115.信用ゼロの来訪者②
案内のために先導したレミは「こっちだ」と最初に言ったきり無言だった。
にも拘わらず、クリスとフェイはずっと二人で喋り続けている。「ええなー、自分もこういう屋敷欲しいわ」「こんなに部屋があっても使わないでしょう」「気分的な問題や」「確かに心の拠り所にはなりますね」などなど中身のないお喋りを続けている。何だかとても楽しそうだった。
ぽんぽんと会話が続いていくので、この二人もレミたちと同じく気の置けない関係だというのが伝わってくる。
どうしてもそういう関係に憧れるので二人が気になってしまうのだが、ルーナの左右はジェットとルディががっちりついているので二人に話しかけたりできなかった。
クリスとフェイが通されたのは広めの客間だった。
普段全く使ってない部屋であっても、いつ誰が入っても問題ないくらいに綺麗にされている。使い魔、自動人形がほとんど稼働しているからだろう。彼らはこれでもかというくらいに屋敷中を磨き上げているのだ。
窓には重そうなカーテンがきっちり引かれており、日が差し込まないような作りになっている。吸血鬼と言えば夜に活動するイメージだったが、これまでのレミの行動からも陽に当たらなければ問題ないのは証明されていた。
「座ってくれ」
「ええ、失礼しますね」
言われるがまま、クリスは椅子を引いて座る。フェイは無言で腰かけていた。
ルーナもルディに背中を押されるままに彼らの正面に座る。テーブルが大きめの楕円型のおかげで距離を感じた。
ルディ、レミ、ルーナ、ジェットの順番座り、レミの前にはクリスが、ルーナの前にはフェイが座る形だ。正面にいるフェイはルーナと目が合うとにこりと笑った。
遅れてトレーズとカリタがお茶を持ってやってきた。どうやらお客様扱いらしい。
「失礼いたします……」
トレーズがお茶を置いていくのだが、どこかぼんやりしていて覇気がない。心配になってその動向を追いかけていると、クリスの前にお茶を出したタイミングで彼が目を細めた。
そして、ゆっくりと手を持ち上げる。
「失礼」
「え?」
トレーズが目を見開くのと、彼の手がトレーズの額あたりに翳して何かを払い除ける仕草をするのは同時だった。
クリスが手を離すとトレーズが額を押さえて首を傾げている。
「……あ、あら?」
「多分これで大丈夫ですよ。他に影響を受けた方はいらっしゃいますか?」
「い、いえ、アタクシだけですわ」
「そうですか。もし動きが悪い方がいらしたら教えてください」
「え、えぇっと……はい、ありがとうございます」
トレーズはすごく気まずそうにレミをちらりと見てから礼を述べていた。レミはそれに対して何も言わないし反応も見せない。内心ではどう思っているのかはわからないけれど。
そそくさとトレーズがカリタを引っ張って客間から出ていき、部屋には六人だけとなった。アインたちは一足先に退散している。
フェイが目の前のお茶に手を付ける傍ら、クリスは胸に手を置いてルーナを見る。悠然とした態度はレミとはまた違った気品のようなものを感じさせた。
「改めて……クリストファー・ラーゲルフェルトと申します。お嬢さん、お名前を窺っても?」
「は、はい。ルーナ・アディソンです。よろしくお願いします」
「ルーナさんですね。私のことはクリスと呼んでください。そしてこちらが」
「フェイや。よろしゅうな」
のんびりとお茶を飲んでいたフェイが顔を上げてにこりと笑う。冷たい印象の容姿とは裏腹に人懐っこそうな笑みだった。
フェイは天使、もとい堕天使だとジェットが言っていたが、ならばクリスも天使やその類だったりするのだろうか。見た目からは種族など全然想像がつかなかった。
「私は人間ですよ。ルーナさんと同じです」
まるでルーナの心を読んだかのように、クリスが微笑ましげに笑う。
勝手に人外だと決めつけてしまって申し訳ないなと少し小さくなったところで、正面玄関で「五十年ぶり」と言っていたのを思い出した。
改めてクリスを見る。どう見ても二十代半ばくらいにしか見えない。
なのに、「五十年ぶり」とはどういうことなのだろうか。
