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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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108/158

108.この罪を見ないで②

 視線がかち合う。

 ルーナが勢いよく拒絶したからか、レミは酷く驚いていた。

 手が微かに震える。

 自身が呪われていること、自分の血を飲んだらレミが死んでしまうこと。時が経てば経つほど言い辛いのは理解できるのに、どうしても告白ができない。さっき夢で見たように三人に軽蔑されたらと思うと、言葉が喉で凍りついてしまうのだ。何かあってからでは遅いのも十分わかってるのに、何も言えないままルーナ自身が死んでしまえばいいと思っている。


「……駄目?」

「だ、だめ……」

「嫌じゃなく、駄目なのか」


 レミが何かを確認するように聞いてくる。ルーナにはその違いがわからず、ゆるゆると首を振るしかなかった。


「だ、だめだし、いや……」

「……そうか」


 記憶を消されるのは駄目だ、絶対に。『呪い』のことさえなければ記憶を消して欲しいとお願いしていたかもしれない。

 記憶を消された後に起こることを考えたら嫌とし言えない。レミが死ぬなんて絶対嫌だ。

 ゆっくり、少し躊躇いがちにレミの手が伸びてくる。その手が涙に触れようとしているのがわかると、ルーナはその手を避けてしまった。

 レミが傷ついたような顔をするのがショックで思わず顔を伏せる。


「ご、ごめんなさい」

「どうして謝る?」

「……イェレミアス様の、」

「レミでいいと言ったはずだが」


 不機嫌そうな声が届く。

 びくっと肩を震わせながら、恐る恐る顔を上げると声音通り不機嫌そうな顔をしていた。


「ご、ごめんなさ」

「謝らなくていい。ルーナに謝らせたいわけじゃないんだ……」


 レミは酷く困った顔をしてベッドに手をつく。真っ直ぐに見つめられ、どういう反応をしたら良いかわからない。

 さっき見せた不機嫌さは消えており、今目の前にいるレミからは困惑しか伝わってこない。

 視線を彷徨わせながら、さっき言おうとした言葉を続ける。


「……レ、レミが、心配してくれてるのに……そういうの、上手く受け止められなくて……ごめんなさい」


 心配される価値なんてないのに、と心の中で付け足しながら頭を下げた。

 するとレミの手がもう一度伸びてきて、今度は頭の上に乗る。そうして優しく撫でられた。


「気にしなくて良い。オレが好きでやっていることだからな。……ルディも、ジェットも、その気のない相手を心配したり、ましてや優しくすることもない。ルーナが上手く受け止められない理由だって色々あるんだろう。……まぁ、気長にやろう」

「……気長に」

「ああ」


 そう言ってレミの手が離れていった。

 レミはゆっくりと立ち上がり、ルーナを見下ろす。レミを見上げると赤い目がこちらを真っ直ぐに見ていて気恥ずかしくなってしまった。


「ルーナ。お前は悪いことをしたというが、オレは……いや、オレたちはお前を責めたりしない。それだけは覚えておいてくれ」


 優しく真っ直ぐに向けられる言葉に何も返せなかった。

 どうしてそんなにはっきりと断言ができるのか。

 ルーナが何のためにここに来たのか、知らないのに。

 ただ俯くしかできず、何も答えられなかった。


「おやすみ、ルーナ」


 それだけ告げて、レミは静かに部屋を後にする。

 ルーナはベッドの上でただ項垂れていた。



◇ ◇ ◇



 悲しくても辛くても次の日はやってくる。

 翌日も普段通りの日を過ごすしかない。起きて着替えて顔を洗って朝食を取って工房へと向かう。

 屋敷に来てからのルーチンだ。

 ある意味で代わり映えのない日々だったが、ルーナにしてみれば充実した日々でもあった。暴言を気にせずに自分のペースでやれて、修復作業はみんなに感謝してもらえるのだから。

 こんな日々がずっと続けばいいのに、とすら思う。


「……ルーナ? どうかしましたか?」


 アインが不思議そうにルーナを見る。ルーナの手が止まっているのを不思議に思ったらしい。


「あ、ううん。もうほとんど直しちゃったなぁって思って……」

「ええ! すごいことですよ! イェレミアスさまが魔力布(まりょくふ)を買ってくれたので、使い魔の修復完了は目前と言えます!」

「そう、だよね」


 頷いて工房をぐるりと見回す。

 工房の床や複数ある作業台を埋め尽くしていた使い魔たちはもうほとんど修復が完了しているのだ。おかげで屋敷は常にピカピカだし、何なら滞在する人間が少なくやることがなくて遊んでいる使い魔もいる。アインに叱られているが。

