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11.ルーナのお仕事

 昼食を終え、厨房を片付ける。

 流石に兎一匹は食べ切れなくて、残った分はルディが食べてしまった。ジェットは人間や魔獣のように食べ物は必要としないとかで、二人が食べるのを見ているだけだった。


「ルーナ、嫌じゃなければ午後も修復をしていただきたいのですが……」

「嫌だなんて……! 喜んでやりますっ!」


 アインがテーブルに立ち、ルーナの様子を気にしながら控えめに言う。

 元よりそのつもりだったので悩むことなく即答した。流石に何もしないまま居座れるような神経ではないし、誰かの役に立てるのは嬉しいことだ。

 村では「ルーナがやって当然」という雰囲気が蔓延しており、祖父母に顎で使われるだけではなく他の住人までルーナに雑用を押し付ける始末だった。当然、それらが感謝されることはない。やらなければ文句を言われる。

 ここではやった分だけアインが褒めてくれる。「ありがとう」とお礼を言ってくれる。

 たったそれだけのことがどれだけ嬉しいか、ルーナの心に響くか──きっとアインにはわからないだろう。

 あの部屋にはまだまだ使い魔のぬいぐるみや、まだ手つかずの自動人形ドールがたくさんいる。全て直せるかどうかはわからないが、とにかくやれるだけやりたいと強く思った。


「ありがとうございます。では、行きましょう」

「はい!」


 お腹もいっぱいになったので元気よく返事をして立ち上がる。

 足元にいたルディはぐいーっと体を伸ばしつつのんびりと歩いた。ルーナとは逆方向だ。


「僕は山の見回りに行ってるね~」

「俺はルーナの仕事っぷりを見てるわ」

「わかった~。じゃあ、行ってくる」


 またジェットが一緒なのかと思ったところで、ルディは風のように駆けていきあっという間に厨房から出ていってしまった。

 それを見送ってから、アインと一緒に厨房を出ていく。当たり前の顔をしてジェットもついてきた。

 厨房を出て、廊下を歩き、半分地下に埋まっている部屋を目指す。


「……あの、ジェットは……私の仕事を見て何をするんですか……?」

「あ? 別に何もしない。暇なだけだけど、ルディに付き合うと疲れるんだよ」

「そ、そうですか……」


 一晩ぐっすり寝て、鬱陶しかった前髪がすっきりし、お腹がいっぱいになり──そわそわと落ち着かない部分があるものの、ほんの少しだけ精神的に余裕ができたように思う。

 その僅かな余裕の中で考える。

 レミはもちろんだが、ルディもジェットも、恐らく多分美形だ。

 これまでそんなことを気に掛ける余裕もなかったし、村の中でも美男美女と称される村人をちゃんと見たことがなかった。なんせ前髪をだらだらと伸ばしていたせいで視界が悪かったのだ。視線を向けると嫌な顔をされることもあったので見ようとも思わなかった。

 ルーナは自分の美醜の基準に全く自信がないし、そんなものは縁のないことだと考えてきた。

 普通の少女のように見目の良い異性にときめく心を持ってれば何か違っただろうか。

 ルディは獣の姿を見ている時間が長いので動物として「見た目はかっこよくて可愛く、性格は可愛い」という認識は持っている。が、人間の姿は全く馴染めそうにない。さっきも突然人間の姿になるものだから本当に驚いたし、心の中では(誰?!)となってしまった。

 そしてジェット。

 午前中のアインとのやり取りのせいで、恐ろしい存在だとインプットされてしまった。


「……何見てんの?」

「いえ……悪魔というものを、初めて見たので……見た目は人間と同じなんだ、と……」


 やや間の抜けた言葉だっただろうか。ジェットがふっと笑う。


「見た目は結構どうとでもなるんだよ。人間界にいる間はこういう姿になってるだけ」

「じゃあ、ルディみたいな獣にもなれるということですか?」

「なれる。……説明して理解できるかわかんねぇけど、俺を人間に当て嵌めると『こうなる』んだよ」


 そう言ってジェットは自分の胸をトントンと叩いた。

 わかるような、わからないような──とは言え、ジェットもルーナが理解できるとは思ってないのだろう。最初にそう断られている。


「えっと、……じゃあジェットが猫になると黒猫で、獣になると黒く短い毛、みたいな感じでしょうか……? どちらになっても目は金色で……」

「お。いい線いってるじゃん。まぁ、そんな感じ」


 当たらずとも遠からず、という雰囲気だった。多分どんな姿になっても黒髪と金目は変わらない気がする。

 そういうものなのかと納得した頃に部屋についた。

 聞けば、この部屋は「工房」と呼ばれているそうだ。

 アインが作業台の上に飛び乗り、その上に腰を下ろす。その姿はクマのぬいぐるみがちょこんと置かれているようにしか見えず、とても可愛らしい光景だった。


「ささ、ルーナ。修復の準備をしましょう。誰を修復するのかも、ルーナが決めてくれていいですよ」

「はい」


 クローゼットから道具箱と本を取り出し、作業台の上に置く。

 そして「誰を修復するか決めていい」というところで戸惑ってしまった。ここにいる使い魔であるぬいぐるみも、自動人形も要は『順番待ち』である。修復する順番をルーナなどが決めていいのか、と悩んでしまう。これまでそんな選択肢を与えられる立場になかったからだ。