不思議に思っているとレミが切り出した。
「悪いが、オレはお前を人間だと思ったことはない」
「会う度に同じことを言いますね。どういう風に私を調べても人間と言う結果しか出ないと思いますよ」
「だとしても、お前を定義付ける言葉がないだけだ。……不老不死になったやつを人間だとは思えない」
「まぁ、そのあたりの感じ方は人それぞれでしょうね。私は人間として生きて死にたいと思ってますけど」
不老不死。
レミのはっきりした物言いと、否定しないクリスの態度から真実なのだとわかった。
言葉を失っているルーナを余所に話が進んでいく。
「それは詭弁だ。お前は、」
「レミ、話が逸れてるぞ」
「レミ君、それは今話すことちゃうやろ」
クリスの返しが気に入らないらしいレミが何か言い募るが、ジェットとフェイにほぼ同時に諫められていた。流石に二人から諫められるとは思わなかったレミは驚いているし、フェイと発言が被ると思ってなかったジェットも驚いている。
当のクリスは困り顔で笑っており、唯一会話に混ざってこないルディはつまらなさそうにテーブルの上に顎を乗せていた。
「ねぇ、クリス。ルーナの『呪い』、本当に解けるの?」
ルディがだるそうな体勢のまま問いかける。クリスはにこやかに笑ってルディを見つめ返した。
「調べてみないと確実なことは言えませんが、解けると思いますよ」
「……余計なこと、しないよね?」
「解呪のために必要なことは事前にお話します。とは言え、それ以外はご相談させていただきたいですね」
「……やっぱり何か要求する気なんだ」
「気持ちとしては無償奉仕をしたいのですが、私にも色々ありまして」
クリスはにこやかな表情を崩さずにリズミカルに答えていく。答えには一切の迷いがなく、いっそ清々しいくらいだ。
フェイは口を挟むつもりはないらしく、空になったカップをソーサーの上に置いている。
会話には何とも言えない緊張感があり、ルーナがおいそれと口を挟める雰囲気ではなかった。『呪い』をかけられている当事者なのに、やはり三人の意思を確認した上で決めたいという気持ちがあるのだ。
「質問」
「どうぞ、ジェットさん」
「詳しくねぇからさっぱりなんだけど、調べるって何するんだ?」
問いかけにクリスはどこか満足気に頷く。いい質問ですと言いたげな態度は、まるで教師のようだった。無論その態度がジェットたちにとって面白くないものだったようだけど。
「どんな『呪い』なのかを特定する必要があるので、まずは体を見ます。断っておきたいのですが、その際にルーナさんには衣服を脱いでいただくなどの協力が必要になります」
「……ルーナに裸になれって?」
「場合によっては」
「却下!!!」
即座にルディがバンッとテーブルを叩いて立ち上がって拒絶する。ルーナが脱ぐだけでルディが脱ぐわけじゃないのに。
それを見たクリスが困ったように眉尻を下げ、フェイが呆れ顔をしている。
「やらしー意味で言うとるんちゃうんやけど……」
「ええ。必要に応じて脱いでもらうというだけで可能な限り配慮はしますよ。年頃のお嬢さんですしね」
つまり医者に触診されるようなものだろうか。ならば別に気にする必要はないのではと考えるが、どうやらルディはそう感じてはいないようだ。テーブルに手を置いたままフェイの方に食ってかかる。
「クリスはそうかもしれないけど、フェイはそうじゃないでしょ~! エロ堕天使!」
「勘違いすんなや。求められへんかったら何もせんわ。大体自分がやってんのは善行やで?」
「ぜ、ぜんこう!? フェイのやり方ってほとんど淫魔じゃん?! 信用できるわけない!」
「え、そんな風に思っとったん? 流石に心外過ぎやわ……」
とんでもない会話にルーナの中の天使というイメージがガラガラと崩れていく。
レミがちらりとルーナの様子を見てから軽くため息をつく。
「ルディ座れ。……ルーナ、嫌なら断ってもいいが、どうする?」
「……え゛っ……!?」
このタイミングで意見を求めないで欲しい──そう思いながら、周りの様子を窺うのだった。




