溜まったところで終わりかと思ったが、クリスが血をじっと見つめている。フェイがクリスが持っているコップをそっと抜き取った。


「……あ、あの、クリス、さん……?」

「──確実な効果を望むなら、(じか)にいただいた方が良い気がしますね……」


 これまで必ず何らか返事をしていたというのに、ルーナの呼びかけには反応をしなかった。

 クリスの目には血以外映ってない。

 澄んだ空色の目はどこか虚ろで狂気が見え隠れしている。

 背筋が凍り、咄嗟に腕を引き抜こうとするが、クリスがそれを許さなかった。

 血が流れるルーナの腕に顔を近づけたかと思いきや、あろうことか傷口を舐めたのだ。


「ッ、クリス!」

「おい!!」

「何してんの!?」


 レミ、ジェット、ルディの驚きの声が聞こえる。

 ルーナは目の前の光景に頭が真っ白になって何の反応もできなかった。


 ルーナの血は呪われている。

 飲んだら死ぬのだと呪術師に言われていた。

 クリスはその『呪い』を解きに来た、はずだ。


 なのに、その呪われた血をクリスは舐めて飲んでいる。

 傷口に唇を触れさせ、流れ出る血を余すことなく舌で掬い上げ、確かにごくりと喉を鳴らして飲み干した。

 手が、口が、頬が、髪が、呪われた血で汚れることすら(いと)わずに。

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