116.信用ゼロの来訪者③
ルーナは何故か他人事のような気持ちだった。
そのため、突然話を振られて困惑する。その場にいる相手の顔を順に眺めては俯くという挙動不審な行動を取ってしまった。
最終的に斜め向かいにいるクリスを見た。視線を向けられたクリスは穏やかに笑っている。
「……あの、クリスさん」
「はい。質問があれば何なりとどうぞ。ご自身のことですからね、色々と心配もあるでしょう」
どうにも調子が狂う。レミたちはこの人間をかなり警戒しているようなのに、警戒が必要な相手に見えないのだ。
「調べるというのは、なんていうか、お医者さんに体を見せる感じでしょうか?」
「ええ、その通りです。理解が早くて助かります。医学も嗜んでいるのでそういった視点からも体を見せて頂く形になりますね」
「そうですか。なら、私は……大丈夫です。見てもらうの」
医者に体を見せるのと変わらないのであれば拒否する理由はなかった。『呪い』が解けるなら解きたい、レミが解呪に関する能力は確かだと言っていたし、その点では心配がなさそうだ。
ルディが不満そうなのが心配と言えば心配だが、こればかりはしょうがないだろう。
ルーナの答えを聞いたレミが目を細めて少し考え込み、クリスへと視線を向けた。
「可能な限り配慮を頼む」
「ええ、もちろん」
「それから、オレたちも同席する。お前たちがルーナに余計なことをしないようにな」
レミの言葉にフェイが目を丸くした。
「えー? それってデリカシーなさすぎちゃう? 年頃の女の子の検査に男三人が立ち会うとか……引くー……。ルーナちゃん、嫌なら嫌って言うた方がええで?」
「え? それは大丈夫、問題ないです。三人がその場にいるのは全然。結果を話そうと思っても、自分でうまく説明もできないだろうし、隠し事ももうしたくないし……」
ルーナは即座に首を振った。自分でも驚くほど抵抗がなかった。
いきなりクリスとフェイと三人だけにされる方に抵抗があるし、三人が付き添ってくれていた方が安心できる。それに三人が心配しているのは伝わってきているので、検査の場に三人がいることは全く問題なかった。むしろ付き添ってくれて嬉しいまである。
『呪い』のことを全部言ってしまって、三人がルーナのことを気遣ってくれているのがわかったのでスッキリしていた。
隠し事をしたくない。それにもう隠す必要すらない。
どこか晴れやかな気持ちで言うと、クリスとフェイが驚いた顔をしていた。
屋敷に来てからここまで、二人の驚いた顔は初めてだった。
「……え、こわ……」
「フェイ。失礼ですよ」
ぼそっと呟くフェイをクリスが窘めている。
怖いってどうしてだろうと思い、首を傾げた。レミ、ジェット、ルディの様子を確認するために左右を見てみると、何故か三人とも満足そうな顔をしている。
三人の顔を見てホッとしたところで空腹を覚えた。
以前のようにお腹が鳴るのは嫌だなと思ってそっとお腹を押さえると、不意にクリスが立ち上がる。
「では、皆さんの確認と許可も頂けましたので準備をしますね。この部屋を使っても?」
言いながらクリスは部屋を確認するようにぐるりと見回す。レミが静かに頷いた。
「ああ、構わない。……隣が寝室になってるから好きに使ってくれ」
「ありがとうございます。──ルーナさんは朝食がまだでは? 私は急ぎませんし、準備もあります。それにイェレミアスさんの都合で夜の方が良ければ夜に検査をしますよ」
「そういう気遣いは無用だ。準備が出来たら教えてくれ」
「ふふ。わかりました」
ルーナがお腹を押さえたのをクリスは見逃さなかったようだ。それにレミが血を飲めずに療養中であることもわかっているらしい。やはり底が知れない相手だと思ってしまった。
隣に座っているレミが立ち上がってルーナの手を取る。「一度出よう」と言われておずおずと立ち上がった。
「ルーナ、ごはんにしよ。あいつらはほっといて良いから」
「わっ!」
ちらちらとクリスとフェイを気にしているとルディが反対側の手を取ってずんずんと歩き出してそのまま客間を出てしまった。それを追いかけるようにレミとジェットも部屋を出た。
客間を出る時に振り返って見ると、クリスとフェイはニコニコと笑ってこちらに手を振る。
どう見ても悪い相手には見えない。