 まごつくルーナを見てアインが不思議そうに首を傾げ、ジェットがため息をつく。


「アイン」

「はい?」

「こいつら順番待ちの時はどうやって並んでたんだ? 奥から? 手前から?」

「……奥からです」


 ジェットの問いかけでルーナがまごついている理由を察したらしいアイン。ちょっと俯いていた。


「ご、ごめんなさい。アイン。……私、こういうの、決められなくて……」

「いえ、ワタクシの言い方が曖昧過ぎました。修復は奥にいる使い魔たちからお願いします。……こんなに順番待ちが発生することはなかったですし、ワタクシも誰からなんて決められなくて……」

「わかりました。がんばりますね!」


 アインの言葉にしっかり頷いてから部屋の奥で倒れているウサギのぬいぐるみを持ち上げる。

 そう言えば昼食が兎だったことを思い出して複雑な気分になった。こっちのウサギは元々白かったのだろうけれど、今では薄汚れてしまっている。午前中に直した使い魔たちはあまり汚れが目立たなかったが、この汚れはどうするのだろう。

 ウサギのぬいぐるみを作業台に置きつつアインを見る。


「アイン。この子の汚れはどうするんですか?」

「汚れですか? 自分たちで綺麗にするので大丈夫ですよ」

「え? じ、自分たち、で……?」


 全く想像がつかず、「どうやって?!」と頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされる。その様子がおかしかったのか、ジェットもアインも笑っていた。


「人間も自分で体を拭いたり湯あみをしたりしますよね? それと同じです」

「お、おなじ……」

「専用の洗浄室があるのでそちらで」

「……。……な、なるほど。わかりました。とりあえず、このウサギから取り掛かりますね」


 全く想像がつかなかったので思考を放棄した。

 アインは「わかっていただけましたか」と言わんばかりだったが、ジェットは呆れた顔をしてルーナを見つめている。ジェットはルーナが理解してないことをわかっているのだ。何だか悔しい気もするが、黙って本を開いてウサギのページを探した。


 白いウサギ。灰色のキツネ。アインと同タイプの白と黒のクマ。

 午前中は二体修復できて、午後は三体だった。自動人形の方はトレーズが教えてくれるとのことで一旦保留である。

 種類によって細かい指定があったり、そもそもの縫い方が難しかったりして、思うようなペースを保てない。

 体は白く目の周りは黒いクマのぬいぐるみが「わぁい、ありがとー!」と飛び上がって工房を出ていった頃にはぐったりと疲れてしまった。


「さて、もう日が沈みますね。手元も暗くなりますし、これくらいにしましょう」

「は、はい……」

「よく頑張ったじゃん。偉い偉い」


 そう言ってジェットがルーナの頭を撫でる。

 この悪魔は一体何のつもりでルーナを褒めたり頭を撫でたりするのだろう。物語に出てくる悪魔は大抵は「悪い存在」として描かれていた。だから、ルーナにはジェットという悪魔のことがよくわからない。

 ただ、アインが凄まれていた経緯もあり、大人しくしているしかない。

 何となく気まずい気持ちでいると、パタパタと階段を下りる音が聞こえてきた。


「ジェット様! 少々お力をお借りしたいのですけど!」


 トレーズだった。自動人形だからか疲れた様子はなく、髪型や衣類にも乱れは見えない。多少濡れているようだが。

 突然工房にやってきたトレーズのことをジェットがだるそうに見遣る。


「なんだよ、急に……」

「今のアタクシはジェット様に縋るしか術がございません! 哀れな自動人形を助けると思ってどうかこちらへ!」

「用件を言え」

「火をお借りしたく!」


 ジェットが少し考える。すぐにトレーズが何をしたいのか思い当たったようで、椅子替わりにしていた作業台からのんびりと下りた。


「なるほど、わかった。……今回だけな?」

「はい! とっても助かりますわ! 流石ジェット様!」

「はいはい」


 そう言ってジェットはトレーズの後を追って出て行ってしまった。トレーズは料理ができないと言っていたし、一体何の用事で火を借りるのだろう。

 アインもジェットのようにすぐ思い当たらないようで、緩く首を傾げていた。

 道具箱と本を片付けてから、ぐーっと両腕を突き上げる。肩が凝ってしまった。


「ルーナ。トレーズが浴室に来て欲しいと言ってましたので、そろそろ行きましょう」

「わかりました」


 掃除でもするのかな? と考えながら出入口へと向かう。

 裁縫に集中していたせいで体が固まっている。浴室の掃除であれば体も動かせるし丁度いいかもしれない。

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