 体が破損している自動人形(ドール)はパーツ交換だけではどうにもならず、修復魔法か専門の技師が必要ということだった。当然ルーナはそのどちらでもない。自動人形はもう全員修復が完了しているため、ルーナの出番はないのだ。

 おかげで、ルーナは急速に自分の存在意義を見失いつつあった。

 昨日の夢とレミとのやり取りもあって、どうしても作業が遅くなってしまう。


「……ルーナ? あの、体調が悪いなら休んでも構わないのですよ……?」

「だ、大丈夫! やれるよ! 気にしないで!」


 心配そうにするアインを見てぶんぶんと首を振った。

 使い魔の修復が完了したらルーナは手持ち無沙汰になってしまう。つまり、屋敷にいる意味がわからなくなってしまうのだ。唯一、この屋敷に滞在していていい理由だったのに。

 そう思うと気分が重くなるが、やらないという選択肢はない。

 ルーナは一度手を止めてゆっくりと深呼吸をする。

 これまで怪我なくやってきたので、せめて最後まできちんとやりきりたい。


「よしっ!」


 自分に気合を入れ直して、途中かけになっていた修復作業を進める。

 アインが少し心配そうだったが集中して修復を進めた。


「……ルーナ、聞いて下さい。やりながらでいいので」

「うん?」

「ルーナはやりたいことなど、ありますか? 例えば学校に行きたいとか、何か商売をしたいとか……」


 唐突な質問だった。思わず考え込んでしまう。


「……お、思いつかないなぁ。考えたこともなかったし……」

「そうですか。修復が終わって、もしルーナに何かやりたいことがあれば教えて下さいね。一緒にイェレミアスさまに相談しにいきましょう。きっと良い案を授けてくださいます」


 どうせこのままでいれば一年足らずで死ぬのに──。

 思わずそんなことを考えてしまった。

 やりたいこと、つまり自分の将来を考えることは無駄に思える。自嘲気味に笑ってしまった。


「……うん、そうだね。考えておくよ」

「はい!」


 楽しそうなアインとルーナの気持ちは正反対だ。

 寿命があるようでないアインと、自分で寿命を縮めてしまったルーナとでは天と地ほども差がある。だが、それを口にするわけにはいかなかった。


 使い魔もあと数体で修復が終わる。

 明日には確実に終わってしまうだろう。

 ひょっとしたら、これが良い区切りかもしれない。

 使い魔たちの修復も終わるので、ルーナがこれ以上いる意味はない。

 自分にかけられた『呪い』のことも話せない。


 ──ならばもう出ていくしかない。

 ルーナの思考は急速に(せば)まっていき、そんな決断をさせるまでになってしまった。



 翌日。

 やはりというべきか、使い魔の修復が終わってしまった。時間をかけたつもりだったが夕方までには終わってしまったのだ。

 お風呂に入ったり夕食を作ったり、レミに渡された本を読んだり、やることがあったものの何もかも億劫になってしまい、終わったあとは部屋のベッドの上に倒れ込んでしまった。


 秋の半ばから冬に入るまでの短い期間。

 たったそれだけの期間で、ルーナの意識は変わった。変えられたと言った方が良いかもしれない。

 最初にルディが話しかけて食べ物をくれたから、ジェットが構ってくれるようになったから、レミが滞在を許可してルーナに何か教えたり買い与えたりするようになったから。アインとトレーズたちルーナに優しくしてくれたから。

 両親を失ってから楽しいことなんて何もなく、生きているのが辛いだけだったのに「もっと生きたい」と思うまでになった。


 何もする気になれず、ベッドに寝ころんだまま左手の薬指に嵌っている指輪を見つめる。

 これを取ると『呪い』が漏れ出すのだと言われた。

 そういう意味でのお守りだったのだ。ルーナにかけられた『呪い』が誰かにバレたりしないように。

 指輪に手をかける。

 これを引き抜けば、きっとすぐに何もかもがバレる。

 いっそそうした方が良いのではないかと思ったが、どうしてもできなかった。


 ばたりと手を下ろす。

 そして、何もかもが面倒くさくなってきてしまった。

 そう言えばこんな気持ちで『生贄』を受け入れたのだ。

 この気持ちがもっと良い方に行けばよかったのに、そうはならなかった。


 ルーナは部屋を出て、厨房の外にある裏庭へと向かう。裏庭から外に出られる扉は錆びていたが、動かせないほどではなかったはずだ。

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