どうして三人がこんなにも彼らを毛嫌いするのか不思議に思いながら厨房へと向かった。
◇ ◇ ◇
厨房につくとトレーズが食器の整理をしていた。
レミの入室に気付くと、ぱっと手を止めて駆け寄ってくる。そしてがばっと頭を下げた。
「イ、イェレミアス様! 先程は申し訳ございませんでした!」
「いや、いい。『呪い』の影響が消えたなら何よりだ」
クリスがトレーズに対して何かしていたので、そのことだろう。レミの言う通りトレーズの不調が消えたなら何よりである。だが、レミが彼らをよく思ってないのはトレーズにも伝わっているので、それを気にしているのだ。
それでもなお申し訳無さそうなトレーズに対してレミはそっと肩を撫でた。
「トレーズ、気を遣わせて悪かったな」
「い、いえ、そんな……」
「滞在中、あいつらは客として扱ってくれ」
「はい、かしこまりました」
そう言ってトレーズは頭を下げ、作業に戻っていった。
ルーナはそんな二人のやり取りを見ながら朝食の準備に取り掛かる。トレーズや他の自動人形が街に買い物に行ってくれるようになったのと、ジェットが保存庫を使えるようにしてくれたおかげで食材に困ることはない。
食材の準備をしながらレミを見た。
「あの、レミも朝ごはん食べる?」
「え? ああ、そうだな。頂こうか」
「うん。……あの、聞いても良い?」
厨房にある椅子に腰掛けるレミを目で追いながら控えめに問いかける。
ジェットとルディは食器を出したりして手伝ってくれていたが、意識がこちらに向いているのはわかる。
「なんだ?」
「……どうして、クリスさんとフェイさんをそんなに、き、嫌う? のかな、って……」
聞いても良いのかと惑いながら聞くとレミが目を細めた。少々不機嫌そうにも見えてしまい、やっぱり失敗だったと思う。
「ご、ごめんなさい。変なこと聞いて──」
「あいつらの存在自体が胡散臭い」
「え」
やっぱりいいと言おうとしたところでぶっきらぼうな返事があった。何だか子供みたいな態度だったので呆気にとられ、手が止まってしまった。
レミはどこかムスッとしている。答えてくれてはいるが、本当に聞いても良いのか少々困惑した。
「クリスの境遇には同情するが……宗教を立ち上げて教祖になってみたり医者や研究者になって人体実験をしたり、とにかくやることが無茶苦茶だ。フェイもそれを嬉々として手伝うのが全く理解できない」
教祖に医者に研究者。聞いているだけですごい話だ。
しかも、人体実験だなんて──もしかして同席したいと言い出したのはルーナが人体実験の被験者になることを心配したのだろうか。
「俺はフェイがダメなんだよな。堕天使っつーか、元天使ってだけで嫌悪感がすごい。フェイを連れてるクリスにも同じような嫌悪が湧く」
「悪魔と天使は敵対しているからな。当然の感情だろう。……特にフェイはあれで堕天させられたことに納得してない上にまだ普通に天使のつもりだからタチが悪い」
ジェットがルーナの手元に野菜を置きつつ教えてくれる。レミがジェットの言葉を補足していた。
悪魔と天使が敵対していて、ジェットが堕天使とは言えフェイに悪感情を持っているのは何となく理解できる。神話の本などにもそんな描写があった。
「僕はクリスに一回挑発されて、勝手にがっかりされたのが気に入らないんだよね~。フェイは元天使のくせにアレだし……二人とも頭の中にある回路がどっかおかしくて、……なんだろ。神経逆撫でされる感じ。
──ルーナ、ひょっとして僕たちのこと、怖かった?」
ひょこ。と、ルディがルーナの顔を覗き込んでくる。心配そうな目だった。
「怖いっていうか、……どうしてかなって気になっただけ」
「あいつらはルーナの『呪い』をきっと解いてくれると思う。そこは信じてるし、信じていーよ。……けど、気をつけてね」
今日あったばかりの相手と、これまでずっと傍にいてくれた相手のどちらを信じるかなんて考えるまでもなく明白だ。
隠し事はしたくない。ルディたちが嫌がることもしたくない。
そう考えれば、答えは一つだった。
「うん、わかった。気をつけるね」
笑って答えるとルディが安堵したように笑い、ぺたっと頬をくっつけてきた。
それがくすぐったくて、何だか嬉しくて、ルーナからも頬を擦り合わせるのだった。




