113.優しい夜と妙な朝
アインとトレーズに連れられて部屋に戻る。
部屋に戻る道すがら、アインがすれ違う使い魔に「あとでルーナの部屋に来るように」と告げて、何やら話し込んでいるのが不思議だった。トレーズは部屋まではついてきたが、「他の自動人形や使い魔たちに影響がなかったか確認してきますわね」と言って出て行ってしまった。
自分のせいで他のみんなに迷惑をかけて申し訳ないなとベッドに腰を掛ける。
あんなことがあったせいで疲れてはいるものの今日も眠れなさそうだ。
ルーナだって馬鹿ではない。
指輪を外した時の周りの反応で、自分のかけられた『呪い』が普通じゃないことには気付いている。
アインとトレーズが倒れたのも、ルディの様子がおかしかったのも自分にかけられた『呪い』のせいに違いない。『呪い』をかけたのは別の相手だとしても、受け入れたのは他ならぬルーナだ。
三人はしきりにルーナが自分自身を責めないように気遣ってくれたので気付かないふりをしただけ。
罪悪感とやっぱり死ぬべきではないかという気持ちは消えない。
じわじわと涙がせり上がってくる。ぐすんと鼻を鳴らしたところで、ポフポフという音が聞こえた。扉の方からだ。
え。と、小さく声を上げて顔を上げると、アインがタタッと駆けていく。
「はーい、今開けますよ」
アインが扉に向かってジャンプし、器用にドアノブに捕まった。
勢いをつけて扉を開けると廊下には使い魔が何体か待機していた。これまでルーナが修復してきた使い魔だ。
「おじゃましまーす」
「おじゃましますぅ~」
彼らは口々に「お邪魔します」と言いながらルーナの部屋に入ってきた。
以前ルディが「なんで?」と言っていたカメ、その上に乗った白と茶色のウサギ。とことこと歩いてくるキツネとタヌキ、白黒模様のクマ。比較的大人しい性格の使い魔ばかりのように見えた。
ぽかんとその光景を見つめていると、彼らは次々とルーナのベッドに上がってくる。
カメの使い魔だけは自力で登れないので先に上がったウサギ二羽が前足を引っ張り、残りの使い魔たちがカメのお尻を押し上げた。
最後に扉を閉めたアインが戻ってきて、ぴょんっとベッドに飛び乗る。
ルーナの横に立ち、どこか誇らしげに見上げてきた。
「今日からワタクシたちが一緒に寝ますね!」
「えっ? ……え、ええっと……?」
何が何だかわからず、アインとベッドの上に乗っている使い魔たちを見比べる。ベッドは一人で寝るにはやや広く、寝返りが十分打てるほどの広さがあるので使い魔、もといぬいぐるみが何体か乗っても大丈夫だ。
しかし、何故急にこんなことになったのかわからない。
「イェレミアスさまのご指示です。これまでルディさまと一緒に寝てたと思うのですが……その代わりのようなものですね。ルーナが寝ている間は静かにしてますのでご安心を!」
「……レミが? ……また逃げ出すかも、って……?」
「え゛っ?! そそそそそそういわけじゃないですよ! 人間、独りでいると気が弱くなると申しますか……! 色々と悪い想像をしてしまうものです! なので、ルーナが気持ちよく眠れるように、ですね……!」
アインが必死に言い繕うのがおかしくて思わず笑ってしまった。
多分「もう二度と逃げ出さないようにするための監視」というのが一番にあるのだろう。だが、そうやって監視されてもしょうがないと思う。前科がある状態なのだから疑われるのは当然だ。
慌てるアインを尻目に、横からのっそりとカメの使い魔が首を伸ばしてきた。
「イェレミアス様はルーナを心配しています。そして、それ以上に大切に想っています」
「そうそう。ルーナのこと、だいじだいじなんだよ」
「ルーナのために本を選ぶ時、すごーく楽しそうだし、お顔が優しいもんね」
白と茶色のウサギが手をばたつかせて楽しそうに言う。白の方はやや幼く、茶色の方はませていた。
大切。大事。という言葉それぞれが優しくて、じんわりと心が暖かくなる。
「そ、そう! そうなんです! だから、ルーナ……あの、イェレミアス様の気持ちをどうか受け取ってください」
「ついでにジェット様とルディ様の気持ちも」
アインが味方を得たとばかりに語気を強め、申し訳無さそうに言う。その横で白黒模様のクマが付け足した。
「……正直、あのお二人は別に……」
「告げ口するぞ」
「んぎゃ?! やめてください!」
アインとクマがやり取りをしているのを余所にタヌキとキツネはベッドの足の方にぺたんと座り込み、既にうつらうつらしていた。使い魔も寝るのかと意外に思う。
ルーナは他の使い魔たちを見つめてからアインへと視線を戻し、布でできた手をそっと掴んだ。
「ありがとう、アイン。私、本当に自分のことばっかりで恥ずかしい……アインも、私のことを信じて話すのを待っててくれたんだよね。ごめんね、勇気がなくて、言えなくて……」
「そ、そんな」
「レミにも、ジェットにもルディにも悪いことしちゃった……私がこの先どうなるのかわからないけど、アインのためにもレミの気持ちは裏切ったりすることは、もう二度としないように頑張る。でも、もし私が間違えてたら……その時は教えてくれる?」
そう言ってアインの手を握りしめる。
アインの黒いボタンの目がルーナをじっと見つめていた。その目を見つめ返すと不思議と気持ちが落ち着いてくる。
「──もちろんです。ルーナ、もし悩んでいることや困っていることがあれば、ワタクシに言ってください。アナタのサポートもワタクシの仕事ですし……それ以上に、ワタクシがそうしたいと思っていますので」
「私、みんなに信じてもらえるように頑張るね。……えへへ、聞いてくれてありがと。もう寝るね。おやすみ」
段々と照れくさくなってきて、最後はちょっと早口になってしまった。
もそもそと布団の中に潜り込むとアイン、そして二羽のウサギが一緒に潜り込んでくる。カメは枕の横で落ち着いてしまった。
これまでルディと一緒だったので誰かと一緒に眠ることには抵抗がないものの、こうしてぬいぐるみに囲まれて寝るのは不思議な気分だ。昔、両親に買ってもらったぬいぐるみを抱いて寝ることはあっても、ぬいぐるみをたくさん買えるほど裕福ではなかったからだ。
贅沢な気分だなぁと思いながら目を閉じると、横にいる白いウサギがこそりと話しかけてくる。
「ねね、ルーナ。イェレミアスさまのこと、すき?」
「えっ」
「こら、もう寝るので静かにしなさい!」
「えー……すきならうれしいのに……」
すき。好き?
好きは好きだが──心がざわつく。
どうして心がざわつき、考えることで戸惑うのかがわからず、目を閉じてからもなかなか寝付けなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。目を覚ますと使い魔たちは夜と同じにベッドで寝て(?)いた。
ゆっくりと起き上がると全員目を覚まして口々に「おはよう」を言い合ってルーナもそれに応える。昨日の騒動が嘘のように爽やかな朝だった。
ベッドを降りて着替えてから、アインたちと一緒に部屋を出て、普段通り厨房へ向かう。
廊下を歩いている時のことだった。
「ごめんくださーい」
声が聞こえた。
正面玄関からだ。
その声は不思議と人を誘うような雰囲気を持っており、ルーナの足は何故か正面玄関へと向かってしまう。あの高い石壁か重い扉を越えないと敷地内に入って来れないのに、一体誰が──などと考えることもなく、ふらふらと吸い寄せられていた。
アインが「ルーナ?!」と慌てて足に絡んでくるが歩みを止めることができない。
そのまま正面玄関に向かい、普段決して開けることのない玄関扉をゆっくりと引いて、開けてしまった。
「おや。これはこれは……可愛らしいお嬢さんが出迎えてくれましたね。──ふふ、開けてくれてありがとうございます。流石に勝手に入るのはまずいと思っていたので出てきてくださって助かりました」
玄関の向こう側にいた青年は柔和な笑みを浮かべる。
穏やかで人当たりの良さそうな青年だった。背はレミと同じか、少し低いくらい。
淡いグリーンの髪の毛は少し長く、後ろで一つにまとめている。明るい空色の目はどこまでも優しかった。紺を基調とした神官服を着ていた。
そしてその後ろにもう一人誰かいる。
聖歌隊の衣装のようなものに身を包み、ベレー帽を被っている。衣服は青年お揃いに見えた。銀色の髪とやや赤みがかった紫色の目を持っており、身長はルディより少し低いくらいだろうか。顔は恐ろしく整っており、一見して男なのか女なのかわからない。どちらにも見えるというより、少年とも少女とも思えない不思議な空気を纏っていた。
「あ、あの……?」
誰だろう。三人の知り合いだろうか。
今になって勝手に出迎えてしまったことを後悔した。
不意に青年の視線がルーナの左手薬指に向けられたかと思えば、彼はふっと笑う。
「ああ、貴女でしたか。──昨日の凄まじい『呪い』の発生源は」
ぎくり。と身を竦ませる。全てを見透かすような空色の目がルーナを射抜いていた。
白黒模様のクマ=パンダ。ルーナはパンダを知らない。




